第614話クソだなこの世界

「それにしても……おかしな奴だ。我ら七罪の力を有し、呑まれる訳でも契約する訳でもなく御するとはな」


 すぐにでも開戦しそうなひりつく程緊張感が高まる中、ベルフェゴールが選んだのは意外にも対話だった。


「……そんなに意外?」


 多少訝しみながらもハクアはベルフェゴールの言葉に応じる事にする。


 皆の協力で極力体力を消費する事なく辿り着いたとはいえ、ここまで全く戦闘がなかったわけではないからだ。


 しかもその相手は里の住人。


 ハクアの集中力を持ってしても、一撃で絶命する可能性のある敵を相手にするのは疲れるのだ。


 会話に付き合って体力を回復する時間が出来るなら、それはハクアも望む展開、まして相手もそれを望んでいるなら乗らない手はない。


「我らが特殊というのは知っているか?」


「ああ、それは聞いてる」


 現に七罪は普通の邪神とは在り方からして違う。


 そもそも神には二種類ある。


 一つは外の世界から来た神。


 こちらに当てはまるのはシルフィンなどのこの世界を管理する女神達、そしてテアや聡子などの女神達だ。


 そしてもう一つがこの世界で神に至った者。


 こちらはハクアもよく知る龍神や鬼神などが当てはまる。


 そして邪神とはその神々達の中で悪性が強く、この世界に害を為す存在を指す。


 対して七罪はこの世界の神でも、別の世界の神でもない。


 その存在はどちらかと言えば概念に近く、その世界で生まれたどす黒い感情が実体化したもの。


 そしてその存在は全ての世界になんらかの形で存在し、この世界ではたまたま邪神として生まれただけの事。


 しかもその一つを完全に消し去った所で、数十年~数百年経てばまた別の七罪が生まれるように出来ている。


 どの世界でも決して消しされずに生まれ続けるモノ───それが七罪というモノなのだ。


「と、私が知ってるのはこの位か。他には一般的な傲慢,強欲,色欲,嫉妬,暴食,憤怒,怠惰の他に虚飾きょしょく憂鬱ゆううつ欺瞞ぎまんが入る事があるくらい?」


「……よく知ってるな。我でも欺瞞なんぞ忘れてたぞ」


「ふっ、基礎教養」


 胸を張るハクアだが、その基礎教養は一部の黒歴史を持つものがほとんどである。


「で?」


「その関係で我ら七罪の力は特殊でな。基本的に力を授ける事は出来ず、契約して眷属にするか、我らが身体を操りその肉体を使って力を行使するしかない」


「……それって普通の神も同じじゃね?」


「いや、違う。他の神はスキルとして力を渡す事が出来るだろう? それに特殊なものだと勇者とかがギフトを授かる事もある」


「ああ、確かにそうか」


「そしてこれは邪神も同じ。しかし我ら七罪は眷属か依り代に権能を与えるだけだ」


「権能?」


 今までアジ・ダハーカとの戦いでしか聞いた事がなかった言葉にハクアが首を傾げる。


 その仕草が期待通りのものだったのかベルフェゴールは嬉しそうに話を続ける。


「そうだ。お前に分かるように言えば、スキルには隠しパラメーターのようなものがある。簡単に言えば等級のようなものだな」


「ふむ、聞いた事がある。一般的なスキルとユニークとかの違いだよな?」


「そうだ。そしてスキルよりも強力なのがギフトとなる。これは神やその世界が与えた力の一部だからだな。逆にスキルは神が作っただけのシステムに過ぎない」


「なるほど……その理屈で行くと権能は神の力をより多く与えられたものって事か」


 ハクアの言葉に満足そうに頷き、ベルフェゴールが簡単な図を地面に描く。


「ああ、そうだ。だからこそ制約が大きく、眷属か依り代にしか与えられない。そしてさっきも言ったが我ら七罪は通常、スキルが与えられない」


「……あれ? 私の【暴喰】は? それに本人前にして言うのもなんだが【怠惰の魔眼】も持ってんだけど?」


「ああ、だからお前はおかしい」


「……遂に邪神にまでおかしいとか言われた件について。クソだなこの世界」


「そもそもだ。【暴喰】はあの蠅野郎を取り込んだから良いとして」


「良いんかい」


「そもそも魔眼の方はどんな経緯で手に入れたんだ?」


 呆れてつっこむがどうやらベルフェゴールは自分のペースを維持する事にしたらしく、ハクアのつっこみをサックリ受け流す。


「えっと……確か、色んな種類の邪眼が統合したら変わった……はず?」


 もう前過ぎて覚えてねぇねなぁと言いながら経緯を話すと、ベルフェゴールはやはりと言って考え込む。


「……通常、邪眼を複数持つものはいない訳ではないが、お前のように一つに統合される事は決してない」


「そうなん?」


「ああ」


「そう言われてもなぁ。スキルに関しては私の方が知りたいくらいだし」


「だろうな。そこまで不可解なものを抱えていれば当然だ。それより本題はここからだ」


「本題?」


「ああ、ハクア……と、言ったか? お前、我と手を組まないか?」


「ほう。その心は?」


「さっきも言ったが我らの力は通常スキルの範囲には留まらない。しかしお前の持つ七罪の力はスキル止まり」


「つまり、私のスキルをお前は権能レベルにまで高められると?」


「そうだ。お前の七罪スキル二つを権能にしてやる」


「ふむふむ。手を組むと言ったけど、私に何を望む?」


「この世を滅ぼす。それを手伝え」


 ベルフェゴールの言葉にハクアはハッと鼻で笑う。


「受けるとでも?」


「そうだろうな。何、ただの戯れだ。それでそろそろ体力は回復したか?」


「うん、もうバッチリ。悪いね長話で間を繋いでもらって、なかなか楽しい内容だったよ」


「気にするな。封印されてから長い、我も久方振りの会話なかなかに楽しめたぞ。そもそも我と仲良く会話しようなどという者、今までに居なかったからな。それだけでも十二分に価値のある時間だった」


「それは何より」


 一見和やかな会話のようだが、二人の纏う空気がピリついたものへと変化して行く。


「それに、どうせやり合うなら万全の方が楽しいだろう?」


「おいおい、邪神でバトル好きとか怠惰の名が泣くぞ」


「ふっ、千年近く封印されれば流石に飽きる」


 会話をしながらも歩を進め近付く二人。


「じゃあ、そろそろその身体、返して貰おうか?」


「断る。それよりも……だ。お前を飼うのも面白そうだ。我と普通に会話をしようなどと言う変わり者だからな」


「邪神にまで変わり者とか言われたら、そろそろ泣きそうなんだが?」


 互いに一息で相手の命に手が届く位置でピタリと止まり、力の高まりの影響で周囲がミシミシと悲鳴を上げる。


「龍鱗鎧」


「龍人鬼」


 静かに放たれた二つの力ある言葉が、周りの静寂を切り裂き、黒白こくびゃくの光と赤黒い雷光を轟かせる。


 現れた二つの姿は、強敵であったアジ・ダハーカと戦った時と同じ、だがいくつかの相違点もある。


 白銀の翼に尻尾、二の腕と腿まで覆う白銀の龍鱗をまとう龍の手足に、局所を護る龍鱗が鎧のように張り付き、その上から白く薄い衣を身にまとっていたミコトの戦闘装束。


 それらは所々に邪神であるベルフェゴールの禍々しい暗闇を纏い、異様な力と雰囲気を放っている。



 そして何より───。



 互いに背を預け隣合っていた二人は今、互いの方を向き集中力を高めている。


 相手はミコトではなくベルフェゴールだと、頭では理解している。


 だが───。


 ハクアにはそれがなによりも悲しく、そしてなによりも激しい怒りがあった。

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