第530話……シーナが居るの

 ザワザワと一部を除いてにわかに騒がしい場内。


 それもそうだろう。


 新人の試練中、ダンジョンの中にマナビーストが現れるなど前代未聞なのだから。


 マナビーストは歴戦のドラゴン達ですら危険な相手と警戒する程だ。余程の事がなければ事を構える事もなく、ましてや暴走状態にあるマナビーストなど、巻き込まれでもしなければ関わる事もない。


 それほどのモノがよりにもよって、新人の試練中に現れれば騒がしくもなるだろう。

 なぜならそれはその場に居る全員が、生きて帰る事が不可能に近いという事に等しいのだから。


 そんな中、さして慌てる事もなくハクア達を見守る集団が居る。


 もちろん龍王を含めたミコト達だ。


 驚きが全くないかと言われればそんな事はなかったが、まあ、実際事が起きればハクアが関わってるしな。と、そんな感じである。


 良くない方向に慣れつつあるミコト達。ハクアが聞けば発狂する事間違いなしの認識だろう。

 しかし逆に言えば、少し間にそう言えてしまう程、短いスパンでハクアが関わる事にイレギュラーが起きているとも言える。


「しっかし、役に立たないっすね」


「全くなの。あのレベル相手にも突っ込むだけだったとかどうかしてるの」


「ああ、まさかここまで酷いとは……。あのアトゥイとか言うのが居なければ全員死んでいたし、ハクアが来なければそのアトゥイも危なかったな」


「そうじゃな。ハクアが出てきたのはいいタイミング……いや、ハクア的には悪かったのか?」


 うーん。と唸るミコトだが、間に合ったと言えば間に合ったし、人数が減りきった後と言えばそうなので、微妙なところである。


 実を言えばミコト達を含めた会場で見学する観客の現状認識もハクアと変わらない。

 龍神の映し出した映像は全て、ハクアのボス戦の様子を映し出していた為、ミコト達もまた現状を知ったのはハクアと同時だった。


 しかしこの場の観客はハクアとアトゥイ二人の会話から、ハクアが出てくるまでにどんなやり取りがあったのかを聞いていた。


 そのためこんな評価が下った訳だ。


「まあそれにしてもハクアは流石じゃな。二人で相手をしていたあの短い時間で、既に攻撃を見切っておる」


「そうですね。あれのしぶとさは流石です。だが───」


「うん。トリスの考えてる通り、流石にこのまま終わるとは思えないの」


「そうっすね。まだこれから───あっ!?」


 目の前の光景に思わず声を漏らすシーナ。映像の中では全員の予想通りマナビーストの行動が変わり、今まで完全に攻撃を見切っていたハクアの頬に赤い線が走る。


『チッ……』


 頬から垂れる血を拭いながら舌打ちを鳴らすハクア。この傷の意味するところを一番理解しているからこそだ。


「やはり攻撃パターンが変わってきたな」


 トリスの言葉を体現するように、マナビーストは一撃一撃が破壊力のある攻撃から、手数を重視した枝や根を攻撃に多用するように変化していた。


 アトゥイ相手では大したダメージにならないこの攻撃も、ハクアが相手ならば致命傷になり得ると理解したようだ。


 そして更にはマナビーストの背から何か、大きな塊がハクアに向かい降り注ぐ。


 まるでなにかの蕾のような|木傀(もっかい)は、触手のようにハクアを襲う枝や根に混じり、避け難く、回避のスペースを奪うようにいやらしく放たれる。


 バキッ!


 その木傀が三十程放たれた時、不意に木傀から何かが砕けるような音が一斉に鳴り響く。


「……あれはなんじゃ?」


「どうやら、さっきハクアちゃんが戦っていた木人形と同じもののようね」


「だが、その強さは全くの別物だ」


「……ハクアには厄介」


「ああ、あの嬢ちゃんにはちとやばいレベルだな」


 ミコトの呟きに水龍王が答え、地龍王がその脅威度を言葉にし、風龍王と火龍王が端的に状況を表す。


 マナビーストから生まれ落ちたそれは樹木人。無数の木の枝が集まって人の形をとったヒトモドキだ。


 だが、その戦闘能力は見た目に反して強い。

 そのステータスは脅威の全ステータス4000。しかもHPに至っては15000と、雑魚敵として何体も生み出すにはバグったような強さを持っているのだ。


 そして人と同じ形をしていてもそこは樹木。パンチを繰り出せば、身体の木を解いてその距離を優に三倍は余裕で伸ばしてくる。


『ハッ!』


 間合いの読みづらい攻撃を避け、一気に距離を詰めたハクアがブレードモードにしたオルトを振るう。

 しかし樹木人は顔部分に放たれた攻撃を、身体を解くという力技をもって軽々と回避、続く動きで腹の木を解き、ハクアの胴体を刺し貫こうと攻撃を仕掛ける。


 攻撃を身を捻りなんとか脱出するが、そんなハクアを下からマナビーストの枝が襲い、空中へと逃れれば、樹木人が腕を伸ばしてハクアを追撃する。


 咄嗟に羽を羽ばたかせ更に空へと逃げるが、そんなハクアを今度は天井から木の根が襲い掛かる。


『ラアッ!』


 気合一閃。


 ブレードで切り裂きながらなんとか逃れるが、ハクアの体力は減る一方だ。

 ハクアがマナビーストの動きを読んだように、マナビーストもまたハクアの動きを読み切り、ハクアを徐々に追い詰めていく。


「あーもう! 他の奴らはまだ来ないんすか!」


 ジリジリと追い込まれるハクアを観て、シーナが怒りを滲ませながらもう一方、アトゥイとユエが向かった他の参加者が映る映像へと目を向ける。


『決まってる。アレを倒した後、ビーストコアは俺達が頂く』


「あ゛?」


 その瞬間、聞こえて来た言葉にシーナの怒りは一瞬で沸点へと達した。


「あー、あれっすね。ハクアが他の連中をトカゲだ爬虫類だと言う気持ちがわかったっすよ。アレは確かにただの爬虫類っす」


 普段のシーナからは想像出来ない程、冷たく吐き捨てるような言葉と態度。しかしそれを誰も咎めようとは思わない。

 何故ならそれはミコト達はおろか、周りでシーナの声を聞いていた観客すらも、反論しようとさえ思えないほど唾棄すべき言葉だったからだ。


「全くだな。妾はアレと同族だとハクアに思われていると思うと塵にしたくなる」


「あはは。そうっすね」


「全くじゃな」


 辛辣な言葉ではあるがそれもしょうがない。


 ただでさえここまで醜態続きの連中が、烏滸がましくも一番価値のある物を寄越せと要求するなど、ハクアの事をよく思っていない観衆達でさえ嫌悪する行為だ。


 言葉にこそしないが龍王までも圧を放ちその映像を眺めているのを見れば、それがどれほど恥じ入る行為か分かるだろう。


 ふとシーナが視線を向ければ、観客の中に可哀想になるほど青ざめているのが数人居る。

 恐らくは親、親類なのだろうが、これが終わった時どんな処分が下るのかと気が気ではないだろう。


「ムーもそう思───ムー? どうしたんっすか?」


 いつもならすぐに自分の言葉に賛同するム二に、同意を求めようとしたシーナ。だが、肝心のム二は一点を見詰めたまま動かない。


 そして───


「……シーナが居るの」


「は? 私? 何言ってんすか?」


 ムニの呟きに自分を指差し首を傾げる。しかしその言葉を発したムニは自分の事など全く見ていない。

 その視線の先を辿ればそこに居るのはやはりハクアだ。


 当然だろう。


 自分はここに居るし、今戦っているのはハクアだけ、当然その映像に映っているのはハクアしか有り得ないのだ。


 だが、改めて映像へ視線を向けた直後、シーナにもすぐにムニの言わんとする意味がわかった。


「うわっ……マジで私っす」


 驚きとある種の呆れ、そして圧倒的な愉快さを含ませながらシーナがそう呟いた。

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