第607話なんばしよっとか……

 この試合が始まる前、私はおばあちゃんと龍神の二人に前から感じていた違和感を話した。


 その結果、私は龍神からとある条件の元、脱魂の力を借り受けた。


 そして今、私の懸念は見事に当たり、その力を行使するに至ったのだ。


「何故だ。何故お前ごときが……」


「さあな。それに答える義務は私にはねえよ」


「くっ……待て。待て! クソぉぉぉぉ!!」


 私の答えに追いすがろうとするアカルフェル。


 しかしその体は、白打に力を奪われた為に満足に動かす事はおろか、凄まじかった再生能力もなくなり正に死に体といった様子だ。


「お、おい! その傷で動くんじゃない! 誰か! 早く来い! 早く!」


「邪魔をするな! 離せ! クソ! 待て! 待てえぇぇぇ!」


 私に手を伸ばすアカルフェルは、審判役に羽交い締めにされ取り押さえられる。


 そんなアカルフェルに視線を送る事もなく、私は会場を後にするのだった。


「ハ・ク・アーーー!!」


「ん? ぐわっぱ!?」


 会場から出た瞬間、狙ったかのように加速してきたシーナの、両手をクロスにしたダイブに首を狩られる。


 ド畜生。戦闘終わってすぐだから油断した。


「な……なんばしよっとか……」


「いや、何してるはこっちのセリフっすよ!?」


 いや、首狩られてる時点で私のセリフでもいい気がする。


「そうだよハクア! 自分の腕を爆弾にするとか本当に何考えてるのさ!?」


 シーナに続いて現れたミコトにも盛大に詰められる。その間に、他の皆も到着してやれやれといった感じだ。


 あれ? 結構頑張って戦ったのに怒られる流れです?


「えー、でもしょうがなくない?」


「何が!?」


「だって武器無しで龍と戦えと言う方が無茶なんだよ。あれくらい意表突かないと勝てんて」


「それにしてももうちょっとやり方あったんじゃないの? ハクアにだって威力のある攻撃沢山あるし、変身だってしてなかったじゃん」


「いや、無理かなぁ」


「なんでなの?」


「あの装甲を抜くには力を溜める必要がある。それが出来たとしても、警戒されてたら全ステータスで上回る相手に当てるのは難しいよ」


「うっ、それは確かに」


「そうっすね」


「それに変身も、私のあれどれもピーキーだから、消耗と全対応出来る戦闘って考えると意外と素のままの方が効率良い時もあるんだよね」


 うん。改めて考えてもやっぱりあれが最善だった。


「うぅ。でもさぁ」


「まあ確かに、私も腕切られるとかやりたくはないけど、逆にあれがなければ私今死んでる可能性の方が高いからね」


「確かにな。それにしても」


「ん?」


「その言い方。あの試合は全て予想の範疇だったのか?」


「まあ、多少の想定外はあったけど、基本的には全部予想通りの展開だったよ。最後まで含めてね。それがなにか?」

 

「いや、最後の一撃。あれがあるならあそこまで追い詰められる必要はなかったのではないか?」


「ああ、確かにトリスの言う通りっすね」


「うーん。それも無理」


 キッパリと言って、私はさっきの試合の内容をなるべく分かりやすく解説する。


「さっきの試合。必要なプロセスがいくつかあってね。一つは予想外の一撃」


 これは言うまでもなく私の腕を爆弾として使ったものだ。


「もう一つはアカルフェルになるべく力を使わせる事、そして最後にそれらを自然にやらせる事だね」


「ん? どういう事っすか?」


「トリスが言った最後の一撃、あれは暴喰の顎と暴喰の咆哮って言うんだけど、暴喰の顎は周辺の敵と周囲に散らばった力の残滓を吸い込み力に変えるものなんだ」


 水を撒けば水滴が飛び散る。


 暴喰の顎はその散らばった水滴を集めて再利用するようなものだ。


「雑魚ならともかくアカルフェルぐらい差があると、かなりの力を消耗させないと力が吸い取れない。だからあそこまで試合を引っ張る必要があったわけ」


 ぶっちゃけそこもかなりの賭けだった。


 何せ普通に死ねる攻撃に対処し続けなければいけないのだ、そんなもん少し失敗すれば一気に瓦解する。


「それで今回は集めた力を暴喰の咆哮として放った。そのお陰で溜めなしの状態で、アカルフェルの装甲を貫けるくらいの威力が出せたんだよ」


 まあ、その前の爆弾の威力もかなりの後押しになったけど。


「その暴喰の咆哮も今回は私の力とアカルフェルの力の残滓、そしてアイツ自身の力を奪えるまで消耗させて奪った力があってようやくあの威力。初っ端だと集める力も奪える力もなくて不発に終わる一発ネタなんだよね」


「確かに……そう聞くとあの戦闘の流れは自然」


「うう、でも、あんまり心配させるような事ばっかりしないでね。見てるこっちがハラハラするよ」

 

「……サーセン」


 そんな袖を掴んで上目遣いで言われたら謝るしかないじゃないか。くぅ、あざとい。だがそれが良い!


「またなんか変な事考えてる?」


「いや別に」


「……じゃあ、最後の質問。なんでハクアが脱魂を使えたの?」


 今までの話しも前フリだったわけではないのだろうが、本当に聞きたかったのはそれだったのだろう。


 全員の目が私に向けられ、言葉を待っている。


 そんな皆の疑問に答える為、私は防音結界を施しその質問に答える。


「確証があったわけではなかった。でもここに着いて、少ない時間とはいえ関わった中で違和感が膨れ上がった」


「なんの話しっすか?」


「端的に言えば……アカルフェルは誰かに操られていた」


 私の発した言葉にその場の全員が声を失った。


 それほど信じられない事だったのだろう。


「ちょっと待つの! 操られているってどういう事なの?」


「言葉通りだよ。あいつの言葉も思想も、他の誰かに植え付けられたものだ。しかも……私がここに来てからはより深く、精神そのものを操られていた可能性が高い」


「そんな……本当なのかハクア?」


「ああ、今回、私があいつの意識を奪うまで追い詰めたことで、表に出てきた。それはおばあちゃんも確認したよ」


「ええ……そうね」


 私の言葉に答えたおばあちゃんはどこか辛そうな空気をまとっている。


「では、本当なのか水龍王」


「ええ、ハクアちゃんの言う通りですミコト様。話を聞かされて、私も龍神様も半信半疑ではあったけど、確かにこの目で確認しました」


「一体……何処の誰が」


「さあな。思惑はわからんが……少なくとも関わってのは一人や二人じゃないと思う」


「どういう事なのハクアちゃん?」


 憶測だが、そう前置して私は自分の考えを皆に話す。


 幼少期。


 その頃のアカルフェルに今のような攻撃性や選民意識はなかったとシーナ達は話していた。


 おそらくはその頃から、おばあちゃんに反対する派閥の思想を植え付けられていたのだろう。


 深く、深く、傷のように、呪いのように、他者への憎悪を、自身の優秀な血統を誇るように。


 そうして作られた自尊心ではあっても、それは自分自身で作った価値観であって操られているわけではない。


 だが実際、自分達の種族以外を守護、管理と言っておきながら、アカルフェルの攻撃性はより高くなっていた。


 それも私に会ってから一気にだ。


 多分その頃から洗脳はスキルや魔法、薬を用いたなんらかの強行手段に切り替わったのだろう。


「本当……なんっすか?」


「さあな。確かに確認はした。でも今の話はあくまで私の推測、確証のある話ではないよ」


「でも、ハクアの話が本当だとすると確かに腑に落ちるの。昔は今と違ったし、少し前まであそこまで攻撃的ではなかったの」


「そう……っすね」


 それぞれがそれぞれに思う所があったのだろう。それから暫くは誰もが何かを考え込んでいた。

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