第604話たった一歩距離
「えっと……どういう意味ですか?」
テアの言う、不調の原因が自分が居ないからだと言う言葉にミコトは困惑する。
それはそうだろう。
ミコトにとってハクアは目指すべき頂きの一つになりつつある。
そんなハクアが自分が居ないというただそれだけの事で、あそこまでアカルフェルに苦戦するハクアの姿がミコトの中で繋がらない。
ミコトからすれば自分が居てもハクアの足を引っ張るだけなのでは? どうしてもその考えが頭をよぎってしまうのだ。
しかし現実、アカルフェルの猛攻の前にテアの言葉を正しいと裏付けるように、ハクアのいつもの精細さがないのも事実。
そしてその思いは程度は違えど皆同じだった。
「不思議そうね?」
「それはそうなの。ミコト様が劣ってるとは思わないけど、それでもハクアが一人になっただけであそこまでアカルフェルに苦戦するとは思えないの」
「そうっすよ。アカルフェルは強いっすけど、それでも今までハクアが戦ってきた奴に勝るとは思わないっす」
「それは確かにあってるよ。でも、この龍の里でハクちゃんが戦ってきた敵と、アカルフェルでは一つだけアカルフェルの方が勝っているものがある」
「えっ、それって───」
「防御力……だな」
その問いに答えたのはトリスだ。
「ええ、正解よ。簡単に言えばハクアちゃんの攻撃力不足。ハクアちゃんが戦ってきた相手は全員もれなく強敵だったけど、私達龍族に比べれば防御力は低い。ムニ程防御力がなくともアカルフェルも同様に……ね」
「でもそれならアジ・ダハーカだってそうっすよ。いくら弱体化してたとは言え───」
「あっ、だから私が居ないから」
「ええ、そうです。あの戦いは貴女が居たからダメージを与えられた。ハクアさんだけでは大したダメージは与えられなかったでしょう」
即座に否定しようとしたがミコトもその事実に気が付いていた。
ハクアは強い。
それこそステータスの差を技術や知恵で突破する場面は幾度も見てきた。しかしそれでも覆せないステータスの差がある。
現にハクアの攻撃は通常攻撃ではほとんどダメージが通らず、全力の攻撃でようやく届く程度だった。それを考えれば今の状況は分からなくはない。
「でも、それで何故あのように動きが悪くなるのですか? 攻撃が通らない事と、攻撃を避ける事はイコールではないですよね?」
「確かに……」
アトゥイの言葉にハッとするミコト。
確かにその通りだ。
ハクアの攻撃がアカルフェルにほとんど通用していないのはわかった。しかしそれで何故ハクアの動きが鈍くなるのかが分からない。
攻撃を避けるだけなら確かにアトゥイの言う通り支障はないはずなのだ。
「簡単です。白亜さんは攻撃力を上げるため、いつもより一歩深く踏み込んでいるんですよ。その為その一歩分遅れが生じているんです」
「たった一歩距離で?」
「貴女達には理解するのが難しいかも知れないわね」
言っている意味が分からない。
たかが一歩。
それだけで何故そんなに変わるのか?
それがミコト達にはいまいちピンと来なかった。
「まっ、貴女達は強者だからね。自分のスタイルを押し付けて貫けるだけの強さとステータスがある。だけどハクちゃんにはそれがない。その差が今如実に出てるって事だよ」
「じゃあハクアはどうすれば」
視線を移すとそこには、アカルフェルのブレスを舞台を縦横無尽に動き回り避け続けるハクアがいる。
しかも何故か未だにアカルフェルを煽り続けてだ。
「そろそろだよ」
「えっ?」
「あっ……ぐっ、ガァっ!」
聡子が舞台に視線を促すと、そこには今までとは違う光景───アカルフェルが腹を押さえて苦しむ光景があった。
「なんで!?」
「動きが変わったな」
トリスの言う通りハクアの動きが明確に変わっていた。
今までのような緩急がハッキリとした動きではない。どちらかと言えば今までよりも遅い動き。
しかし何処かとらえどころがない。
ぬるぬるとユラユラとふんふわと力を入れていないかのような動き、しかもそれは移動だけではなく攻撃もだ。
今までのような力強い踏み込みから来る、強力無比な一撃とは違う。
独特な緩急で近付いたハクアが、その動きのまま全身を振るように身体をしならせながら打つ。
そして何より違うのがその音だ。
まるでなにか重い鈍器で打ったような重低音が鳴り響く。
「なんっすかあれ?」
「あれは|水鳴【みずな】りって技だよ。自分の身体と相手の身体を水の塊に見立てて打ち抜く鎧通しの一種」
「お嬢様の得意な柔拳の一種ですが、白亜さんも苦手な訳ではないですからね。防御力が高いならそれを抜く攻撃をすればいい……至極単純な答えです」
「柔拳は相手の堅い部分をお構いなしに打ち抜く事が出来ますからね。この状況にはピッタリってところですね」
「今まではアカルフェルの身体をどう打てば良いかを調べていたってところかしら?」
「ええ、白亜さんの練度ですと相手の反応を調べないと成功しませんからね」
「というより、相手の状態なんてお構い無しに使えるお嬢様の方がおかしいんですけどねー。まあけど……柔拳にばっかり気を取られると危ないんだけど」
ハクアの攻撃が通じるようになった事で、戦闘の流れはハクア優位に進む。
しかしいくら攻撃が通じるようになった所で、一つの手で攻略出来る程相手も甘くない。
それに多少通じるようになっても、それはアカルフェルを倒し切れる程の威力がある訳でないのだ。
たった一発。
アカルフェルの攻撃がまともにハクアに当たるだけで、この形勢は一気に傾く程に危うい。
それをお互いに理解したまま戦う二人。
しかし、その事実に我慢の限界が来たのはアカルフェルだ。
被弾覚悟でハクアを捉えようとしたアカルフェルが大きく踏み込む───しかし。
「ガハッ!?」
それを待っていたかのようにハクアの動きが変わる。
今までの緩慢な動きから、最初のような神速の動きの切り替わりに、会場で見ていたほとんど全員の視界から消え、次の瞬間にはアカルフェルの腹部に肘を突き刺した状態で現れた。
「あーあ、だから言ったのに。少しでも隙を見せれば柔拳じゃなくて剛拳が容赦なく飛んでくる。柔剛一体がハクちゃんの本当のスタイル、あれが本当に厄介なんだよね」
「白亜さんはオールラウンダーですからね。柔剛一体、カウンターに罠、口撃……勝つ為のありとあらゆる手段があの子の得意手。どれかに絞ろうと警戒すれば警戒するほど思考を絡め取られてしまう」
「ですね。痺れを切らした大振りの攻撃は、言い換えれば隙を作る動き、それをハクちゃんが見逃すわけがないですもん」
「えっと……つまり、対策を立てれば立てるほどダメになるって事ですか?」
「そうなるね。対策を立てれば、対策を立てられた対策が出て来るんだから、それを破るには圧倒的な力で叩き潰すか、思考で上回るしかない。まあ、前者はともかく、後者はハッキリ言って私達ですら勝てる気しないけど」
その言葉に改めてハクアという人物のとんでもなさを実感するミコト達。
「……しかし、なんであの状況でまだ煽ってんっすか?」
「もう目的は果たしたはずなの」
「えっと、じゃあ。アレも作戦の内なんですか?」
「多分ね。まっ、何をしようとしてるのかは私達にもまだ分からないけどね」
ハクアの事をじっと見つめながら楽しそうに答える聡子だった。
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