第613話あまねく全てを滅ぼす

「……ちっ、そうかお前が」


 異形。


 その姿を見たハクアはこの事態の発端がアカルフェルにあると一目で看破し、苦々しく呟き、その一言でトリス達もまた、アカルフェルがこの事態を引き起こした元凶だと悟る。


「ああ、そうだ。見ろこの力をこの力があれば全てを正せる。そうだ。俺こそが正しいんだ。ははははははは!」


 軽く腕を振るう。


 ただそれだけの動作で地面が衝撃で爆発する程の力を振るい、狂ったように嗤う。


「……その力。邪神の力を取り込んだ……いや、取り込まれたのか」


「取り込まれた……だと?」


 狂ったように嗤っていたアカルフェルがハクアの一言でピタリと止まる。


 そしてそのまま不自然に隆起した身体がだらんと力を失い瞬間、ハクア達の目の前から姿を消した。


 速い。


 ハクアはそう思ったと同時に反射的に直感で防御すると直後、ハクアの体にまるで大型のトラックに体当たりでもされたような衝撃が走り、その体はいとも簡単に吹き飛ばされた。


「くっ!?」


 その場の全員の思考を置き去りに、吹き飛ばさたハクアに追撃を仕掛けるアカルフェル。


 しかしハクアも空中で器用に手足や体を動かし体勢を整えて迎え撃つ。


 邪神の力で元々の力よりも更に力を増したアカルフェルの猛攻を、必死に捌き肉薄する。


「ッ!? チッ……」


 致死の攻撃を捌きながら懐に潜り込んだハクアが、地面を踏み砕きながら加えた一撃を、アカルフェルは避ける事も防御すらすることなく受け、同時に攻撃直後のハクアへ強烈なカウンターを食らわせた。


 後ろに飛びながらなんとか【結界】で攻撃を逸らしたが、その衝撃で再びハクアは吹き飛ばされる。


「ハクア!? 大丈夫っすか?」


「平気……それよりも」


「ククク。どうだ! これが力に取り込まれた者のように見えるか!」


 己の力に酔いしれるように高らかに言葉を放つ。


「これが俺の力だ! そして」


 アカルフェルがパチンと指を鳴らすとその両隣りに火龍王と地龍王が並び立つ。


「今や龍王達ですら俺の意のままに操る事が出来る。これでもまだ強がりを言えるか? 劣等種」


「チッ、我が親ながら情けない」


「ハッ、なんの言い訳も出来ねぇな」


「父様……」


「すまんな。ムニ」


「お前達が勝つ事などありえない。そして俺はこの力を使い世を正す。強い者が弱い者を管理する正しき世界を!」


「ハァ……それで?」


 熱に浮かされるように叫ぶアカルフェルとは対照的に、ハクアの目は冷たい。


 そこになんの感情もない。


 侮蔑も、蔑みも、哀れみも、怒りも、ただ冷めた目でアカルフェルを見ている。


 それはまるで道端のゴミでも見るような瞳だ。


「ッ!? なんだその目は! この力がまだわからないのか!? まだこの状況が理解出来ないのか!? 何故お前は俺にまだその目を向ける!?」


「ああ、確かに今のお前は強いかもな」


 立ち上がり、服に付いた汚れを払いながら言葉を紡ぐ。


「でも、それだけだ」


「なっ!?」


 ハクアの言葉に驚いたのはアカルフェルだけではない。


 何故ならアカルフェルの動きは、ここに居る強者達ですら目で追うのでやっとのものだった。


 それなのにハクアは、その力を体感したにも拘わらずそれだけだと評したのだ。


「それだけ……それだけだと!? 龍王すら従えるこの力をそれだけだと!」


「ああ、借り物の力でイキってるだけだろ。大層なことをくっちゃべってるけどそれすら借り物。なあ、お前はなんなんだ? お前はどこの誰なんだ?」


「何を言っている! 俺は俺だ! この力も、意思も、全て俺自身の───」


「違うだろ。お前の全ては借り物だ。意思も思想も全て……その力だってただ強いだけで、その拳に何も乗っちゃいない。宿っちゃいない」


 ハクアは紡ぐ。


 それはもしかしたら拳よりも、魔法よりも、どんな攻撃よりも突き刺さるかもしれない言葉という武器。


「いくら力が強かろうが、なんの思いも乗ってないその拳で私は倒せねぇよ。例えどれほどお前が力を持っていてもな」


「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ! なんなんだ。なんなんだお前は! 突然やって来て、全てを俺から奪って行く。そして何より気に食わないのがその目だ!」


 指を差し、声を荒らげる姿は子供のよう。


「お前は一度も俺の事など見ていない! お前のその目は俺を通して別のなにかを見ている。その目が気に食わないんだよ!」


 それはアカルフェルという男がハクアに向ける剥き出しの感情。


 この里に来て、ハクアが初めて見るアカルフェル本人の意思なのかもしれない。


 だが───。


「お前はやり過ぎたよアカルフェル。もっと違う道があったのかもしれないが遅過ぎた。そして、今の私にお前に構う暇はない」


「……殺せ。龍王よ、奴らを殺せ!」


 ハクアの言葉に表情をなくしたアカルフェルが命令を下す。


 その瞬間、龍王達に残っていた感情や意思が消え去り、抑えていた力を全て解放してハクア達に襲い掛かる。


「ハクア行け! ここは妾達で抑える」


「この里をお願い」


「わかった」


 トリスとシフィーはそう言い残し龍王達を迎え撃つ。


 焼き尽くす程の炎が溢れ、暴風が舞い、大地がめくれ上がる。


 そんな中ハクアは一直線に、刻一刻と圧力が増し続ける中央へと走り始める。


「行かせると思うのか」


 だがそんなハクアをアカルフェルの狂気に満ちた瞳が射抜き襲い掛かる。


「お前の相手はこっちっすよ」


「ハクアに手は出させないの」


 しかしそんなアカルフェルをシーナとムニの二人が立ちはだかる。


「退けぇ!」


「行かせないって言ったっすよ!」


「今のお前がハクアと戦うなんて百年早いの!」


 轟音。


 爆発。


 ブレスとブレスがぶつかり合い、激しい音を響かせる戦場を背にハクアはひた走る。


 そして遂に辿り着いた中心地に佇む人影。


 ハクアの目の前には知らない女。


 歳の頃は同じくらい。


 どこかで見たような気がするその姿はある人物をハクアに連想させた。


 だがその全てがハクアの中のイメージと合わない。


 しかしそれも仕方の無い事。


 女の顔は唇を三日月のように歪め、酷く愉しそうに嗤うそんな醜悪な顔をハクアは見た事がないのだ。


 そんな奴をハクアは知らない。


「やはりここに来るのはお前か」


 女が言う。


「そうだと思っていた。私の力を跳ね返し、逆にこちらを探るなど普通の奴には無理だろうからな」


 一人で納得する姿をハクアはただ黙った見ている。


「さて、それでは聞こうか。お前はどちらだ?」


「私は私だよ」


 女の質問にハクアが答える。


「ふっ、それが答えか。やはり貴様は暴食ではないようだな」


 ハクアの答えにどこか納得した女が愉快そうに嗤う。


 その表情をハクアは苦々しく見つめ。


「その顔で、その声で、そんな顔して欲しくないんだけど」


「そう言うな。こちらは久々に外に出られたのだからな」


「ハァ……この段階まで気が付かないとはね。油断って言えば良いのかね?」


「仕方あるまい。私の封印は深く強力にこの娘の中で眠っていた。本来ならこうやって表に出ることなど叶わなかっただろう。お前であっても気が付くのは無理と言うものだ」


「お気遣いどうも。それで……どうするつもり?」


「無論。あまねく全てを滅ぼす」


「その身体でさせると思う?」


「させぬであろうな。なら取り返してみるか? 己の友を」


「ああ、ミコトの身体は絶対に取り戻す」


 邪神であり、友であるミコトを前にハクアはそう宣言した。

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