第621話展開上しょうがないんだよ!

「これと戦うってマジっすか?」


 肉塊の海から起き上がった異形のベルフェゴールを見上げ、冷や汗を流しながらシーナが口にする。


「指なんて今のムーと同じくらいの大きさなの」


 見上げる程の大きさになったベルフェゴールは、巨大と言われる龍族すら超える大きさだ。


 普通ならそこから更に力を凝縮するのだが、元々肉体を持たいない精神体である事、そして吸い上げた力が思った以上に強力だった為に、受肉体が巨大になったのだろうとハクアは推測した。


 例えこの場の全員が人化をといて龍の姿に戻ったとしても人と子犬ぐらいの差がある。


 ましてやハクアやユエにはそんな形態はないのでもっと危険だ。


 そしてそのハクアの推測はほぼ正しい。


 一つ訂正するとすればベルフェゴールは受肉体が巨大になったのではなく、自ら望んで巨大にしたのだ。


 その理由は一つ。


 ハクアを殺すには強力な一撃ではなく、どんなものでも当たりさえすればいいという考えからだ。


 ミコトの身体を乗っ取ったベルフェゴールは、当然ミコトの記憶も余すことなく共有している。


 そしてベルフェゴールが注目したのがハクアがこの里に来てからの短い期間の出来事。


 ハクアの戦闘───特に三頭龍アジ・ダハーカとの戦闘の記憶。


 格上の相手にあらゆる手練手管を使い勝利したあの戦いを知り、ハクアには突破力のある強力な個よりも、大きさに任せた当たりの大きい攻撃の方が有効である。


 しかもハクアは対人戦に優れているが、それ以外の対処には対人戦程慣れていない。


 人としての姿から逸脱するほどにその傾向は顕著に出る。


 その考えからベルフェゴールはこの姿を選んだ。


 そしてそれは強力な力を有する龍族ではなく、力のないハクアただ一人をベルフェゴールが、自身を脅かす危険な敵として認識している証拠だった。


 更にはハクアの意識を逸らせる為、自身の体から溶けだした肉を使い異形のドラゴン達を次々に量産していく。


 それは力の落ちたアジ・ダハーカが使っていた苦痛の権能に似た力。


 しかしそこから産み出される肉塊のドラゴンは、アジ・ダハーカが創り出した苦痛の権能の軍勢とは比べ物にならない力を有している。


 まさに苦痛の権能の上位互換と言ってもいい、怠惰の軍勢だ。


「とりあえず全勢力で迎え討つ。私の召喚した子達とユエ、アトゥイ達はあの肉塊のドラゴン。呼称を怠惰の軍勢としてあっちを頼む。指揮はアトゥイに任せるけど、レリウスも状況次第で臨機応変に役割を交換しろ」


「わかった」


「は、はい!」


「私達は?」


「そりゃ当然こっちだよ」


 ニヤリと笑いながらベルフェゴールを睨み付ける。


 強大な力を持つ龍達ですら威圧される中、それでもなおハクアは誰よりも好戦的に笑ってみせる。


 最初に動いたのはベルフェゴールの方だ。


 一見すると雑にも思える腕による薙ぎ払い。


 しかし、それもその巨体から繰り出されれば脅威の一言だ。


「どわっと!? 大きさがピンと来ないから避けにくいっす!?」


「厄介なの」


「確かに大き過ぎてやりにくいね」


「全くこれだから滅多な事でピンチを感じない奴らは、最終戦はめちゃくちゃ強いのか、全員で掛かれる大物戦と相場が決まってるんだよ」


「そんな相場知らないけど!?」


「何を言うかミコト。特に今みたいに人数多いと、全員が戦闘に参加出来なくなるから相手が大きくなるのは展開上しょうがないんだよ!」


 ベルフェゴールが熊のような両手を前に突き出し、腕に生える毛を針のように鋭利な武器として飛ばす攻撃をなんとか避けながら、ハクアは何故かこの状況でも拳を握ってそんな事を力説する。


 どう見てもピンチなのに実に余裕のある残念な行動だ。


「いや、本当に知らないからね!?」


「てかどうやって戦えばいいんっすか!? 自分よりもでかいのとなんて戦った事ないっすよ!?」


「そうなん? 自分より大物のなんてたまにやり合うだろ」


 私なんて何回かに一回はそんなだが? と、首を傾げながら不思議そうにするハクア。


「ムー達くらいの大きさになるとそんな事滅多にないのぉー!?」

 

 ベルフェゴールが手のひらを叩き付け、まるで虫でも叩き潰すかのような攻撃をなんとか避ける。


「ていうか先から速っ!? この大きさでこの速さなのズルくない!?」


「大きいと遅いとかただの幻想だから、実際はそんなにスピード変わんないのよ。私らからすれば大きいけど向こうは普通の体格、そもそもそれを支える体がある時点で大きい=遅いにはならんのよな! 素人はそれがわからんのですよ」


「なんでハクアはそんな冷静なのかな!?」


「慣れ」


「「「嫌な慣れだね!?」」」


「お前ら真面目に───クッ!?」


「トリス大丈夫っすか!?」


「……平気だ」


 迫り来る攻撃を必死に避けながら会話を続け、なんとか糸口を掴もうとするハクア達。


 だが、熊のような腕は龍化したトリスすら掴み、いとも簡単に地面へと叩き付け、蜘蛛の下半身は自在な動きはその軌道を読みずらくするやりにくい相手だ。


 幸いなのはまだベルフェゴール自体がその体に慣れきっておらず、攻撃自体は単調な事だろう。


 しかしその巨体から繰り出される攻撃は龍族にとっても強力無比、ハクア達からすればただの移動に巻き込まれるだけで致命傷になる。


 この場で多少でも攻撃を耐えられるのは、恐らく地龍であるムニと地龍王くらいのものだ。


 しかも───


「鬼刃一刀・羽々鬼離!」


 ハクアの放った鬼力を纏った無数の斬撃が乱れ飛ぶ。


「こっちも行くっすよムニ!」


「りょーかいなのー!」


「風よ吹き荒れろっす」


「なのー!」


「「破岩裂空!」」


 ムニの作り出した岩をシーナの作り出した竜巻が飲み込み、風の攻撃とそれにより弾丸のようなスピードで撃ち込まれる、巨岩の銃弾がベルフェゴールを襲う。


「極光のブレス!」


「獄炎の咆哮!」


「嵐撃の咆哮!」


 龍化したミコト、トリス、シフィーの三つのブレスが重なり混ざり合い、強烈な一撃となってベルフェゴールに向かう。


「チッ、硬い!」


 ハクア達の攻撃がベルフェゴールに当たるが、斬撃も岩と風の弾丸も、全てを貫く威力を持つブレスも、ベルフェゴール自体に大したダメージを与えられない。


 しかもその傷も負った端からすぐに回復するという厄介な状態だ。


「おぉぉ! ラァ!」


「フン!」


 ハクア達の攻撃の直後、その攻撃の起こす土煙に紛れながら近付いた火龍王と地龍王が、ベルフェゴールの巨体を浮かせる程の強烈なアッパーカットの一撃を繰り出す。


「鬼哭龍鳴!」


 その隙を逃す事なく、いつの間にか倶利伽羅天童へと変身し、獄門帰依を纏ったハクアの鬼哭龍鳴がベルフェゴールを襲う。


原初から終焉へはじまりおわれ


 力を引き出すトリガーとなる言葉を紡いだハクアの声を引き金に、ハクアの心龍が放つ白い閃光のブレスが真紅のブレスへと変化し、ベルフェゴールの巨体を呑み込む。


「おぉ、決まったっす!」


「やったの!」


「あっ、バカ。そんな事言ったら───!?」


 その続きを言う前に、上空から放たれた黒の閃光がハクア達を呑み込んだ。

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