第628話言うなって言いましたよねぇ!?
時間はほんの少し遡る。
ミコトの背中から消えたハクアの重さ。
その喪失感を感じながらミコトの目に絶望的な現実が映る。
全く身動きすらせずに無防備に落ちていくハクア。
そして当然、ベルフェゴールは落下するハクアに無数の腕が幾重にも絡み付き、黒い繭となって落下していくその姿がまるでスローモーションのように映る。
「ハクアー!!!」
そして黒い繭はベルフェゴールの口の中に消えていった。
「あっ……う……」
絶望がミコトの胸を満たす。
しかし頭を振って意識を無理矢理切り替える。
それは信頼。
ハクアがやった事なら必ず意味がある。
その信頼からミコトは目の前の絶望的な状況を見てもすぐに意識を切り替える事に成功した。
動揺はある。
しかしそれ以上の信頼がミコトを立ち直らせた。
「ミコト様! 今、ハクアが!?」
そんなミコトに動揺しながらシーナ達が駆け寄る。
チラリと見ると大量に居た敵ほとんど居なくなり、今は龍王とユエ達だけを残し、全員がミコトの方へ来たようだ。
「うん。私も驚いたけど多分なにかの作戦なんだと思う。正直どうするのが正解かは分からないけど、きっとなにかしら反応がある筈。だからそれまでは今まで通り奴を削って消耗させる」
ミコトが素早く方針を決定すると全員が頷き行動を開始する。
(これは……)
ベルフェゴールの攻撃を避けつつ、反撃するミコトはある事に気が付く。
ベルフェゴールの攻撃さっきまでの精細さがない事だ。
人数が増えた為かとも思ったが恐らく違う。
きっとハクアがベルフェゴールに呑み込まれた事と関係があるのだろうとミコトは考えた。
そしてそれは正しい。
今のベルフェゴールはハクアの精神を殺し、魂を破壊する事に全力を注いでいる。
そのためミコト達に対処する現実での動きが散漫になっているのだ。
ミコト一人なら気が付かなった程度だろうが、対処する人数が増えた事で如実にそれが現れた。
呑み込まれたハクアが今もまだ中で戦っている。
それも目に見える程の成果を上げて───だ。
その事実がミコト達に更なる活力を与える。
方法は分からないがハクアが頑張っている。それならば自分達もハクアを支援するためにと攻撃を更に激しいものにして行く。
時折危ない場面もあるが、全員が揃った事で更に順調に攻撃を加えていくミコト達。
「う……ぐぅ……」
しかし、ミコト達の前でいきなりそれは起こった。
段々と攻撃が散漫になっていたベルフェゴールがいきなり喉を押さえて苦しみ始めたのだ。
そして───。
「ペッ」
まるで喉にある異物───いや、痰を切るかのようになにかを吐き出したベルフェゴール。
うん。もしかしてもしかしなくてもそれはハクアだった。
しかもその後にハクアを追い掛けるように、水龍王は普通にプカプカと宙に浮いて戻された。
結果だけ見ればハクアは吐き捨てられ、水龍王は普通に解放されたようだ。
扱いが酷い。
この扱いの差だけでも、ベルフェゴールがどれだけハクアに苦労させられたか分かるかのようだ。
「……えっとハクア?」
「……言わんといてください」
地面に身を投げ出したまま身動きひとつせずその先の言葉を封じるハクア。
ちょっと声が震えている気がするのは気の所為だろう。
実になんとも言い難い時間。
しかしことの発端であるベルフェゴールは攻撃も止まり、喉につかえていたものがようやく取れたような、スッキリしたような雰囲気である。
「まるで痰でも吐き出したみたいに吐き出されたな」
「言うなって言いましたよねぇ!?」
「フン! 何故妾がお前に気を使ってやらなければならない」
「あんまいじめると泣くぞコラ!!?」
「ハッ、それより……どうなっているんだ?」
「いきなり話題変えやがって、それなら最初にそっち行ってくれても……」
「なんだ?」
「なんでもねぇやい!? まあ、簡単に言えば中に入っておばあちゃんを連れて帰って来たってだけだよ」
「また簡単に言ってるなぁ……ハクアは」
いとも簡単に困難な事をやってのけたと言うハクアに呆れながら、その目はやはり信頼に満ちている。
必ずやり遂げてくれる。
その信頼があるからこそ、全員がハクアに力を貸し、ハクアの言う通りに動いているのだ。
「ふふっ、流石ハクアちゃんね」
「おばあちゃん。気が付いたの?」
「ええ、ありがとう。ハクアちゃんなら気がついてくれると思ったわ」
「まあね。しっかし無茶するね。下手すりゃ死んでたよ?」
「そこは信頼していたとしか言えないわね」
ふふっと、笑いながら言う水龍王だが、実際はハクアの言う通り綱渡りにも等しい賭けだった。
ハクアが諦めれば。
ハクアが気が付かなければ。
ハクアが逃げてしまえば成立しない賭け。
しかもハクアがやる気を出した所で、里の住人を相手取り、邪神すら退けなければいけないなどもう賭けというのもおこがましいのだ。
水龍王はそれを知っていて信頼の一言で済ませた。
それだけのものをハクアに預けていたのだ。
「でもごめんなさい。力はだいぶ取られてしまったわ」
「みたいだね」
視線を向けたハクアには、じっと動かずに静止しているベルフェゴールの姿が映る。
だが、ハクアの目にはハッキリと先程よりも力を増した───いや、奪われていた力を取り戻し、水龍王が持っていた絶大な力まで取り込んだのがわかった。
今はその力を身体に馴染ませている最中なのだろう。
しかも厄介な事に、止まっている今攻撃を加えれば取り込んだ力が暴走して、この辺り一帯───下手をすれば目に見える範囲がごっそり消滅してもおかしくない爆発を起こす可能性が高い。
ハクア程明確に理解していない面々も、今攻撃すれば悲惨な結果を産む事を感じているからこそ、体力を回復させつつ状況を理解する事を優先しているのだ。
「取られた力は全体の四分の三って所かしら。これじゃあ、このレベルの戦いでは役に立てないわね」
「うーん。それでも私よりよっぽど強いんだけどね」
実際力を奪われ、ステータスがかなり下がった水龍王だが、ハクアの言う通り十倍近い差がハクアと水龍王にはある。
悲しい格差はここにもちゃんとあるのだ。
まあ、言っている本人が言うほど気にしてないのが幸いである。
「それでハクアどうするの?」
「……ぶっちゃけ、ここから先の展開は読めん……が、向こうの準備は終わったみたいだよ」
睨み付けるハクアの視線の先に居るベルフェゴールがニヤリと笑ってみせる。
そして───。
「【怠惰の世界】」
重く、圧力を伴った言葉が響くと同時に黒い帳が落ちる。
「ぐっあ……」
「なん……すかっ、こ……れ……」
「う……ごけ、ない……の」
「皆!?」
急に地面に押し付けられるように倒れた皆に駆け寄るミコト。
「動けるのは私とミコトだけか……」
「なんで……これも耐性って奴?」
「そう。ここから先は私とミコトだけしか動けないっぽいね」
ベルフェゴールを睨み付け、冷や汗を流したままハクアがそう呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます