第619話それは無理っす

「じゃあ顕現する為の受肉に失敗したって事っすか?」


「あれを倒せば終わりなの?」


 二人の言葉にハクアは静かに首を振り、龍王達に目を向ける。


「そろそろ教えてくれるか?」


「えっ、教えるって何をなのハクア?」


「ベルフェゴールは何体いる? 龍王であるあんたらならしってるだろ?」


「「「えっ!?」」」


「ど、どういう事!? あの邪神が複数居るって事っすか!?」


 シーナの問いに首を振ってハクアは自身の推測を話す。


「正確に言えばベルフェゴールを複数に分けて封印したんだと思う」


「何故そうだと?」


「簡単だよ。ミコトの中にベルフェゴールの魂があったのは確認した。けど、ここに来る途中、アカルフェルの中にもミコト程じゃないけど、ベルフェゴールの魂と力を感じた」


「ムーはアカルフェルと戦ったけど全然分からなかったの」


「私もっす」


「まあ、アカルフェルの方はあいつ自身に隠れてて、ミコトの時みたいに表に出て来てなかったけどな。私がわかったのは私の中にも別の邪神の力があったからだと思う」


「では、邪神は二つに分かれたと言う事か?」


 ハクアはトリス問にいやと答える。


「ミコトと初めて会った時、私は少し既視感のようなものを感じた」


「あっ、そう言えば私も……そっか、今にして思えばそれは私達の中の邪神の力が影響してたんだね」


「そう。そして私はここに来て、ミコトよりも弱かったがその前に同じような感覚を覚えた人が居る」


「まさか……水龍王様……か?」


「ああ、そうだよトリス。牢屋に入れられて、トリス達が来る前に会ったおばあちゃん。そのおばあちゃんにも今思えば同じような既視感を感じたんだ。まっ、当然その時は分からなかったけどね……それでどうなんだ?」


 軽く聞きながらもハクアの視線は鋭い。


「ふぅ……そこまでわかっているなら隠してもしょうがねぇな」


「火龍王!?」


「しょうがねぇだろ地龍の。ここまで来たら隠すのは無理だ」


「それはそうだが……」


「それに龍神様も、水龍王のばあさんもハクアには隠すつもりはねぇと思うぜ。なにせあの二人が呼び寄せたんだからな」


 火龍王の言葉に全員が驚く中、すでに予想していたハクア、その予想をすでに聞いていたミコトだけは驚きはない。


 むしろハクアに至っては水龍王の事をばあさん呼びして後で殺されないだろうか? と、場違いな事を考えていた。


 こんな時でもブレない残念な子である。


「うるさいよ!?」


「何がだ?」


「いやこっちの話。それで続きは聞いても?」

 

「ああ、と言っても俺達が教えられる事は少ない。お前さんの言う通り、かつて龍神様は邪神ベルフェゴールと戦い力を引き剥がし、その魂を二つに分けた」


 そして龍神は二つに分けた魂の片方を、自身の子であり神の力を持って神の魂を抑えることが出来るミコトの身体へ、そして入り切らなかった魂をこの地そのモノに封印した。


「……私も龍王なのに知らなかった」


「別に教えなかった訳ではない。俺達も龍王になって再封印の儀式をする時まで知らされなかった」


「ああ、地龍のが言った通りだ。別にお前さんに黙っていた訳じゃなく、俺達のようにその時に知らせるつもりだったんだよ」


「なるほど、封印の期間が本当の意味で龍王に相応しいか見定める期間だったのか」


「ああ、ハクアの言う通りだ。龍王になる事で増長する者も少なくない。だからこそ、利用される事がないようにするための処置だ」


 地龍王の言葉にもっともだ。と頷きながら続きを促す。


「そしてここまで来れば分かると思うが、水龍王のばあさんの身体の中には、ベルフェゴールから切り離された神の力そのものが封印されてる」


「ふぇ〜……流石水龍王様なの」


「そうっすね」


「確かに凄いな。神域に至った訳でもないのに神の力を取り込んで封印してるなんて、つまり……そのせいでおばあちゃんは戦えない身体になってたんだね」


「「「えっ!?」」」


「ちょっ、待ってハクア。水龍王が戦えない身体だったってどういう事なの!?」


「そのままの意味だよ。おばあちゃんは多少動いたり、力を使う事は出来ても、全盛期程の力は出せないし、長い間動き続ける事は出来ない身体だったんだよ」


「驚いたな。水龍王様は巧妙に隠しておられるのにそれをわかっていたのか」


「まあね」


 ハクアはここに来てからずっと水龍王の修行を受けて来た。


 その過程で水龍王が自身の動きをセーブしている事、そして何より他の龍王達とは違う、どちらかと言えば龍神よりの底の知れなさを、水龍王に感じていたのがこの推測の根幹だ。


 そこに来てこんな事態が起こればハクアにとってそう推測するのは容易い事だった。


「つまり、今奴はアカルフェルの肉体を乗っ取り受肉しようとした。でもそれには力が足りず、今はその力を求めて進んでるってこった」


「それなら! それならこんな風に話してないで早く倒した方がいいんじゃないの!?」


「……いや。確かにミコトの言う通りだけど」


「それは無理っす。ミコト様」


「どういう事シーナ?」


「私らもすでに試したんですよ。でもどれだけ攻撃してもすぐに元に戻るし、むしろ飛び散った肉片が更に増殖して、本体に合流すると大きくなる始末なんっすよ」


「うえ……何それ」


「やっぱりか」


「やっぱりってハクアはわかってたの?」


 ハクアの言葉に反応したミコトが聞き返すと、その様子を全員が注目する。


「まあ、元がシーナ達が戦ってた所から発生してるから、こんな所まで来て何もせずに悠長に話ししてるって事はもう粗方色々と試した後かなってね」


「ああ、確かに言われてみればそうかも……」


「それに推測が当たってれば攻撃をやめて正解だよ」


「どういう事だ?」


「うーんと……なあトリス。お前、スキルで【再生】する時、無限に出来る?」


「そんなものは無理に決まっているであろう。妾でも【再生】はかなりの……」


「そう、今言おうとしたように、程度にもよるけどかなりのエネルギーを消耗して【再生】は発動する。でも今、奴はエネルギー不足だって言ったろ」


「それだとおかしくないっすか?」


「んにゃおかしくない。受肉するには神の力とそれに足る高純度な力が必要だけど、体を【再生】するだけなら高純度なエネルギーは必要ない」


「まさか……!?」


「そのまさか、支配権がミコトからアカルフェルのに移ったから龍王クラスは縛れないし、大勢を動かす事も出来なくなった。けれど、そこからエネルギーを吸い尽くす分にはなんの問題もない」


 それの意味する所は、今ベルフェゴールを攻撃すれば、この里で操られている全ての住人のエネルギーを使って【再生】するという事。


 攻撃さえ続ければその内エネルギーは尽き、ベルフェゴールの【再生】も止まるだろう。


 しかしその時、エネルギーを吸い尽くされた里の住人がどうなるかは、ハクアがわざわざ口にするまでもなく分かるだろう。


「じゃあこのまま見てるしかないって事なの?」


「いや、やる事ならあるよ。次のラウンドに向けて体力回復しとかないと死ぬよ。なにせ相手は完全に受肉した状態のベルフェゴールになるんだから」


 ハクアの言葉にゾクリとしたものを感じながら、手渡された回復薬で体力回復をはかる。


「……来たか」


 そうしてハクアに言われた通りにしていると、ハクアの呟きが全員の耳に届く。


 そしてその視線の先には虚ろな目をして佇む水龍王の姿があった。

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