第606話喰らい尽くせ
「勝者。ハクア!」
会場に勝敗を告げる声が響く。
はぁ、勝った……。
この光景は最初から描いていたものだ。
最初から続けていた挑発はブレスを連発させ、最後の一撃をあいつ自身の力を利用する為、そしてプライドを刺激する事で私の腕をちぎらせる為だった。
散々殴られ挑発されたアカルフェルが、私の心を折る為に止めを刺すよりも拷問めいた行動に出る事は想像に容易い。
そこで腕を狙う事も予想していた。
彼我の戦力差は私もアカルフェルも互いによく理解している。
そんな状態で心を折る為には、力を見せ付け、恐怖を植え付ける必要がある。
しかしそれを行うにはアカルフェルにとってあまりに私が脆すぎる。
ヘタに攻撃を加えれば簡単に死ぬ。かといって他の手段と言っても大して取れる手はそう多くない。
ならば何を選ぶか?
そうなった時にアカルフェルが私の四肢を狙う───より正確には握り潰すなり、奪うなりするというのは簡単に予想がついた。
更にそこに絶望を与えるという目的を加味すれば狙うのは当然腕になる。
私の戦闘を何度か観る機会があれば、戦闘はスピード重視のものだと分かる。そこで腕を潰し、足を残せば、まだ私自身に仮初の希望を持たせる事が出来る。
絶望をより彩るのはいつだって希望というスパイスがある時だ。
逆転の目を完全に消さない事で希望を持たせ、徐々に精神を心を削っていく。
そうする事でより深く昏い絶望の淵に立たせる事が出来るのだ。
それでもまだ他の可能性や手段を潰す為、あまり意味の無い素手での攻撃をしたり、挑発を続け、行動を誘発するように動いた。
それも相まって、終始予想通りの行動を取ってくれたのだが、それでもやはりギリギリの戦いだった。
暴喰の顎を使う為にはアカルフェルのブレスや攻撃を避け、使わせる事で生じる残留した力が必要だった。
暴喰の顎はその場の生き物と、周辺の力を吸い込む技。
そして雑魚なら苦労はしないが、アカルフェルクラスになると、周囲に残留する力くらいしか吸い込めず、あそこまで力を消耗させてようやく少し奪える程度。
そしてその力を変換して今回は暴喰の咆哮に繋げた訳だが、ここまでしてようやく倒せる力を溜められた。しかしいかんせん見え見えの攻撃、普通に撃てば避けられて終わり。
その為、最後の一撃を完全に当てる為に足止めとして、予想外の一撃を食らわせる爆弾化だったわけだ。
しかし想定外だったのはあの一撃を食らってしまった事。
だがあれに関しては私のミスよりもアカルフェルを褒めるべきだろう。
いつもならそんな事はないのだが、今回は知覚が狂わされていたせいで、全方位にいつもより気を張っていた。
そのためいつもなら反応しない事も出来る破片の接触に無意識に反応してしまった。そしてその反応を無理矢理抑えた為に刹那私の動きが緩慢になった。
その瞬間を見逃さず、適切に狙いうち、当てる事を第一にしたそれまでで一番速い攻撃を繰り出した。
そのお陰で見事に私を打ち抜いた訳だ。
あれに関しては相手の方が一枚上手だったとしか言えない。
しかしまさか、感知しにくいから感知能力全開で戦っていた事が足を引っ張るとはね。しっぱいしっぱい。
そしてもう一つの誤算は暴走させ爆弾化した私の腕の威力。
いやね。消滅は流石に困るから、爆発するぐらいの力に感覚任せの勘で調整したとはいえあの威力ね。
テア達から散々言われていたが、ネタだと思ってけどどうやらガチだ。
今全力で暴走させたらマジで国一つまるっと消滅するだろう。
だってさっきのだって最後の一撃の為の布石、足止めするのが本来の目的だったから、十分の一に満たないくらいの力しか暴走させてないのだ。
神に届くという私の暴走。
私の全ての力が暴走したら、ヘタしたら今の段階で核と同等、もしかしたら消滅と言われる分、それ以上かもしれない。
まあ、大気汚染とかがない分私の方が人道的で環境にも優しいけどな! 威力は同等に近く、人道的で環境にも優しい。ふっ……核には勝ったな……いや、嬉しくはないけど。
そもそも核に勝つ人間になんの価値があるのか? それはもう色々と人としてダメな気がする。
でも一瞬ちょっと嬉しかったのが悲しい。
しかしアレだな。
こんな衝撃的な事実、私が長男なら耐えられたかもしれないが、女で次女だから耐えられない。と言う訳で頭の片隅に追いやって忘れよう。
正確にはちょっと危ない……かも? ぐらいにしておこう。
じゃないと今度こそ何故か仲間に監視付きで監禁される未来しか見えない。……これは本当に仲間なのだろうか? そして何故私は仲間に対して怯えなければいけないのだろうか?
不思議過ぎてハクアちゃんには分からないので考えない事にしよう。……うん。精神衛生上それが一番よろしいよね。
「……さて、現実逃避はこの辺にするか」
「違う……俺は……なんで……そうじゃない……アイツだ……こんなはず……俺が正しい……正しい……正しい……ただ……たたたたたたたたた……」
視線の先、意識を失った光の宿らない瞳で壊れたようにうわ言を繰り返す。
その体はあれほどの攻撃を受けながら未だに朽ちる事なく、緩やかに少しづつ再生している。呆れたタフさだ。
だがしかし、そこにアカルフェルという男の
ああ、本当に苛つく……。
そこから視線を逸らし見詰める先に居るのは龍神とおばあちゃんの二人。
同じようにアカルフェルに向けられていた視線は、私の視線に気が付き揃って私を見詰める。
そこにいつものふざけた顔や笑顔はない。
重苦しい顔をした龍神は視線を合わせると一つ頷き、おばあちゃんは一瞬、瞳を感情に揺らしまぶたを閉じると、次の瞬間には龍神と同じ為政者の顔で頷く。
そうか……それが二人の選択なんだね。
それなら私も……この不出来な舞台に上がらされた一人としてそれを背負おう。
再び視線を戻すと今度はハッキリと私の方を見詰めるアカルフェルと視線が交わる。
「そうだ……お前だ……お前が……お前さえ……お前が居なければ!」
次第に光を取り戻す瞳。
しかしそこに理性の光は伴わない。
あるのはただ狂気と怒りに満ちた野生の獣如き光。
「があぁあああああ!」
未だ治り切っていない体を無理矢理動かし、正面からなんの工夫もなく獣のように突進してくるアカルフェル。
「来い。白打」
それをひらりと宙を舞い躱した私は白打呼び出し、無防備にさらけ出されたアカルフェルの背中へと突き刺す。
「がああ!?」
万全の状態ならいざ知らず、ここまで傷付いた体では白打を弾く事は叶わない。
それすら分からない状態のアカルフェルの呻きを無視して私はそっと一言呟く。
「喰らい尽くせ。白打」
その言葉を待っていたかのように白打が黒く昏い刀身へと変化する。
そして変化はそれだけに留まらない。
変化した白打は更に赤い血管のようなものが浮き上がる。それはアカルフェルからその力を奪うように脈動すると、その鼓動も次第に大きくなっていく。
そしてそれと反比例するように、アカルフェルから漏れ出ていた力の奔流が、どんどん小さなものへとなっていく。
「な、何故だ。何故お前如きがドラゴンコアを……」
私はそれに答えない。
アカルフェル自身、その答えをわかっていながら聞いているのだろう。
何故なら脱魂は龍神だけが行使する事が出来る力なのだから。
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