第603話寝てないのに何しやがる!?
「ふん。どうやら逃げずに来たようだな」
ハクアから遅れる事数分、ようやくやってきたアカルフェルが挑発するようにハクアに声をかける。
しかし───当の本人は立ったまま寝ているため当然ながら反応がない。
「すぴー……肉……ウマ」
そしてこの段階になってようやくそれに気が付いたアカルフェルが、ビキリと青筋立て、殺気をみなぎらせハクアに攻撃を仕掛けた。
「どわっしょい!? ね、寝てないのに何しやがる!?」
それはもう自白してるようなものだが本人は全く気にしてないようだ。
「この下等な動物が。どれだけバカにすれば気が済む」
「あ? ギャウギャウギャウギャウとうるせぇよクソとかげ。どうせなら人間にも分かる言葉で喋ってくれない? とかげ語とかまで完備してないんですけど」
「ガァ!」
「おっと。あれ、怒った? もしかして怒ったの? それでよく人の事挑発しようと思ったな。忍耐力から鍛え直したらと・か・げ・君」
ハクアに挑発されたアカルフェルが腕を振るい衝撃波を放つ。しかしそれを軽く躱したハクアはそれでも挑発を続ける。
「……死ね」
アカルフェルの怒りが頂点を超え、洗練された殺気となったマナの刃がハクアを襲う。
開始の合図もなく始まった、両腕を龍化させたアカルフェルの猛攻。
しかしハクアはそれを非難する気はない。
ハクアにとってこれは試合ではなくただのケンカ……で、あるならばそこに明確な開始の合図など求めていないのだ。
そしてそれ以上にハクアは確かめたかった事も無事確かめられた。
それに満足していたのだ。
(良し。視える)
ハクアの確かめたかった事、それはアカルフェルの不可視の攻撃だ。
この里に来てすぐにやり合った時に見えなかった攻撃、事前にミコト達に頼み確かめてはいたものの、アカルフェルのそれが同じ攻撃だとは限らない。
その為、早急に確かめる必要があったハクアは、いつも以上にアカルフェルを挑発し続けた。
そして今、ハクアの目にはアカルフェルの腕を覆う力がハッキリと視える。
時に腕に纏った力が衝撃と共に爆発を起こし、時に爪撃に合わせて斬撃が飛び、時にムチのように変化してハクアを襲う。
その多彩な変化は怒りに頭が支配されていてもクレバーだ。
確かな才能、確かな努力に裏打ちされた本物の実力。
だからこそ、ハクアの目にはアカルフェルという人物が不可解に映る。
言動、行動、努力、理想。
そのどれもがハクアの目にはチグハグに見えるのだ。
それはまるで───
「おっと」
そこまで考えてハクアは意識を切り替える。
相手はあのアカルフェル、余計な思考にリソースを割いて勝てる相手ではないのだ。
意外に思うかもしれないが、アカルフェルに対するハクアの評価は高い。
過剰に排他的な部分を除けば───いや、龍という優れた種族からすればその他の種族など劣等種でしかない。
それを考えればアカルフェルの考え方も、賛同する気は全くないが決して間違いではなく、むしろハクアの周りが好意的過ぎるくらいだと思っているほどだ。
だからこそ、絡まれれば相手をするが積極的に動くほどではなかった……ユエを狙うまでは。
自分が標的のままならばハクアにアカルフェルと関わる気はなかったが、その標的を周りにシフトした段階で、アカルフェルはハクアにとって明確な敵となった。
それ故に、いつか戦うかもしれない相手から、明確に潰すべき相手に変わったアカルフェルをどう倒すのか?
それがハクアの中の課題になっていた。
アカルフェルは既に水龍王から見放されているとはいえ、立場的には次期龍王に近しい存在。
自身も認め、周りもそれが自然な流れだと思われている立場のある相手を、外から来た劣等種の小娘がただ倒せばいいと言う訳ではない。
それをクリアする為にはアカルフェルを里から孤立させ、自分自身も認めさせる必要がある。そしてその上で相応しい場で戦い、勝利する。
そうする事でようやくハクアは龍族を敵に回す事なく、アカルフェルを打倒する状況を得る事が出来る。
もしもどれかを達成出来ていなくとも、ミコトや水龍王を始め、ハクアを庇ってくれる者は居るだろう。
しかしそれはただでさえ穏健派と強硬派に分かれている龍族を、決定的に二分する事になりかねない。
そうなれば人も他の種も、かなりの数が犠牲になる事だろう。
個人的な怨みはあるが、この星全体の存亡をかけてまで復讐する気まではハクアにない。
だからこそ、虎視眈々と牙を研ぎながら、自身の欲望を叶える機会を窺っていたハクアにとって、この状況は渡りに船だったのだ。
そこにどれほどの思惑が絡んでいようと、最終的に全てを食い破り自身の望みを叶える。
そして目の前の強敵を徹底的にぶちのめす為に、ハクアは辿り着くべき未来の逆算を始めた。
▼▼▼▼▼
「全く、アカルフェルはなに考えてるっすか。あれほど色々言っておきながら、自分は恥も外聞もなく騙し討ちみたいに攻撃するとか!」
「本当なの。まあ、それより前にハクアが挑発してたみたいだけど、それを踏まえてもなの」
「あいつの煽りはイラつくからそれはしょうがない───が、何故奴はあそこまで煽ったんだ?」
「えっ? ハクアって結構人を煽る所から始めない?」
「それはそう。だけど……今の状況であそこまで煽る意味がない」
「いえ、意味はありますよ」
ミコト達の会話を聞いていたテアが、ハクアの戦いから視線を話さず否定する。
「確かに白亜さんは自分のペースに相手を引き込む為に、相手の感情をコントロールする傾向があります。しかし今回はそれとは別に意味があったんですよ」
「それは、ハクアが気にしてたアカルフェルの見えない攻撃ですか?」
「ええ、そうです」
「誰であれ、感情が頭を支配すれば過去に成功した有効な手を無意識に選ぶ。ハクちゃんはそれを利用して、一番最初にそれを確かめたかったんだよ」
「でもそれは事前に大丈夫って確かめて」
「だとしてもよ。アカルフェルの攻撃に見当はついていたし、私達の見解も同じだった。実際私達にはあの時見えていたしね。けれどそれが本当に正しいとは言いきれないもの」
「どういうことでしょう?」
「簡単な事よアトゥイ。前回のアカルフェルの攻撃がマナによるものでも、今回対策をしてマナ以外の見えない攻撃をする可能性はあるもの」
水龍王の言葉にアトゥイが確かにと頷く。
「でも、だとしたらまだ出してないだけかもしれないの」
「確かにそうでしょうね。でもそこまで考えたらキリがない。それに」
「ええ、だから白亜さんは怒らせる事でそれを引き出そうとした。そしてマナを使えば見える事が証明され、使わなければそれ以外を警戒すればいい」
「更には他に見えない攻撃をしてくる可能性を減らす為に怒らせ、成功体験を餌にそれも引き出そうとしたって所だね」
一つのネタしかなければそれを使うが、見えない他の攻撃があるのならば、同じように使ったはず。
それを踏まえた二重三重の罠だと三人は言う。
「よく考えるものっすね」
「それが当たり前なのよ。でも……」
「あの、ハクアの動き悪くないですか?」
ミコトの視線の先に映るハクアは、今まで見てきた中で一番動きが悪いようにミコトに感じたのだ。
「アカルフェルは確かに強いけど、アジ・ダハーカに比べればぜんぜん弱い。それに今までハクアが相手してきた敵だって弱くはないはずなのに」
「確かにそうっすね」
ミコトの言う通り、全員の目にハクアの動きが悪いように見える。
避けるのもギリギリで、動き出しがほんの少しだけ遅い、それがなんと言うか全体的に危なっかしいのだ。
しかしその理由が分からない。
「それは貴女が居ないからですよ。ミコト」
「えっ!?」
思いがけない言葉にミコトは視線を逸らしてテアを見つめた。
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