第616話最弱対最弱の戦い
「ふぅ……」
深く息を吐いたハクアは心を鎮め、ベルフェゴールを注視しながら状況を整理する。
現状では体術は互角に近くはあるものの、それはまだベルフェゴールがこの状況を楽しんでいるからに過ぎず、スキルを使い始めれば圧倒される。
ハクアにもまだ手はあるが、それに辿り着くには奇跡のような綱渡りを成功させ続けなければいけない。
それがわかっているからこそ、何よりも重要なのは正しい分析による情報と、冷静に事を運ぶことなのだ。
そこには一切の悲観も、希望的観測もあってはならない。
ただ冷徹に、機械のように正しく事実のみを追い求めなければ、この細い糸を渡る行為が一気に死という奈落に通じるのだ。
思い出すのはテア達が書いたメモの内容。
敵の正体であるベルフェゴールについて書かれたそれは、走り書きながらその能力についても書いてあった。
曰く、ベルフェゴールは七罪最弱の邪神であり、最強にもなり得る邪神だと。
その理由はベルフェゴールの権能にある。
その権能は【憑依】
ベルフェゴールは元々、自らの肉体を持たない精神体の邪神であり、この世界の生物に取り憑き、その体を媒体に能力を発揮する。
その特性から、ベルフェゴールは【憑依】した相手によってその力が大きく変動する。
ゴブリンに取り憑けば、そのゴブリンの能力の範囲でしか力を振るえず、今のように龍に付けばその力は他の七罪を凌ぐ可能性があった。
なりよりも厄介なのが、取り憑く相手がその種の中で上位の個体なら、問答無用で下位の個体を操る事が出来る。
そしてそれは今、最悪の状態で実現されていた。
種としては龍神に次ぐ力とポテンシャルを持つミコトの肉体は、ベルフェゴールにとって最高の【憑依】先なのだ。
更に問題なのは、ベルフェゴールは下位の個体を操るだけではなく、操る下位個体が強いほど、その数が増せば増すほど、その力を【憑依】した個体のポテンシャル次第で際限なく上げていく特性がある。
ミコトの実力が不足していて、龍王達を完全に操れていないのが幸いだが、それでもこの里の住人のほとんどの力が、ミコトを操るベルフェゴールに流れている状態だ。
この里の未来を決める最弱対最弱の戦いは、しかしその実、天と地ほどの差があった。
そして更にベルフェゴールは権能の他にも、数多のスキルを持っているともあった。
その数は七罪の中で群を抜いて多い。
その全てが詳細不明というのも攻略の難易度を引き上げている。
しかしそれでもハクアが諦める事はない。
今も戦い続ける仲間達、そしてベルフェゴールに囚われながらも抗い続けようとしてるミコトの為にもだ。
「考えは纏まったか?」
「ああ、それじゃあ、続きをやろうか!」
同時に動いたハクアとベルフェゴールは、さっきと同じように拳をぶつけ合う。
違うのはその攻撃が体術だけではなく、超至近距離からの魔法も絡めている事だ。
暴風のようなベルフェゴールの体術と魔法、針の穴を通すようなハクアの体術と魔法がそれぞれに繰り出される。
「フッ!」
ベルフェゴールの拳を体を丸めながら回転して避けたハクアが、回転を利用して威力を上げた突き上げるような蹴りを放つ。
しかしそれを難なく回避したベルフェゴールが、無理な体勢から一撃を繰り出したハクアの脚を襲う。
ハクアの動きの全てを支える脚を奪う。
それは【高速再生】があるとはいえ!ハクアには特に有効な手となり得る。
だがハクアは何かに当たったかのようにビタリと無理矢理動きを止め、体幹だけで体を支えながらそこからに更にニ撃目の蹴りで迎え撃った。
「ほう。本当に器用な奴だな」
「お褒め下さりどうも。っとととと!?」
攻撃で吹き飛んだハクアへと素直な賞賛を送りながら、ベルフェゴールが地面へ手を当てる。
その瞬間、ベルフェゴールを中心に黒い闇が円状に溢れ出し、それが腕と手の形を取りながら、次々と地面から生えハクアへと襲い掛かる。
そのどれもがベルフェゴールと同じ速度と精密さで動き回り、ハクアを捕らえんと迫り来る。
しかも───。
「そら、こっちもお留守だぞ」
「チッ!?」
一度召喚した腕達は自動で動き回り、ベルフェゴール自身もお構いなしにハクアを狙う。
こんなものは同時に数十人相手にしているのと変わらない。
しかしベルフェゴールが付け狙うのはハクアだ。
巧みな体さばきで腕を避け、時に迫り来る腕すら利用しながらベルフェゴールと戦い続ける。
「なるほど……まだ足らぬか」
「わお。マジっすか……気持ち悪っ!」
呟いたベルフェゴールがパチンと指を鳴らす。
すると円状の黒い闇から生えだした腕の根元から、黒い異形の竜人達が這い出てくる。
その姿はなり損ないというに相応しい。
体は常に黒の闇が溶けだし、その姿を何度も崩しながら一歩一歩ゆっくりと歩み寄るのだ。
戦闘中の意識に切り替えていたハクアでも、思わず本音が漏れるほどそれは目を逸らしたくなる光景だった。
「行け!」
呟き。
命令を下す。
するとさっきまでゆっくりと進んでいた闇の竜人達は、いきなりハクアと近いスピードで動き出した。
これがもう一つの権能。
自身が動かずに配下を強化する【
その効果は凄まじく、自軍の配下のステータスを三倍に、しかも配下の数が多いほどその効果は更に強くなる特性が付いている。
先程までは腕だけだったモノが、体が出来た事で更に強力に、動きも読みにくくなっていく。
それでもハクアは、まるで全体の未来を観るかのような動きで一人、その猛攻を掻い潜りダメージを与えていく。
だが、それも完璧ではない。
いや、独りでこの格上の軍団相手に耐え忍んでいるだけで賞賛に値する。
だがこれは命を懸けた戦闘なのだ。
良くやった。
頑張った。
そんな言葉に価値がない事を他ならぬハクアが知っている。
どれほどの奇跡を積み重ねようと、どれほどの努力を積みあげようと、死んでしまえばそれに意味などなくなってしまう。
もしも自分が殺られれば、今も戦う仲間も皆殺されてしまう。
だからハクアは諦めない。
例え身体中が軋むように悲鳴を上げようとも、例えその体を自身の血で染めようとも、その目の輝きは勝利を掴み取ろうと貪欲に輝いている。
「まだだ、もっと見せろ。もっと我を魅せろ」
ベルフェゴールの力が高まり、更に猛攻は激しさを増す。
当初こそ反撃していたハクアも、今は防戦一方で必死に逃げ回り続けている。
回避に専念する。
言葉で言えば簡単だが、遙か格上の邪神に、数十に増えた格上の異形の竜人まで加わった軍勢相手に、回避に専念したとは言え、未だ致命傷を受けずに戦い続けるのはハクアだから出来ている芸当と言っていい。
だが、限界を超え続ける運動量に次第にハクアの息は乱れ、動きに精細さを欠いていく。
息を切らし始めた所から急激に落ち始めたパフォーマンス。
「グッ!?」
その結果はハクアの命を刈り取らんとする一撃を受け実現した。
「カハッ、ゴホッゴホッ。クッ……」
「なかなか頑張ったようだがこれで終いだ。やれ」
むせ込むハクアに称賛の視線を向けながら、無慈悲な命令を下すベルフェゴール。
異形の竜人に呑まれたハクアを確認すると、残り反逆者達の戦う方へと視線を向ける。
「ああ、やっと隙を見せてくれたか」
その言葉に振り向いた時には、ハクアはニヤリと笑いながら既に眼前へと迫っていた。
ハクアの右手に凄まじい力が宿り白銀に輝く。
息が上がるのも、やられたのも全てがフェイク。
この一撃を当てるための布石。
「くらいやがれ!」
その言葉と共にハクアの放つ一撃がベルフェゴールの腹に叩き込まれた。
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