第626話この化け物め!

「ん……真っ暗。ああ、なんとか成功した感じ?」


 目を覚ましたハクアは頭を振りながら身体の調子を確かめつつ、辺りを見回してそう呟く。


 ここはベルフェゴールの中───体内にある精神空間と言っても良いだろう。


 自分が無抵抗で近寄れば、ベルフェゴールは攻撃よりも神の力を狙って取り込みに来る。


 そしてハクア自身も水龍王を助け出す為に、一度取り込まれる必要がある。


 そう互いに予想したハクアとベルフェゴールは、互いに互いの狙いがわかっていながら、それでもその狙いごと打破出来る。


 互いにそう確信しているからこそ起きた結果だ。


 まあ、ハクアの場合はそれしか助け出す方法がなかったという方が大きい。


 本来ならシーナ達の参戦を待って全員が揃ってからの予定だったが、ベルフェゴールの攻勢が思った以上に激しく、体力の消耗が激しかったこと、ミコトの回避能力が予想より上回っていたこと。


 現在の状況からこの二点を踏まえ決断した訳だが、無防備な状態でベルフェゴールに呑み込まれるという、確証も何も無い作戦を独断で決行したため、怒られる予感をヒシヒシと感じているハクアさんである。


「理不尽。まあ、逆の立場なら馬鹿じゃねえのって私も言うが……それよりも本当に真っ暗でなんも見えねぇな」


 先程から目を凝らして暗闇を見通そうとしているが全く見えない。


 月明かりがない暗闇でもハッキリ見えるハクアの目にも何も映らない。


 しかも今はスキルの補正もあるにも拘わらずだ。


 どうやらこの暗闇はただ単に暗いという訳ではないようだな。と、考えながら次の手を考える。


「……うん。無理だな。おーい、ベルフェゴール出てこーい!」


 考えたがここは相手のフィールド。


 ベルフェゴール自身がアクションを起こさない限りは無駄だと切り捨て、速攻で考えることを放棄したハクアは本人を呼び出す事にした。


「……お前、本当に頭がおかしいんじゃないか?」


 ハクアに呼び出され現れたベルフェゴールは、さっきまで戦っていた紫の悪魔的な姿ではなく、ただの人間───絶世の美女と言われてもおかしくないような姿で現れた。


 敵意はあるが殺気はない、どうやらハクアと会話する気はあるようだ。


「いや、登場一発目でその台詞って失礼じゃね?」


 ハクアの呼び掛けに応えたベルフェゴールが、登場するなり言った言葉にムッとする。


 無防備に取り込まれて相手を呼び出す方も方だが、普通に出て来る方もなかなかではあるのだが、ここにそんなツッコミを入れる人材は居ない。


「それで? お前は自分がどれほど愚かな行動をしているのかわかっているのか?」


「もちろんわかってるが? 精神世界においては七罪最強のベルフェゴール相手に、生身じゃなくて精神体で前に立つ意味も、そのベルフェゴールが創った空間内に居る意味も……ね」


「そうか。ならうだうだと無駄な時間をかける必要もないな」


「ああ、私はおばあちゃんを助け出す」


「我はお前を殺し、取り込み、その力を奪う」


 互いの目的は明白。


 わざわざ口に出す必要もないそれを互いに口に出した瞬間、ビリッと場の緊張感は一気にました。


「まだ認識が甘いようだな」


「あ? 何が───」


 ハクアが疑問を口にすると同時にベルフェゴールが指を鳴らす。


 するとその瞬間、ハクアの全身がいきなり切り刻まれ、全身から血が噴き出した。


「あっ、ぐっ……」


 指を鳴らし、全身から血が噴き出す瞬間まで何も感じなかったし、見えなかった。


 いや、正確には違う。


 攻撃をされたという経過を経ずに、攻撃をされたという結果だけが起こった。


 何かをされたのではなく、結果だけを押し付けられた。


 痛みに耐えながらハクアは自身に起こった事象を正しく推察してベルフェゴールを睨み付ける。


「お前も言った通りここは我の創り出した空間───いや、この場合は世界と言った方が正しいか。その中では我が望めばどんな事でも出来る。このように───な」


「───ッ!?」


 もう一度ベルフェゴールがパチンと指を鳴らす。


 すると何かが落ちた。


 それが自分の腕だとハクアが認識する前に視界がズレ、そのまま全身がぐしゃりと地面へ落ちた。


 指を鳴らし今度はハクアの全身を切り落とし、ベルフェゴールはいとも簡単にハクアを殺したのだ。


 この空間においてベルフェゴールは正しく神の如き力を使う。


 理不尽を現実にする力。


 理不尽を押し付ける力。


 望めば叶う。


 ただそれだけの、それ以上ない、只人が抵抗するなど到底出来ない圧倒的な理不尽がそこにあった。


「ふっ、流石に呆気ないものだな。こんな所にわざわざ入り込まなければ、もう少し抵抗も出来ただろうに」


「いや、確かにそうだけど、それでもいきなり刻んで血塗れにするのも、全身バラすのもやり過ぎだと思うのだが?」


「なっ!? お前、何故!?」


 先ほどバラバラにして殺したはずのハクアが、何事もなかったかのようにベルフェゴールの後ろに現れ、流石のベルフェゴールも驚愕する。


「だってここはお前の作った領域の精神空間。言っちまえば虚像のようなもんだ。ここで起こることを虚像だと理解し、意志を保つ事が出来ればどうという事はない」


「くくっ、本当におかしな奴だ。それがどれほど異常な事かわかっているのか?」


「わかってるが?」


 ベルフェゴールの言葉は真実だ。


 ハクアはこともなげに言っているが、この精神空間ではハクアの持つ耐性系のスキルは効果がない。


 この世界では現実の痛み以上にその痛みはリアル、簡単に言えば今ハクアは現実に感じる痛みの倍以上の痛みを感じていると思えばいい。


 そしてハクアはたった今、その身体を全身バラバラにぶつ切りにされたのだ。


 自分でも気が付かないうちに一瞬でぶつ切りにされたハクア。


 現実なら気が付かないうちにそんな事になれば、痛みを感じる間もなくハクアは死ぬだけだろう。


 だがこの空間ではそんな事になってもしっかりとその痛みを感じる。


 つまりハクアはぶつ切りにされ殺される痛みを通常の倍の痛みで受けながら、平然とベルフェゴールと何事もなかったかのように会話しているのだ。


 痛みに強いなどと言う言葉では到底片付ける事が出来ないことを平然とやってのけている。


 ベルフェゴール自身それをわかっているからこそハクアが異常に映るのだ。


「ならば耐えてみるが良い」


「あれ? 本気モードです?」


 ベルフェゴールの殺気が一気に膨れ上がり、ハクアは冷や汗を流しながらそう呟いた。

 ▼▼▼▼▼▼▼▼

「くっ……」


 膝をつき項垂れる。


 斬殺、刺殺、殴殺、絞殺、射殺、銃殺、薬殺、毒殺、圧殺、撲殺、轢殺、窒息、溺殺、感電、その他ありとあらゆる死を与えた。


 しかし……。


「ねぇ、まだやんの?」


「この、この化け物め!」


「邪神に化け物とか言われたくないんだけど……」


 膝をついたベルフェゴールは今もなお身体が燃え続け、焦げた肉の匂いを漂わせ炭化した状態で、まるで普通に寝転がってテレビでも観ているかのような体勢で、そんなことを言ってくるハクアに叫ぶ。


 ハクアはこう言っているがどう見ても異常なのはハクアで、まともなのはベルフェゴールのほうであった。

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