第605話【暴喰の咆哮】

「フッ!」


 短く呼吸を吐きながらひたすらに動き回りアカルフェルを翻弄するハクア。


 僅かな隙を突きながら攻撃を繰り出し、一撃で形勢逆転する致死の攻撃を綱渡りのように避けていく。


 しかしいつもと違うのは───。


「はっ、またハズレ。いつになったら当たんの? それとも手加減してくれてんの。わぁー、偉大なトカゲ様はお優しいね」


 ミコト達が疑問に思った通り、いつも以上にアカルフェルを挑発している事だ。


 それも時々、攻撃を回避するよりも煽る事を優先させてヒヤヒヤする場面もある。


「減らず口を!!」


「悪いが私の口は一つでね。これ以上減らねぇや」


「黙れ! ガァ!」


 ハクアの言葉を遮ったアカルフェルのブレスが、ハクアを飲み込もうと襲う。


 だが、ハクアはそれを見越していたかのように余裕を持って躱し、一気に距離を詰める。


「「「あっ、ごめん。やっぱ口沢山あったわ。【【【雷絶らいぜつ】】】」」」


「ぐおっ!?」


 力を更にコントロール出来るようになったハクアは、両手の平にマナで擬似的な口を作り出し三重の詠唱を使い、威力を底上げした雷魔法を撃ち込む。


「この……化け物め!」


「おっと、随分な言いようだな。世間的にはそっちの方が化け物モンスターだろうが。……いや、私もか」


 一瞬怯んだアカルフェルの攻撃を避けながら軽口を叩くハクア。


 しかしその心中に油断は一切ない。


 何故ならハクアの攻撃はそのほとんどがアカルフェルにダメージを与えていないからだ。


 水龍ならばと繰り出した雷魔法でもダメージは低く、柔拳でも大したダメージは与えられていない。剛拳に関しては怯ませる事は出来てもダメージは全くないのが現状だ。


 わかっていた事ではあるがキツイ。


 そう思っても表情にはおくびにも出さないのは流石だが、常に綱渡りの状態の中、相手に有効なダメージを与えられていないという事実がハクアの精神力をガリガリと削っていく。


「ッ!? グゥッ!」


 攻撃を避けた直後、アカルフェルの攻撃で壊れた舞台の破片が体に当たりハクアの動きが刹那乱れる。


 その隙を狙い放たれたアカルフェルの拳が吸い込まれるようにハクアを打ち抜く。


 両腕をクロスさせ、なんとか攻撃をガードしながら後ろに飛んだハクアだが、吹き飛ばされた体は地面を無様に転がり、その両腕はたった一撃でボロボロに、左腕など今の一撃で骨が砕けてしまった。


 これはハクアの集中力が切れた訳でも、ただの不運だった訳でもない。


 ハクアが悪い訳ではなく、この状況が悪かった。


 普段のハクアなら飛び散る破片も含めて知覚出来ていた───だが、狭いフィールドでアカルフェルの発する力に晒され続けるプレッシャー。


 そしてハクアの挑発により乱射されるブレスに含まれていた力が、狭いフィールドに充満し滞留する事で、ハクアの知覚能力が普段よりも著しく落ちていたのが原因だ。


 例えるなら今のハクアは全方向からスポットライトを当てられ、その中で違う種類の光を見極めて避けている状態に近い。


 そんな状態でステージの砕けた破片を全て知覚するのは、いくら人外じみた知覚能力を持つハクアでも───いや、そんな人並み外れた知覚能力を持つハクアだからこそ難しい。


 むしろそんな状態でも八割方の破片を把握し、常に避けるように動き続けられていた方が異常と言っても良いくらいなのだ。


「くっ……」


 一撃。


 そのたった一撃、攻撃を食らった事で、ハクアとアカルフェルの戦いは一気に形勢逆転する。


 今まで優位に試合を運んでいたハクアの動きは目に見えて悪くなり、危ない場面はどんどん増えてきた。


 そしてその度にクリーンヒットはしないものの、ハクアは小さなダメージを積み重ね、更に動きは悪くなっていく。


 そんな状態でもハクアの事を信じている仲間以外、その場に居るほぼ全ての者がアカルフェルの勝利を確信する。


 そう───ただ一人を除いて。


「や……めろ」


 小さく、か細い、誰にも聞こえないような呟き。


「ダメだ」


 恐怖を隠すように、なにかに怯えながら発せられる声。


「それ以上……それ以上……そいつを追い詰めるな」


 それでも、必死に伝えようと、恐怖という鎖に縛られた身体を無理矢理動かし前へ進む。


「止めろ。止めるんだ。それ以上……そいつを追い詰めるなアカルフェル!」


 ヤルドーザは恐怖を退けアカルフェルに声を届ける。


「ぐっあああああ!?」


 だが───時すでに遅し、ヤルドーザが叫ぶと同時にアカルフェルはハクアの左腕をもぎ取った。


「くっははは! いいザマだな。これが本来のあるべき姿だ」


 ちぎられた腕を押さえ苦しむハクアに愉悦を隠さず言い放つアカルフェル。


 それは本来なら必要のない行動だろう。


 しかしアカルフェルはこれまで散々挑発され、ハクアのプライドを、心を折る為にわざと苦しめる方法を選んだ。


 いや───選ばされた。


「くっ、ハハッ」


「恐怖に狂ったか? 何がおかしい」


「ああ、ありがたいと思ってね。ここまで予想通り動いてくれると」


「何? それはどういうっ!?」


 瞬間気が付いたのはハクアのもぎ取った腕に集まっていた膨大なエネルギー。


 ハクアから離れる事で、何重にも隠蔽されていた力が現れた。


「気を付けなね。それ、爆発するとかなり危険らしいから」


 千切り取られた左腕に集められた膨大なエネルギー。


 修行の末にやっとコントロール出来るようになり、修行中散々脅され続けたそれを、ハクアは意図的に暴発させ爆弾としたのだ。


 魂をも消滅させる、神ですら危険視するエネルギーを放つ爆弾。


 それをこの状況で武器として使い、アカルフェルの周りに【結界】を張り、閉じ込めながら楽しそうに言うハクア。


「くっそがァァァ!!?」


 今のアカルフェルにハクアの【結界】を破る程の時間は無い。


 全ての力を防御と爆発を抑え込む事に使う。


 刹那起こった爆発が一瞬音を置き去りにしながら【結界】の中で炸裂する。


「おわっとととと!?」


 アカルフェルが抑え込み【結界】で防いだ事で威力が上に抜けたとは言え、ハクアの想像以上の威力で爆発する腕に、思わず自分でもドン引きしながら爆風に煽られる。


 マジ引く程の威力だったと、思いながら爆発の後を見る。


 するとそこにはハクアの腕を握っていた右半身がほとんど吹き飛んだアカルフェルが立っている。


「許さん。許さんぞ」


 無くなった身体の部分が盛り上がり再生しながら、ハクアに怒りの形相を向けるアカルフェル。


「たく。どっちがバケモンだ」


 そんなアカルフェルに呆れながらハクアは残った片手を空へと掲げる。


「まあ、お前なら耐えると思ってたよ。でも……これで終いだ【暴喰のアギト】」


 ハクアが呟くと、手を掲げた先、空に一筋の線が走る。


 そして、空からギギギギギッと軋むような歯軋りのような音が鳴り響き、それが口を開けた。


 何かの動物を思わせるような不揃いな牙。そしてその顎の中にあったのはただの闇だ。


 果てしなく、暗く、昏く、何処までも続くような闇。


 それが開かれると同時に、弱って抵抗力の無くなったアカルフェルの力が、ステージの上に滞留していた力の残滓が、顎へと吸い込まれる。


「私にはお前を倒せる力はない。それをするにはお前に邪魔されずに力を溜めなきゃだからな。だから……使わせて貰うよ。お前自身の力をな【暴喰の咆哮】」


 顎に吸い込まれた力が闇を纏い一筋の光となって、まるで龍のブレスのように放たれる。


「があぁあああああ!!!」


 光の奔流に呑まれるアカルフェル。


 さしものアカルフェルもその咆哮に抗う術は残されておらず、試合はハクアの勝利で幕を閉じたのだった。

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