第611話普段キレない奴がキレるとめっちゃ怖い

「その引きはずるい!? って、ああ、いつものパターンだよこれ」


 気にしてもどうしようもないし、状況も差し迫ってるから考える暇もないという。


 酷い。本当に酷い。


 こんなの……告知の宣伝だけバンバン打ってるのに、制作時期も公開時期も未定の予告編だけ見せられた気分だ。


「まあ、結局いつも通り嘆いても考えてもしょうがないから流すけど。っと、あれ? これは……ふむふむ」


 どうやらテア達は強制的に退去させるれる前に、走り書きでメモを残してくれたようだ。


 それによれば状況は黒ちゃんが教えてくれた通り、更に怠惰のベルフェゴールの能力についても少しだけ書かれていた。


「さて、それじゃあそろそろこいつら起こすか」


 今の状況からして普通に起こしても効果はないだろう。


 なら方法はっと。


 精神を集中して両手に霊力を貯め、その状態で柏手を打つ。


「うひゃ!?」


「な、なん!?」


「うー、うるさいの」


 パンッというかわいた破裂音にそれぞれ驚き、次々に目を覚ます。


 うむ。どうやら正解だったようだ。


 柏手の音に乗せて、両手に貯めた霊力を飛ばして皆の魂を直接刺激してみたがどうやら成功したようだ。


 これは霊体系の敵にも有効な手かもしれない。それこそ浄化に近しい事が出来るやも?


「おい、どうなってる」


 ちょっとした新技の予感に思いを馳せていると、ようやく頭が働き始めたトリスが話し掛け、皆も私に視線を向けてくる。


「はい。起きた所で状況説明しますよー」


 パンパンと普通に手を叩いて注目を集め状況説明をする。


 最初こそボーとしていた皆の顔も、話を進めるに連れ段々と険しくなったり、青くなったりしていく。


「───と、こんな感じかな」


 うん。私が知ってる情報は全部伝えたよね?


「……お前、なんでそんなに冷静なんだ?」


 顔をこわばらせるトリスが何故かそんな風に聞いてくる。


「何故って、現在進行形で起こってるんだから今更慌ててもしょうがなくない? だったら他に考える事もやる事もいくらでもあるでしょ」


「それはそうっすけど……」


 シーナにしては歯切れが悪い。


「ハクア」


「何?」


「そうやって言うという事は何か対策があるの?」


 真剣なシフィーの声はいつもより硬く、どこかすがるような、求めるような空気を纏っている。


「うん、それなりにね。今からそれを説明する」


 そして私がこの後の作戦を話し始めると予想通りトリスが噛み付いて来た。


「ふざけるな!」


 感情を隠そうともせず、私の胸ぐらを掴み上げるトリス。


 予想通りとはいえ、苦しくないわけではない。


「……っ、落ち着けよ」


「貴様は……これを聞いて落ち着けるとでも思ったのか!」


 文字通り目の色が変わり威圧を放つ。


「トリス。落ち着いて」


 しかしそれを止めたのは以外にもシフィーだった。


「止めるな! 聞いていただろう。こいつは今、レリウスをユエを私達以外を捨て駒に使おうとしてるんだぞ!」


 そう。それがトリスが激昂した理由。


 私の作戦はこうだ。


 私、トリス、シフィー、ムニ、シーナの五人で、この場を包囲する敵の間を抜け、敵本丸に突入するという至ってシンプルなもの。


 それのなにがトリスを激昂させるのかと言えば、それは私達以外のユエ、アトゥイ、レリウス、フィード、アルムの五人についてだ。


 私の作戦は私達が突入する間、五人には龍の里の住人、約千を相手にしてもらうというものだった。


 トリスからすればそれはこの五人に死ねと言っているようなもの。


 特にトリスにとってレリウスは特別な存在。


 そんな存在に簡単に死ねと言えば激昂するのは当たり前だろう。


 まあ、ちゃんとした理由はあるんだけど、やっぱりそれを言う前にブチ切れられた。


「ちょっ、姉さんもトリスも落ち着くっすよ。あー、もう、ムニも止め───」


「ハクア」


「う、ういっす」


 ムニのただならぬ雰囲気を感じとったのだろう、一触即発の喧嘩状態になっていたトリスとシフィーもササッと私から離れた。


 ず、ずるい!


「トリスが怒る気持ちはムーにも分かるの」


「う、うん」


「でもハクアが言うならちゃんとした理由があるとも思ってるの。だからちゃんと説明して欲しい。そしてそれが納得出来なければ、ハクアをぶちのめして言うこと聞かせて、全員で行くの」


 やばい。普段キレない奴がキレるとめっちゃ怖い。


 ムニの顔は特に真剣そのものだ。


 意外にもムニはこの中で一番、ユエを可愛がっている。


 だからこそ私がユエ達を捨て駒のように扱うのが許せないのだろう。


 当然理由はある。


 しかしそれは私の予想に基づくもので全員が納得するとは限らない。


 まあ、嫌われたくはないが、私が嫌われて全員が生き残るならその方が良いのだが。


 そんな事を考えながら大きく息を吐き全員の顔を見る。


「まず、大きな理由は二つ。単純な実力と経験の不足、それにこっちの方がまだ安全だからだ」


「貴様、舐めてるのか? どこをどう考えるとこっちの方が安全なんて答えになる」


「トリス黙るの。ハクア最後まで」


「うん。まず最初の方は私が言えたギリじゃないけど、トリス達に比べると実力が足りてない。私は邪神と一回やり合ってるし、戦うすべもあるからまあ多分なんとかなると思うけど、それもなくて戦うにはキツイ相手だからね」


 ある程度以上の実力でねじ伏せるか、私のように相手をする手札がないと邪神───特に七罪の相手はキツイ。


「七罪は普通の邪神よりも能力特化型が多いから、力押しだけで押し切れるほど甘くないからね」


「なるほど、そうなんっすね」


「うん。そしてこっちの方が安全ってのもデタラメじゃない」


「どこがだ?」


「ベルフェゴールのスキルは夢に介入して体を操る。その特性上、相手に意識はなく、命令も簡易的な……多分、近くに居る敵を殺せって感じのもの」


 そして更に重要なのは、その状態では五感のうち最大の情報量を占める視覚が封じられている事だ。


 ただでさえ小物を気にしない龍種が、視覚情報を封じられた状態で、簡易的な命令で動くのであれば、相手が何人居ようと防御に徹すれば十分勝機はある。


「確かにハクアの言う通りなら、危険はグッと少なくなる。でもそれは行動を共にしても同じじゃない?」


「シフィーの言いたい事も分かるけどそれは違う。まず、足止め役が居ないと私達も危ない」


「そうっすね。四方八方からあの人数に襲撃されるのは避けたいっす」


「それに」


「それに?」


「私等が相手をするのはシフィー以外の龍王達だ」


 私の言葉に全員の緊張感が増す。


「それは……確かなのか?」


「うん。龍神は居ないけど龍王は操られてる。それに私ならそんな強力な駒は有効的に使う。千の意識は操れなくても数人なら完全な支配下に置くくらい出来るだろうしね。例えそれが龍王でも」


「確かに、それならこっちで千人相手に防御とかく乱に徹してた方が安全なの。トリス」


「ああ……悪かったハクア。頭に血が上っていた」


「いや、それは良いよ。こっちはこっちで危険だからね。あくまでより危険なのがこっちのチームだったってだけだし、危ないのはどっちもどっちだもん」


 いやマジで。


「それでもだ」


「うん、なら受け入れる。その上でこの話はお終い。そろそろ時間だからね」


「ああ、そのようだな」


 もう既に敵は包囲を完成させつつある。


 私は更に作戦を伝え、準備を始めた。

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