第627話い〜や〜だ〜!

「お前……本当にどうなってんのよ!?」


「いや、どうと言われてもなんとも言い難いのだが?」


 不思議そうに言っているハクアだが、空気が薄いとか火傷の痛みとかそんなレベルではないのだから、炭化して今も燃え続けた状態で普通に会話してる時点でベルフェゴールの方が圧倒的に正しい。


「もう飽きて来たぁー」


「飽きるとかそんなレベルの話じゃないのよ!」


「おい、テンパリ過ぎて口調変わってんぞ。口調とか大事なアイデンティティだから変えない方が良いよ。誰だか分からなくなっちゃうよ?」


 拷問も生温いと思える程の死を経験させたにもかかわらず、なんの意にも介さないハクアにベルフェゴールのキャラの方が崩れてしまう。


 だがそれもしょうがない。


 普通の殺し方だけではなく、途中生きたままほかの生物に食われたり、今のように普通なら死んでしまう状態でも、無理矢理意識と生命を存続させ痛みをずっと感じるようにもしてる。


 それでもハクアはこうやって普通に話し掛けて来るのだ。


 なんだったら最初こそ苦しんだり痛がったりしていたが、今ではそれにも慣れたのか全く痛がる素振りすらなくなったほどだ。


 精神世界の怪我は魂の怪我と一緒。


 それは下手をすれば肉体の怪我よりも危険なものだ。


 ハクアが言ったように、精神世界での怪我は本人の意識でなかった事に出来るが、逆に言えば肉体の怪我と違い、本人がより強い痛みを負ったり、感じたりしたらその分だけ怪我が酷くもなる。


 例えるなら足の小指をタンスにぶつけた時。


 現実にぶつけた場合、どれほど痛みを感じてもそれが引けば、意外に大した怪我を負っていない事が多い。


 しかしそれが精神世界であれば話は別。


 激しい痛みに大怪我をしたと思えば、大した怪我でなくても腫れや骨折などをした事になってしまうのだ。


 それなのにハクアときたら、感覚を引き上げ痛みを倍以上にし、気絶すら封じて狂い死にするほどの激痛を与えているのに全く意に介していない。


 モザイク必須なレベルのスプラッターも、目を背けたくなる死に様も全くの無意味。


 実際ベルフェゴールは今まで数多の英雄、龍種、鬼、悪魔、天使、そして同格の神をもこの方法で精神を殺し、魂を破壊する事で相手を消滅させてきた。


 ほとんどの神ですらここまでの死を体感すれば、その存在が消滅してもおかしくないレベルの体験。


 いや、神同士であればここまで一方的な展開にはならず、ハクアのようにずっと死を体感させられることもなく、ベルフェゴールもここまで時間がかかっても相手を殺し切れない事は今までなかった。


 それを考えれば神でさえ耐えられないものを耐え続け、今やそれもほとんど効果がなくなってきているという、精神力と魂の強さを持っているという異常。


 ベルフェゴールが混乱するのもしょうがない程だ。


 そしてハクアは全く理解していないが、ベルフェゴールの口調が変わっているのも、別にハクアが言う通りテンパってキャラがブレた訳ではない。


 互いに精神世界に長時間存在すると言う事は、精神が通常よりも相手と深く繋がっている状態だ。


 それに加え攻撃を受ける、与えるというのは、精神を侵食し、干渉しているとも言える。


 つまり精神世界で長時間ハクアに死を体感させ続けたベルフェゴールは、ハクアの魂や精神に干渉を続けた事で、精神を殺すどころかハクアの精神に侵食を受け、その結果口調が変わる程の影響を受けていた訳だ。


 邪神の得意なフィールドに居座り、精神攻撃を受け続けても意に介さず、逆に邪神の精神を侵食する女ハクアさんなのだ。

 

「誰のせい! そもそもその状態でなんで普通にしてる。というかどうやって喋ってるのよ!?」


「ふふふ。少し前に覚えた言葉に魔力を乗せる伝達方法でい」


「無駄な学習ばっかりしてるのがイラつく。そもそもそんな状態で普通に喋ってるとか本当は、元人間とか鬼じゃなくてアンデットなんじゃないの!?」


「え〜……それやってる本人が言うの? 酷くない?」


 もう動く度に炭化した身体がボロボロと剥がれ落ち、骨まで見えた状態でやれやれとでも言いたげに喋るハクア。


 どちらが正常な反応かなど一目瞭然な光景である。


「はぁ……もういいわ」


「もういいとは?」


「ほら、これが目的だったんでしょ。返すからサッサと出て行け」


 ベルフェゴールが手を振るうと、ぐったりとしながら寝いている水龍王が暗闇から現れ、そのままハクアのすぐ近くへと運ばれる。


「目的達成は嬉しいのだがちょっと待とうか? 何その追い出す感じ!? とても不服なのですが!?」


 水龍王を抱き留めながら、ベルフェゴールの態度に毅然と苦情を言うハクア。


「何が不服よ。お前みたいな異常者に関わっても時間の無駄。これ以上関わったらこっちの方が狂いそうなのよ。それに何しても無駄ならお前に関わってもこっちが疲れるだけ。シッシッ」


「犬猫追い払うような感じ止めてくれません!?」


 あまりの扱いに叫びに近い苦情を言うがベルフェゴールは既に聞く気がないようだ。


「サッサと出ていきなさい」


「嫌でい! 撤回するまでここに居座ってやる!」


「外でまだ仲間が戦っているんだから早く出て行きなさいよ!?」


「それはそれ、これはこれ! 私の名誉のためにも撤回させるんでい!? そうじゃないと私がまるでおかしい奴みたいに皆に思われるだろうが! また読者に色々言われたらどうしてくれんだコラァ!」


「知るか、読者とか何を言ってるのよ」


「知らぬ! なんか出てきただけでい!」


「くっ、出ていかないなら無理矢理にでも」


「ぬわっ!?」


 ベルフェゴールがハクアに向かって手を振るうと、突如ハクアを突風が襲う。


「ぐぬぬ……負けるかぁ……」


「どこで意地を張ってるのよどこで!」


 竜巻まで伴う突風は、ハクアを吹き飛ばそうとその勢いを強めるが、ハクアは地面に伏せて必死に耐える。


 ちなみにどうやっているのか知らないが水龍王はハクアとリンクしているらしく、ハクアが風に押されると一緒に移動するようで、水龍王自身にはあまり風は影響がないようだ。


「ええい、無駄技術をありがとう」


「礼は良いからサッサと行け」


「だが断る! 発言の撤回が先でい!」


「精神力が化け物なのは本当の事でしょ。それより邪魔しないで出してやるんだから、無駄な抵抗してないで早く行きなさいよ。と言うか、本当に無駄でしかない抵抗はやめなさいよ!」


「い〜や〜だ〜!」


「くっ、それならこれでどう!」


「なん……だと!?」


 ベルフェゴールがハクアを精神世界から追い出すために出した最終兵器、それは巨大扇風機だった。


「ニャっ!?」


 風の勢いは全く変わらないのに突如として浮き上がるハクアの体。


 明らかにさっきよりも劣勢になっている。


 それもそのはず、ここはさっきから説明している通り精神世界の中、そしてここでは思い込みが結果をより軽くも重くもする。


 つまり、台風並みの突風程度は耐えられると思っているハクアだが、巨大扇風機は体を吹き飛ばすものという、強力なハクアの芸人思考の思い込みがこの結果を呼び寄せたのだ。


「あっ……」


 なんとか耐えていたハクアだが、ついに巨大扇風機の風に負けて地面から手を離してしまう。


「うにゃー、絶対撤回させてやるからなぁーー!!!」


「はぁ……間違いなく最悪の最凶の敵だったわね……」


 ドップラー効果を残しながら吹き飛ばされようやく去ったハクアを見ながら、ものすごく疲れた雰囲気でベルフェゴールが呟いたのだった。

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