第612話任せた

「はあ〜、こりゃ壮観。すっげぇわぁ〜」


 辺りを見渡せる位置に移動したハクアが、腕を組みながら感心したように言う。


「本当に、よくそんな呑気な感想が出るっすね」


「もうハクアは異常者だから諦めた方が良いの」


「誰が異常者か!?」


 ワイワイ騒ぐハクア達の視界には、竜化したドラゴン達に所狭しと埋めつくされている。


「さて、それじゃあやるか」


 ここに居る敵を任せるとは言ったものの、その全てをユエ達に放り投げる訳では無い。


 一切気負うことなく告げたハクアが集中する。


 しかしその両の手には、傍目から見ても異常な程の力が圧縮されているのが分かる。


「華よ。燃え凍てつけ 氷炎恐華ひょうえんきょうか


 力を圧縮した両手を祈るように合わせ、花開きながら静かに呟く。


 するとハクアの開く両手のひらから、力が光の粒となって辺りに降り注ぐ。


 およそ攻撃とは思えない幻想的な景色を作り出しながら、その源である光の粒が大地に降り注ぐ。


 すると地に落ちた光の粒は青い炎へ転じ、大地を竜を青い炎に包み込み、あらゆるモノを燃やしながら凍らせていく。


 しかし地獄はそれだけでは終わらない。


 ある者は燃え盛り、ある者は凍てつかされる。


 そして更に、恐慌状態、麻痺、毒、あらゆる状態異常が青い炎に触れた者達に降り掛かる。


 突如として現れた幻想的な風景。


 それに相反するように、不幸にもその景色の住人に選ばれた者達は、苦しみながらその景色のオブジェと化してゆく。


「行くぞ」


 ハクアの短い号令に、ハクアとユエ以外の全員がブレスを放ち道を切り開くと同時に駆け抜ける。


「無理はするなよ!」


「んっ。あるじも!」


「分かってる。そっちは頼んだぞハクア」


 包囲を抜けると中央へと突入するハクア達を先に進ませる為にユエ達が反転する。


 その中には最初にハクアが選抜したメンバー以外にも、ハクアによりケルベロス、スコル、ハティ、ブラン、ノクス、ヌルが召喚されより層が厚くなり、安全性が高くなっていた。


「ああ、任せた・・・


「「「ああ、任された!」」」


 ハクアの信頼。


 その信頼に応える声に恐怖は微塵もない。


 ハクアはやれないと思う事、無理だと思っている事はやらせない。


 そのハクアに任せると言われたのだ。


 なればこそ死力を尽くせば良いだけ、恐怖も恐れもあろうはずがない。


「本当に大丈夫なのか?」


 それでも危険がない訳ではない。


 トリスが戦闘が始まった音を聞きながら心配そうに言う。


「さっきも言ったけど無茶をして攻勢に出なければ危なくはないはずだよ。皆には解毒剤を飲ませてるから氷炎恐華の中でも自由に動けるしね」


 あらゆる毒が漂う中で自分達だけが自由に動ける。


 人数差こそ大きいが、連携も意思の疎通も取れる分、ただ命令に従うだけの人形相手ならば後れは取らない。


 それがハクアの考えだった。


「まあ、確かにハクアが言ってた通りなら向こうよりもこっちの方がもっと危ない……のっと」


 ハクア達の元に差し向けられた刺客達。


 とはいえその数は膨大だ。


 ハクア達の拠点に集まり切れなかった刺客達を退けながら、会話を続けひた走る。


 陣形はハクアが中心で索敵をしつつ、突破力のあるトリスが前方、幅広いカバーをする左右がシフィーとシーナ、追い掛けてくる追っ手が一番多い後方をムニが守る形で行動している。


 邪神に対抗するため、中心に居るハクアにはなるべく力を温存させる為の陣形となった。


「それにしても……思ったよりも数が多いっすね」


「ん。私達が一定の範囲に近付くまでの移動スピードは遅めだから、そこで差が付いてる」


「近いのが集まって来てて、遠くて集まりきれなかったのが多かったらしいな」


「だね。それに私だったらそろそ───マズイ! 避けろ!?」


 ハクアの声に反応した全員が飛ぶと同時、その直前まで居た地面が轟音と共に爆ぜる。


「チッ、やっぱりかよ」


「そんな……」


「まさかとは思ったが……」


「……この予想だけは外れて欲しかったっすね」


「なの」


 苦々しく吐き捨てたハクアの視線の先には、ハクアが最も危惧していた最大の障害、火龍王と地龍王が立ちはだかる。


「ムニ。それに他の者も無事だったようだな」


「父様?」


「くかか。敵を倒せと言われたがやっぱりそうだったか。お前達……いや、ハクアなら切り抜けてると思ったぜ」


「父上。意識があるのか?」


「やっぱり予想通り───いや、予想よりも厄介だな。性格の悪い」


「全くだ」


「ハクア。地龍王様もどういう事っすか?」


「私は龍王は完全支配下に置いてると思ったが、どうやら意識だけは残したらしい」


「それがどうして性格が悪いって事になる?」


「知り合い、もしくは肉親が操られていて、意識があればやりにくいだろ。他の奴と違って身体が自由に動かせないだけで本人なんだから」


 ただ止めるだけなら出来るかもしれない。


 だが相手は龍王。


 手を抜けるわけもなく、手を抜けばこちらの命が危ない戦闘は、必ず命の取り合いになる死闘となる。


 痛みに呻く声や、表情の変化はそれだけで戦意を鈍らせる効果があるだろう。


 そしてハクアは知っている。


 少なくない時間を共に過ごし、皆が優しい事を……。


 どれほど心を殺した所で、その心はきっと傷付く、傷付いてしまうであろう事を……。


「ハクア。気にするな」


「私達は大丈夫」


「そうっすよ」


「ムーもちょうど父様を超えようと思ってたの」


 ハクアの心中を察した全員の言葉に、ハクアもまた自身の甘さを自覚しながら笑う。


「話は済んだか?」


「一応ね。それにしてもそんな簡単に操られるとか、龍王として恥ずかしくない?」


「むう」


「くかか。耳が痛えな」


「どこまで行ける?」


「……表情、思考、口は動くがそれ以外は管理下にない」


「ああ、しかも頭の中には殺せと命令が響いてる。今はなんとかなってるが、戦闘が始まれば止められねぇだろうな」


 概ね予想取りの返答に数秒思考する。


「意識の誘導か。抵抗は……出来なそうだね」


「ああ」


「そこがヤバい所だな」


「どういう事っすか?」


「操り人形なら可能性があった。けど意識誘導だと本人と戦うのと変わらない。しかも普段抑える所で身体の事を考えずにぶっぱなす可能性もあるって事」


「なるほどなの」


「三人と二人に別れて速攻で叩───」


「待て」


 ハクアが指示を出そうとした瞬間、それをトリスが止める。


「お前は先に行け。それが当初からの策だろう」


 それは確かにトリスの言う通りだった。


 しかしそれは完全な制御下にある場合だ。


 この状態の龍王を相手取るなど危険すぎる。


「だとしてもだ。妾達はレリウス達に危険な戦場を任せている。それなのに妾達が安全策を取る訳にはいかないだろう」


 トリスの言葉に全員が頷く。


 その目にはハクアが考えていた以上の意思が宿っている。


「わかったならここは───」


「金剛結界なの!」


 明らかにハクア個人を狙ったブレス。


 龍王の殺気と力に紛れ込ませるように放たれたその一撃を防いだムニの目が驚愕と共に見開かれる。


「防いだか」


 静かに放たれた声。


 その声は全員の脳裏に一人の人物を思い浮かばせた。


 しかしそこに現れたのは全員の記憶にある姿とはまるで違う。


 それは正しく異形。


 右の肩は不自然に膨れ上がり、そこには巨大な目玉が周囲をキョロキョロと観察している。


 そして身体全体が歪に隆起し、今までに感じた事がない禍々しいオーラを放っていた。


「……アカルフェル」


 誰が口にしたのか分からないこぼれ落ちた言葉にアカルフェルはニヤリと嗤った。

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