第615話それ今言うのズルくない!?
互いが一息で相手の間合いに入る距離。
臨戦態勢で向かい合い、圧力でもあるかのように二人の間で空気がピリピリと振動する。
「「フッ!」」
同時。
示し合わせたかのように動き出した二人の拳が激突する。
「チッ」
複数のスキルを使い肉体を強化している今のハクアの拳でさえ、ミコトの身体を使うベルフェゴールの素の状態の拳と同等。
ここよりも更に上がある。
その事実と引き換えに得た激突の痛みに顔をしかめながら、その場でトンッと軽く跳躍すると激突の反動に逆らわず回転蹴りを浴びせる。
しかしベルフェゴールはそれすらものともせず、前へ一歩進みでると同時に拳を振るう。
その拳を逸らし、ハクアもカウンターを浴びせ、ベルフェゴールもまた同じように攻撃を繰り出す。
ミコトの肉体、ステータスの前にハクアの攻撃はそのほとんどが効いていない。
それを理解しているベルフェゴールは、あえて攻撃を避けずに前へ進み反撃を加え続ける。
所々で差し込まれる強力な攻撃だけ対処すれば良いと考えているようだ。
そしてその対処は残酷なほど正しい。
ハクアの唯一勝る速さを以てしても、攻撃を避けなければいけないハクアと、強力な攻撃だけ対処すれば良いベルフェゴール、その差は回数を増すほど開き徐々にハクアの攻撃頻度が下がっていく。
その状態を先に破ったのは以外にもベルフェゴールだ。
ハクアが攻撃の威力に押されほんの僅かな重心のズレにより隙が出来たことを見逃さず、ベルフェゴールがその手に魔力を集め砲撃を放つ。
「
無理な体勢で飛び上がったハクアは、身体を横に倒し回転しながら砲撃を避けると、一瞬で大きな鉤爪に変化させた武器に鬼海を纏わせ、その回転のまま全身のバネを駆動して浴びせるような一撃を放つ。
「
だがベルフェゴールも素早く腕に力を集中すると、黒い光の粒子を腕に纏いハクアの攻撃を受け止める。
力と力がぶつかり合う。
「ガアアアァァァ!」
雄叫びを上げたハクアが力任せに腕を振り切り、ベルフェゴールの光剣を打ち砕き、小さな切り傷を作る。
「カオス」
「フォトン」
「「テイル!」」
そのままの勢いで連続攻撃を繰り出すハクアに合わせ、ベルフェゴールも同時に攻撃を繰り出す。
「「オオオォォォォオ!」」
互いに雄叫びを上げながら光と闇がぶつかりせめぎ合う。
衝撃。
爆発。
相打ちに終わり互いに吹き飛ばされるも、その目はしっかりと相手を捉えて離さない。
体術はほぼ互角。
経験と技術、スピードでハクアが勝るが、素のステータスと肉体のスペックでその差はほとんどなくなっている。
なによりベルフェゴールはまだそのスキルをほとんど使っていない。
そしてミコトの身体を使うベルフェゴールにとって、ハクアの攻撃のほとんどは既知のもの、その分対処もされ易い。
対してハクアにとってベルフェゴールの攻撃は既知であり未知でもある。
ミコトの技自体は知っているが、その技の全てがベルフェゴールが使う時点で、全くと言っていいほど別物のような威力を持っているからだ。
逆に知っている分、その記憶と実際の威力、速さの違いが誤差となりハクアを苦しめる結果になっているほどだ。
「グッ! ハァ!」
ニヤリと笑ったベルフェゴールが自身の腕を肩から切り落とし、魔力を高め切り落とした腕を新たに再生する。
「チッ……」
それを見たハクアは、切り落とされ黒く染まりきった腕を忌々しそうに見詰め舌打ちする。
それは先程ハクアが傷を付けた腕。
鉤爪に鬼海を纏わせ、ベルフェゴールの防御を弱らせ貫通すると共に、アカルフェルの力で更に改良した龍に特化した龍毒を流し込んでいた。
ミコトの身体を使うことで、その毒への対処は不可能と判断したベルフェゴールは、素早く腕を切り落とす事を選び、毒が身体に回る前に処理したのだ。
もしあと少し対処が遅れれば、その毒は身体を巡り蝕んでいただろう。
体術、判断力、そのどれもが高い水準で揃っている事を確認したハクアは、素早く自分の中のベルフェゴールの実力を修正していく。
そんなハクアを楽しそうに見ていたベルフェゴールは一言。
「お前、戦闘方法が凶悪過ぎないか? 本当にこの身体の持ち主と友達なのか?」
「それ今言うのズルくない!?」
まさかの一言にハクアは思わず、悲鳴のような声で非難する。
「いや、しかしな。目突きは当たり前としてこんな毒に、攻撃で狙ってくるのは全て急所となると殺意が高過ぎないか?」
「いやいやいやいや。お前のその身体ドラゴンだからね? しかもこの里のトップ層の完全解放バージョンなんだから、ただの鬼っ子が勝つ為にはそれくらいしないとだからね!?」
恐らくミコトの身体は、今まで身体に封印していた邪神を封じる為にその力のほとんどを使っていた為、成長が遅かった。
その身体が成長しているのには驚いたハクアだが、戦ってみればその理由が推測通りだと確信できる。
そしてそれはミコトの肉体がベルフェゴールと関係なく、今までの比ではないレベルで強化───いや、邪神の封印という枷がなくなり、本来の力を取り戻していると言ってもいい。
それなのに更に邪神の力が加わっているのだから、これくらいしなければ自分は生き残ることすら難しい。
それがハクアの主張だった。
まあ、実際それは正しいのだが、ベルフェゴールの言う通り、助けると言いながら攻撃に全く容赦がなく、毒でもなんでも使う所はハクアらしいと言えるだろう。
一言で言えばどどっちもどっちな言い分である。
「まあ、しかし、そこまで我が憎いか?」
「あん?」
「隠さなくても良い。どれほどふざけようが、その目の奥に滾るその炎は憤怒で見慣れている」
「ハッ、そりゃどうも、つってもそれは少し違う」
「ほう……」
「私が怒っているとすればそれはお前にだよ。ミコト!」
ハクアはベルフェゴールを指差しその名を呼ぶ。
「何を言っているが知らないが無駄だ。我が居る限りこの娘はもう外に出ることはない、そのうち消える運命だ」
「うるせぇよ。そんなもんはどうでも良い」
何故ならハクアには見えているからだ。
ハクアの所有するスキル、ハクアだけが見る事の出来る【照魔鏡】の鏡には、しっかりと見えている。
幾つもの黒い触手のような腕に身動き一つ取れないように絡め取られ、静かに乞うように涙を流し続けるミコトの姿がだ。
「お前はそれで良いのか。助けを待ってただ泣いてるのが本当にお前の望みなのかよ」
届けと願いながら。
「こんな風にお前の好きな奴らを、お前の居場所を蹂躙されて」
この熱が少しでも助けになればと。
「大切な物をめちゃくちゃにされてただ泣いてるだけなのかよ!」
ハクアはわかっていた。
自分だけでは勝てないという事を。
「お前はそんな奴じゃないだろ」
だからミコトの力が必要だと。
「お前はただ泣いて待つだけじゃないはずだろ」
届け。
届け。
届け!
「お前は……隣に立ってくれんだろ!」
「無駄だと……っ!?」
ハクアの言葉を無駄と断じようとしたベルフェゴールに変化が起こる。
ハクアの言葉に呼応するように、右目から涙が流れ出る。
「ほう……驚いたまだ抵抗する気力があったか」
ベルフェゴールが涙を流し拭うと涙はピタリと止まる。
だが、ハクアはそれで良いと笑う。
「ああ、そうだよ。それでいい。私がお前を助けてやるから、お前は中から私を助けてくれよ」
嬉しそうに、信頼のこもった視線で見つめる先、【照魔鏡】に映ったミコトの目に微かな光が宿っていた。
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