第602話……それ普通に死ぬのでは?

 ザワザワと騒がしい会場、その一席に座ったミコトの視線が心配そうに舞台の上に注がれる。


「うう……ハクア大丈夫なのかな?」


「ムーがハクアと同じ状況なら勝てる気しないの」


「そっすね。ステータスは倍以上違う、向こうの攻撃はほぼ致命傷になるのに、こっちの攻撃は効くかわからない。……いや、これどうやって勝つんっすか?」


「知らん……が、なんとかする気なんだろう、あいつは」


「そっすね」


 そんな全員の視線が今回の試合の為に作られた舞台上のハクアに注がれる。


 衆人環視の中の試合はまるで見世物だ。


 何故こんな事になっているかと言えば、元老会自体がこの試合を見世物にしようとした為だ。


 それほどにアカルフェルが勝つ自信があるのか、はたまた別の思惑があるのか、ハクアや水龍王、女神達はなにか感づいているようだが、その答えをミコト達は知らない。


 そして会場には先のマナビーストとの戦いでハクアを認めた者、頑なにハクアを認めず未だに排斥しようとする者、そしてハクアを未だ見極めようとする者が集まり。


 様々な感情を含んだ視線がハクアに集中していた。


 しかしその当の本人は今、腕を組んで堂々と目を瞑りながら、対戦相手であるアカルフェルを待ち構えている。いる?


「……ねぇ、もしかしてだけどあれ、ハクア寝てない?」


「いやいや、流石のハクアもそんな訳……あー、寝てるっすね」


「なんでこの状況でハクアは寝れるかとても不思議なの」


「マジでどういう神経してるんっすかハクアは!?」


「図太いだけだ」


「……図太いにも程があるの」


 ムニの言葉に全員が苦笑いしながらハクアを見る。どうやらハクアが寝ているのに気がついているのはいつものメンバーだけのようだ。


「それほど……余裕と言う事でしょうか?」


「おそらくは逆」


 アトゥイの言葉にシフィーが短く答える。


「ここまでの修行は厳しかった。ハクアでも体力を回復しきれないほどに」


「だから少しでも戦う前に体力を回復してるって事っすか?」


「多分。そうだと思う」


 シフィーの言うように試合が決まってから始まるまでの間、ハクアの修行は苛烈を極めた。


 ▼▼▼▼▼▼

 短期間で肉体の性能を上げるのは無理筋と断じたハクア達は、短期間で劇的な効果を得るか、はたまたなんの効果も得られずに終わる可能性もある、神魂の修行に注力した。


 自身の内に星座を作り出す事に成功した、龍王を含めたミコト達数人とハクアの修行は、テア達が創り出した精神空間───混沌森羅界こんとんしんらかいで行われた。


 精神空間であれば通常とは違う時の流れの中、一週間という短い時間を数倍に引き延ばせる。


 しかしこの混沌森羅界、一言で言えば地獄の具現化のような場所だった。


 龍の鱗すら容易く切り裂く竜巻、触れた者を瞬時に溶かすマグマ、荒れ狂う嵐に稲妻が幾本も落ちる海域、火龍をも焦がす灼熱の光が差す砂漠、全ての物が停止する極寒の地。


 その他にもあらゆる自然災害が、ありえないレベルで力を持った光景が眼前に広がる世界。


 それがテア達が創り出した混沌森羅界という場所だった。


 同じ精神空間とは言え、混沌森羅界での死は現実のものとはならない。


 それだけ聞けばハクアとミコトが、双龍の試練で戦った精神空間よりもマシに思えるがそんな甘いわけがない。

 

 この世界で死んでも死ぬ事はないが、この世界の死は精神力も体力も現実の比ではないレベルで消耗する。


 それは常人ならば数ヶ月は目を覚まさないレベルのもの。


 そんな中で始まったハクア達の修行は至ってシンプル。


 目の前に竜巻の中に飛び込めというものだった。


「……それ普通に死ぬのでは?」


「ええ、そうですね」


「肯定されましたよ!?」


「この世界の私達は魂───神魂の状態なんだけど、この状態でこの世界に居るだけでもある程度の修行にはなるんだけど」


「ならそれで良いのでは?」


「うーん。それだと大して効果は得られないかな? アレに勝つことを考えると、一週間ずっと竜巻に突入して、身体を砕かれてを繰り返してなんとかって所かな?」


「それ強くなれんの!?」


「耐えられればなれるよ」


「耐えられなかったら?」


「ハクちゃんの貴重な一週間がまるっと無駄になるね」


「oh……」


「なら最初に私が行ってくるっすよ」


 ハクアとソウのやり取りを見守っていたシーナが珍しく一歩前に出て宣言する。


「……おまっ、風龍だから風に耐性あるの見越して言ってやがるな!」


「ハッ!? そうなの。シーナずるいの!?」


「ふはははは。これは単なる特権っすよ!」


 シーナの考えを看破したハクアと、ムニの抗議を聞き流しながらシーナが竜巻に向かって走る。


 そして───。


「えっ、あれっ、これ、ぎゃああああ───」


 竜巻に入ると同時に風に呑まれたシーナの悲鳴が響き渡り、数秒後、ハクア達の後ろに真夏に木の上から落ちてきた虫のようにボトリと落ちてきた。


「あっ、おかー」


「な……なんなんっすか、あれ。風なら絶対に大丈夫なはずの私でも、数秒も持たずにバラバラにされたっすよ。つーか、身体重っ!? 気持ち悪いし目眩もするっすよぉ……」


「ふーむ。死ぬとこうなんのか」


「いい実験になったの」


「す……少しは心配するとかないんっすか」


「「一人だけ楽しようとした罰」」


「ひどっ!?」


「でも……シーナでもこれだと私でもそんなに持たなそう」


 竜巻に視線を向けながら、倒れ込むシーナの身体を支えシフィーが的確に分析する。


「これ意味あんの?」


「ありますよ。この世界は現実の強度も反映されますが、それ以上に重要なのは精神力です。散りじりになのうが、凍ろうが、溶けようが、焼かれようが、精神を強く持てばそれだけ鍛えられます」


「ふむふむ。じゃあちょっと行ってくる」


「ハクア。流石に気軽すぎない?」


 ミコトのツッコミを軽ーく流しながらテクテク歩いて竜巻に向かうハクアも、先程のシーナと同じように竜巻に入ってすぐ元の場所に落ちてきた。


「よっと。ただいま。無理ですな」


「なんでそんなに普通なんっすか!? ハクアは気持ち悪いとかないんすか?」


「……確かにダルいけど、そんなには?」


 シーナがハクアを指さし信じられないと言うようにテア達を見るが、そんなにシーナに無情にもハクアだからしょうがない。とでも言いたげにテア達は顔を横に振る。


 その後、恐る恐る全員入るが結果は全員同じ。


 若干シフィーが長く居られたがそれも誤差の範囲でしかないレベルだった。


 そしてもれなく全員、数度同じように繰り返し、身体を散り散りにされた影響でかなりの体力と精神力を消耗した。


「おばあちゃんやシフィーでこれだと無理ゲー過ぎね?」


「おや、諦めますか。残念ですね」


 ハクアが六回、水龍王と風龍王のシフィー、トリスが四回、シーナとムニの二人が三回繰り返した後、ハクアが死屍累々といった惨状を前にそう言うと、テアが残念ですとでも言いたげにそう返す。


「な、なんだその態度は」


「いえいえ、ただ……」


「ただ?」


「あの中心にちょっと白亜さんの好きそうな物を配置しただけですよ」


「行ってきマース!」


 ▼▼▼▼▼▼

「いや、まさかあの言葉でずっと竜巻に挑戦し続けるとは思わなかったっすね」


「本当なの。あれから数えるのも忘れるくらい身体が砕かれて、最終的には砕かれても竜巻の中に暫く居れるようになってたからやっぱりハクアはおかしいの」


「確かに。しかも最後まで好きそうな物がなにかも分からなかったしね」


 ムニの言葉に同意しながら苦笑いをするミコト。


 しかし全員、同じ修行をしたからこそハクアの精神力の異常さを改めて思い知らされた。


 そしてそれこそが神魂の強さだと言われて納得したのも事実であった。


 自分達が数度繰り返し休憩を挟む間も、ハクアは気軽に挑戦しては何度も砕かれ、その時間を徐々に増やしていった。


 その回数が数回から数十回、数百回と繰り返す内にハクアの魂が強くなっていくのがわかったからだ。


 そして自分達よりも多く挑戦し続けたハクアが、肉体的な疲れはなくても、精神的に疲れているのも分かる。


 しかしそれでもこの衆人環視の中で堂々と寝るのはどうかと思う一同であった。

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