第618話……あっ、うん。そうだね

 断罪の直後、ハクアは龍神の気まぐれで力を注ぎ込まれた。


 しかしその時、ハクアは誰にも言わなかったが、面白半分で自分に注ぎ込まれた力の他に、龍神により手出し出来ない形でロックのようなものを掛けられた、別の力の存在も知覚していた。


 正直に言えばその時の体の負担は、自分に注がれた力よりも、その別の力の負担の方が大きかった。


 苦情を言うため睨みを利かせたら面白そうな顔をされ、その直後真剣な顔で文句を封殺された。


 それはまるで、誰にも気付かれたくないかのようでハクアも口を噤むことを選んだ。


 その力の負担は凄まじく、これまでの修行で何度も自分の中の力を阻害する程大きく邪魔なものだったが、もう既によく分からんと諦めていたハクアだった。


 だが、この状況でミコトの体がベルフェゴールに乗っ取られた段階で使い道を理解した。


 そもそもがハクアをこの里に呼んだ理由が、この状況だとすればなんの対策もなく、ただ鍛える為という方がおかしい。


 そう考えたハクアがベルフェゴールとの会話中に体の中を探ると案の定、龍神が掛けていたロックがいつの間にか外れている事に気が付いた。


 そうしてハクアは、この龍神の力を使ってミコトを刺激して叩き起す道筋を立てたのだった。


「───と、言う感じ」


「あの時そんな事が」


 ハクアから渡された回復薬を両手で持ち、チビチビと飲みながら驚くミコト。


 現在、ベルフェゴールと切り離された事で、ミコトの体の制御権はミコト本人の元に戻ってきた。


 だがやはり腐っても邪神、その力は強大で制御権は戻って来ても、まだ身体が上手く馴染んでいないようだ。


 そして切り離されたベルフェゴールの魂は、ハクアにより切り離され怪我を負い、ハクアの追撃を躱しどこかへと逃げ去った。


 正直追い掛けたかったハクアだが、自分とミコトの怪我を治す方を優先し、ここまでの状況を説明しミコトと情報共有する事を優先して今に至る。


「その……ごめんね。助けてくれてありがとう」


「どういたしまして、こっから働いて貰うからね」


「うん、勿論……って、まだ終わってないの!?」


「あれで終われば私も追撃かまして刻んだんだけどね」


 実際そうはならないだろうと、回復薬を飲みながらハクアは言葉を続ける。


「そもそもが全部おかしいんだよ」


「全部って?」


「ミコトの身体を全部掌握しきれてなかったのも、そんな状態だったとはいえ、私程度が善戦出来たのもね」


「そうかな?」


 一番弱い邪神と言われてもそれは邪神という規格で見ての話。


 その他の雑魚の中に居れば遥か彼方の存在だ。


 そんな奴が最強に近い龍の身体を手に入れてあの程度だった。


 それがハクアの率直な感想だ。


「考え過ぎな気もするけど」


「それならそれで良いんだけどね。それよりもまあ、いきなりでかくなったもんだね」


「うん。私もビックリだよ。なんだかんだで成長しないの気にしてたしね……それでその……どう……かな?」


 立ち上がってクルリと回り、ハクアに全身を見せるミコト。


「うん。可愛い」


「そ、そうかな……えへへ」


 照れる姿もめっちゃ可愛ええもやんと、思わず心の中で関西弁になりながら頷く。


「でもアレだね」


「えっ?」


「美少女はその成長過程まで含めてこそ、それなのに……それなのにいきなりここまで成長させやがって! やはりベルフェゴールの奴は敵だ!」

 

「……あっ、うん。そうだね」


 先程までの嬉しそうな顔から、スンッと表情を消しながら同意する。


 その目はとても残念なものを見るような目だ。


 しかもそんな事で敵認定されている事が、いくら身体を乗っ取られていたとはいえ、邪神なのに哀れすぎると少し同情までしてしまうのだった。


「それでこれか───」


「飛ぶぞ!」


「えっ、ぐえっ! る?!」


 ミコトの言葉を遮り、首が締まるのも構わず、襟首を掴んで飛び上がるハクア。


 その瞬間、ハクア達が座っていた場所を肉塊が呑み込む。


 そう肉塊だ。


 ウネウネと蠢く肉塊には、所々に毛や皮が見え隠れし、血がピュー、ピューと吹き出し、それの元になったのが生物なのだと主張する。


 しかもその気色の悪い動きで、あの状態で未だ生きているのだと訴えるようだった。


 何より……。


「ウッ……アア……ッ……」


 苦しみを伴う感情が乗る呻き声が、それを勘違いだと思わせてくれない。


「ケホッ、ケホッ、ごホッ、な、何あれ?」


「肉の塊と書いて肉塊だぁねぇ」


「……いや、それは分かるけど」


「ハクア!」


 突然現れた肉塊を前に話すハクア達を呼ぶ声。


 そちらに目を向けると少し前に別れた全員が、龍王の2人と共にハクア達の元にやって来る。


「あるじ〜!」


「おっとと、怪我は……うん、ないね。お疲れ様」


「うん。で、誰?」


 ハクアに抱き着いたユエはそのままの体勢でミコトを見て簡潔に一言。


 皆なんとなく分かりつつも、確信が得られず触れられなかった所に切り込んだユエに、内心でナイス! と思いながら返事を待つ。


「少し成長しただけだから分かるとは思うけど、ミコトだよ」


「えっと……皆迷惑かけてごめんね」


「いやいや気にしなくていいっすよ。邪神が相手じゃしょうがないっす」

 

「そ、そうなの! シーナの言う通りなの!」


「それにしてもその成長には驚きましたね」


 ミコトの謝罪にムニとシーナが慌てる中、トリスが話題を変える。


 それに上手いなと思いながら、ハクアは簡単にここまでの状況と、ミコトの成長についての考察を話す。


「なるほど、それなら納得なの」


「そっすね。邪神を抑えていたなら成長する力の余力なんざないっすね」


「さて、それじゃあ状況は?」


 二人揃ってうんうんと頷く姿を見ながらハクアは本題に入る。


「少し前に急に皆動かなくなった」


「ああ、それで私達もハクア達に合流しようと向かっている途中に、龍王様やトルトリス様達と会い、合流してここまで来た」


 ユエの全く足りない説明を補足するように引き継いだアトゥイが、これまた簡潔にここまでの経緯を説明する。


「あの肉塊は?」


「それは私達にも分からない」


「あれ……アカルフェルなの」


「「「エッ!?」」」


「やっぱりか」


 事情を知らない面々がムニの言葉に驚く中、ハクアだけは一人納得して哀れな姿となったアカルフェルだったモノを見る。


「ハクアはどうしてああなったか分かるんっすか? 私等は戦ってたらいきなり目の前で……ウプッ……」


「うん。龍化したと思ったら筋肉が膨れ上がってああなったの」


「俺らも見てたが、そんな感じだ。こっちはその少し前に支配が解けて身体が元に戻った感じだな」


「ああ」


 シーナとムニの説明に龍王の二人も同意する。


「恐らくは……だけどこっちが原因かな」


「どういう事だ?」


「恐らくは私が追い詰めて、ミコトとベルフェゴールを切り離したのが原因だ」


 ハクアは推測に過ぎないけど、と言いながら説明し始める。


 ベルフェゴールの中でミコトの意識が戻った事で、里の住人を操っていた支配が緩み、ベルフェゴールを切り離した事で力を注いでなんとか維持していた龍王の支配も解けた。


「そして切り離したベルフェゴールはここから逃げたが、その行き先がアカルフェルの所だったんだとおもう」


「理由は?」

 

「あいつの中にベルフェゴールの力があったから、ミコトから切り離されて魂だけになったベルフェゴールは、アカルフェルの中の自分の力を回収、そのままアカルフェルの肉体を変質させ受肉して顕現しようとしたんだ」


「それがあの状態って事? だとしたら……」


「うん。ミコトの考えた通りお粗末だね。恐らくはミコトならともかく、アカルフェルじゃ器として足りなかった。そしてそれを補うベルフェゴールの自身の力も足りなかったんだと思う」


 ハクアは自身の推測を話しながら、眼下に蠢きながら何処かを目指す肉塊を睨み付けた。

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