第620話勘!!

「あれは水龍王?」


 ハクアの視線の先を追ったミコトが呟く。


 それにいち早く反応したのはジーナだ。


「不味いっす早く助けな───ぐえ!?」


 持ち前のスピードを発揮して、水龍王の元に駆けつけようとしたシーナだが、服の襟を掴まれ首が絞まり思わず嘔吐く。


「な、何するんっすかハクア」


「ちょいまち」


「はっ? 何言ってんすか……このままだと水龍王様が呑まれるんっすよ! それを黙って見てろって事っすか!」


 掴まれた襟を振り解き、逆にハクアの襟を締め上げながら問いただす。


「端的に言えばそうなる」


「あ゛っ? くっ、やっぱり私が助けに行───ぐえ!?」


「待つのシーナ。少し話を聞くの」


「そんな場合じゃ!? あっ……」


 言い争う二人の目の前で水龍王が肉塊に呑み込まれる。


「あぁ……そんな」


「ハクア。説明して欲しいの。もしも納得できなきゃムーも許さないの」


「わかってるよ。率直に言えば今のおばあちゃんは助けられない。いや、助けても私達じゃどうにもならないんだよ」


「ばあさんが助けられないとはどういう事だハクア?」


「そのままの意味だよ。例え私の力を使ってもあそこまで融合した邪神の力を取り除くのは不可能だ」


 ハクアの視線の先に居た水龍王の目には光がなかった。


 身体は黒いアザにもヒビにも見えたナニカが蝕み、虚ろな姿で立ち竦んでいたその姿からは、いつもの水龍王が想像出来ない程だ。


 あの状態では押さえ込む事に成功してもそう長くないだろうというのがハクアの見解だった。


「そんな……どうにかならないのハクア?」


「邪神の力……いや、それがどんなモノでも神の力は強力だ。それを自身の内に封印するなんて無茶だったんだよ」


「でも、確かに戦えなかったかもしれないっすけど、今までは平気だったじゃないっすか!」


「多分だけど……おばあちゃんは邪神の力をその身に封印して、その力に取り込まれないように、自分の力で邪神の力を覆っていたんだ」


 イメージするなら星のような感じだ。


 邪神の力という核があり、それを水龍王の力で覆う事で巨大な力を押さえ込み安全な地殻にしている。


 そして長い年月そうしてきた事で、地殻である水龍王の力と核である邪神の力が混ざり合い、両者の力が融合したマントル部分が出来上がった。


 そこに来て今回の事件が起こった。


 今までその状態で安定していた水龍王だが、アカルフェルが邪神の魂を解き放ち、ミコトの中の二つに分かれていた魂と融合。


 そのせいで力と影響力を増した邪神の波動に水龍王の中の力が呼応、両者のバランスが崩れマントル部分の融合した力をも飲み込み、水龍王の意識を奪っている状態なのだ。


 あくまでイメージだけどね。


 そう言ってハクアは説明を終える。


「じゃあ、水龍王様を見捨てる事しかムー達には出来なかったの?」


「逆だよ」


「「「えっ?」」」


「おばあちゃんにはアカルフェルのような変質が起こってない。これは単純にまだおばあちゃんの力が邪神の力を水際で食い止めてるからだ」


 先程のイメージで言えば核とマントルは邪神の力となったが、地殻まではまだ破られていない状態。


 だがその状態では、完全に融合している部分が多すぎてハクアにも手出しが出来ない。


 下手をすれば水龍王の魂が壊れかねないのだ。


 だがそれが神。


 それもその力の本来の持ち主であるベルフェゴールなら話は違う。


 水龍王の力である地殻を突破し、マントルと核の力だけを取り出す事は恐らく可能だとハクアは考えたのだ。


「融合された部分の力はごっそり減るから、多分おばあちゃんは劇的に弱くなる、でもそれでも助ける道は見える」


「それは……」


 龍族にとって力とは自身の価値であり象徴だ。


 それを失ってまで生き長らえる。


 それにどこまでの価値があるだろう?


 そう思えてしまう。


 だが───


「私は諦める気はサラサラない。例えどんな形でも生きていれば先は繋がる」


 それがハクアの答え。


 この命が軽い世界で最初から最後まで一貫しているハクアの軸。


 だからこそ強い。


 だからこそ諦めない。


 ハクアの強さの根幹がそこにはあった。


 水龍王を取り込んだ肉塊が、蠢く様を睨み付けながらハクアは言う。


「一発勝負。力を取り戻すまではおばあちゃんを本格的に取り込む事は出来ないはず。おばあちゃんの中の自分の力と融合した力を取り込み、覆っていた力を取り込むまでの数分程度の時間に助け出す」


 それが本当に数分あるかは分からない。


 数十秒、あるいはもっと少ないかもしれない。


 だが、その瞬間以外に水龍王を助けて、命も救うタイミングはない。


「だから力を貸してくれ」


「何をすれば良いの?」


「おばあちゃんを取り込んだ今、恐らく変化が始まってる。あれが終わった時その時は総力戦だ。ベルフェゴールの力を削ぎながら、さっき言ったタイミングでおばあちゃんを助け出す」


「そのタイミングって?」


「勘!!」


「「「え〜〜!?」」」


「ちょっ、ここに来てそれってどうなんっすかハクア!?」


「結構引いたの」


「もう流石というかなんというかだね。ハクアは……」


「ふざけるのも大概にしろ。燃やすぞ」


「ぐえっ!?」


「トリス落ち着く。本当に勘なのハクア?」


「そうだよ。私にわかってるのは今は誰もおばあちゃんを助けられないって事だけ。長々と言ったけど、正直ほとんど仮説の域を出ない話だし、それでもその一点に賭けるしか方法がないのが現状なんだよ」


「まあ、確かにそうだな」


「ああ」


 ハクアの話を黙って聞いていた龍王達が揃って同意する。


「一応、俺らもばあさんからこんな事態になったら助からねぇだろうとは聞いていた」


「そう……なのか」


「ああ、だがなトリス。俺はハクアのお陰で希望は見えたと思うぞ。なんせ俺達じゃいくら調べても手がかりすら掴めなかったからな」


「そうなの父様」


「情けない事にな。だが、だからこそ勘であろうがなんであろうが、道を示したハクアの事を信じる。その為の道は我々が切り開こう」


「ハァ……それしかなさそうっすね」


「そうなの。頑張るの」


「わかった。妾が力を貸すんだしくじるなよ」


「私も協力する」


「もちろん私もね。一緒に水龍王を救おうハクア」


「ははっ、そりゃ頼もしいや。それじゃあそろそろ本番と行こうか」


 仲間の言葉に獰猛に笑って見せたハクアが視線を向ける。


 するとその瞬間、水龍王を取り込み蠢いていた肉塊がピタリと動きを止め、眩い光を解き放つ。


「うっ……眩しいの」


「なんか出てきたっすよ!?」


 シーナが指を指す場所、そこには肉塊が溶けた肉の海が広がる。


 その海の中からそうあるのが当然のようにナニカが這い出てくる。


 ねじれた二本の角に長い髪の女、身体は紫で女性的で肉欲的な姿。瞳孔がない赤い瞳、巨大な悪魔の羽根を生やし、熊のような手、蜘蛛のような足、牛の尾を持ち、所々にいろいろな動物の要素が見て取れる。


「ハハッ……私ら今からこれと戦うんっすか?」


「……そう……なの」


「いや、むしろありがたい。あれ見てみ」


「あっ!?」


 ハクアが指を指した先、ベルフェゴールの胸元には磔にされたような姿の水龍王が居る。


「本当ならおばあちゃんが何処にいるか探りながらやる予定だったけど、見えてるなら楽でいい。さあ、やるぞ!」


「「「おう!」」」


 こうして最後の戦いの火蓋が切られた。

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