第531話まだ越えられたら困るわね

 マナビーストが樹木人を出した事で加速度的に追い込まれていくハクア。


 だが、ハクアとてただ防戦一方という訳ではない。


 綱渡りのようなギリギリの戦いをしながらも、ハクアは正確にマナビーストを観察していく。


 そして思い至った一つの仮説。


 それはマナビーストが生み出した樹木人が手数を増やす目的だけではなく、感覚器もしくは情報を収集し送受信する役割を果たしているのではというものだ。


 そしてそのハクアの仮説は細部こそ違うが概ね正解だった。


 樹木人の役割は二つ。


 一つはハクアに対する手数を増やす為。

 ドラゴンよりも耐久力の低いハクアが相手ならば、樹木人の攻撃は十分致命になり得るからだ。


 そして二つ目が、ハクアが考えた通りハクアのデータをより正確に採取する為だ。

 ハクアを取り囲むように配置された樹木人は、あらゆる角度からハクアの動きを察知すると同時に、マナビーストへ情報を送り、瞬時に全ての樹木人へと情報が共有される。

 避ける動作、攻撃、防御、飛行から考えまで、その全てを詳らかにする樹木の檻。それが樹木人の本来の役割だ。


 今や完全に読み切られているハクアの行動は、指一本動かすだけで、樹木人全体が一つの意志の下群れのような動きでハクアに迫る。

 今はまだ緩急をつけ、見せていない手札を切る事で凌いでいるが、その手札も次第に数を減らしていく。

 一つ前に有効だった手段は次の時には通用しない。


 そして同時にハクアに打てる手は多くない。


 刻一刻とすり減っていく手札は、早々に決着を着けねば全てを出し切る方が早い。かなりのデータが出揃ってしまった今、どの手札を切ろうと現状維持が精一杯だ。

 しかしだからと言って、ハクアにマナビーストを倒しきる火力があるかと言われれば答えはノーだ。

 せめて攻撃に全てを集中すればなんとかなるが、マナビーストの素早い動きに当てるのも難しく、そもそもこの状況でやるには不可能だった。


 だからこそハクアが導き出した答えは、ハクアの中では至って正常な、それでいて異常な答え。


 それは───自分以外に成れば良い。


 そんなシンプルな答えだった。


「なんというか……見れば見るほどシーナとそっくり……いや、同じじゃな」


「うん。びっくりなの」


「いや、私が一番驚いてるっすよ?」


 映像の中のハクアはその姿こそハクアだが、重心、姿勢、動き出しのタイミング、動きの選択、その全てが一瞬前までとまるで違う。

 それはシーナが自分で観ていても全く同時に同じ行動を取る自分を幻視する程だ。


 シーナのスタイルは素早い動きと、手数が多く出が早い技を好んで使うスピードタイプ。

 何よりも加速という過程を排除した、ゼロからトップスピードへの動きが生み出す、理外の体術がシーナの最大の強みだ。


 そして何故かハクアもまた同じ動きをしている。


「しかもあれ、風ノ化身かのかみじゃないっすか!? なんでハクアが使ってるんすか!?」


 そうシーナと同じ動きを可能にしているハクアの動きの秘密こそ、風ノ化身にある。


 風ノ化身は風竜に伝わる秘技であり、基本の技だ。


 因みに風竜に風ノ化身があるように、地竜には地ノ化身ちのかみ、水竜には水ノ化身みのかみ、火竜には火ノ化身ひのかみが存在する。


 そしてこの風ノ化身は風のマナを体内に満たし、理外の動きと速度を手に入れる技であり、この技は奇しくもハクアが使っていた風縮と原理が似ている。

 風縮が風魔法を体外で発動し、その威力を推進力に変えるのに対し、風ノ化身は体内で魔法として発動される前の力を満たし、その力を推進力へと転化する技。


 しかしそれは竜の身体があってこそ出来る技でもある。


 だがハクアは、本来なら竜の身体の頑丈さがあって初めて成り立つこの技を、自身の身体&マナのコントロール技術と柔軟さで補い、無理矢理衝撃を逃がす事で成立させたのだ。


 しかしそのコントロールは風縮よりも桁違いに高く、それにプラスして風竜ならば考えなくても良い、身体コントロールの技術と柔軟さが求められ、失敗時のリスクも相応に高い。


 だが、それを補って余りある程の恩恵が風ノ化身にはある。


 風縮では一方向にしか移動出来なかったが、風ノ化身では全ての方向へと移動が出来、その瞬発力が繰り出す体術は、高速移動は元より文字通り数段上のアクションを可能にする。


 いきなりスピードの上がったハクアに対し、マナビーストも樹木人もそのスピードに翻弄される。

 意思無き本能の行動原理が、一瞬にして切り替わったハクアの動きを、全くの別人として捉え、情報を集積し始めたからだ。


 ハクアはその時間を使い、あらゆる角度から放たれる攻撃を潜り抜け、マナビーストへの対処を一旦諦め、樹木人へ狙いを定め三十五体の樹木人の内、十体を倒した。


 とはいえ、それを自身の動きに今まで取り入れなかった理由はすぐに現れる。


「「「あっ!?」」」


 その姿を見た全員の声が重なる。

 

 風ノ化身を使わなかった理由、それは簡単だ。

 長時間使うには、ハクアの身体が技について行く事が出来ないからだ。


 一瞬のコントロールの乱れにハクアが体勢を崩す。


 そして敵もその瞬間を見逃してくれる程甘くはない。


 ハクアが次に狙いを定めていた樹木人の腕が伸び、ハクアの心臓を貫こうと突き進む。


 だが───


 ドンッ!


 地鳴りを起こすかのように足を大地に突き立てたハクアは、体勢を崩した事をも逆手に取り、その勢いを利用して樹木人の伸ばした腕を打ち落とす。


「ッ!? 今度はムニっすか!?」


「ああ、そのようじゃな」


 ムニのスタイルは攻撃的なカウンタースタイル。相手の攻撃を打ち落とし、体勢を崩してカウンターを叩き込む。

 攻撃に近い打ち落としは、完全に入れば相手の武器や身体を壊しながら体勢を崩し、不可避の一撃となり、時間が経てば経つ程有利になる。


「やっぱり地ノ化身も使ってるの」


 そしてもちろんそれを可能にしているのは風竜の風ノ化身と同じ地ノ化身だ。


 瞬発力と高速移動を可能にする風ノ化身と違い、地ノ化身は自身の防御力を一時的に引き上げる事が出来る。


 防御関連とはとことん相性の悪いハクアは、攻撃を打ち落とす瞬間と仕掛ける瞬間に絞って発動する事で、シーナの時同様、ムニと同じ動きを実現していた。


 攻撃を次々に打ち落としていくハクア。


 地ノ化身があろうと、ハクアの防御力では本来不可能なそれを可能にしているのは、ハクアの先読みで攻撃の出を狙って潰しているからだ。


 トップスピードに乗る前、初速の段階で打ち落とされれば、どんな攻撃でもその威力を発揮しきる事は不可能だ。


 それをこの敵に囲まれた状態で行うハクアの、人外じみた読みの精度は、それを観た龍王達をも唸らせる。


 そして八体の樹木人を倒した頃、樹木人もハクアの動きに対応するスピードが次第に上がり、既に対処し始めていた。


 しかしハクアは打ち落としにくいよう地面からの攻撃と、浴びせるような攻撃にシフトした樹木人の攻撃を、今度は絡めと取りねじ切った。


「また変わったっす」


「今度は水龍王様なの」


 ムチのように襲い掛かる攻撃を、まるで別の意思があるかの如く動く両腕で絡め取り、時に体勢を崩し、時にねじ切り、時に投げる。


 変幻自在の動きでまたも敵を翻弄する。


「流石にまだアクアスウィードの域には達してないな」


「うふふ。まだ越えられたら困るわね」


 火龍王の言葉にニコリと微笑むが目が笑ってない。その笑顔にテアとソウ以外全員がブルリと震えるが特にコメントは言わない。沈黙は金なのだ。


 水ノ化身は他の技とは違い、身体能力を上げるものではない。その特性は可動域の拡張と、身体コントロール能力の上昇だ。


 身体に無数にある関節全てにマナを込め、靭帯や滑膜、軟骨の代わりを果たす事で可動域を広げ、自己治癒能力を高めながら、多少の無茶を可能にする事が出来る。


 想定外の動き、ともすれば自分達に近しい動きまでも可能にするハクアに、やっと動きに対応した樹木人はまたも対応を迫られ、そうこうしている内にその数を十二体にまで減らしていた。


 その間、ハクアに無視されていたマナビーストが何もしなかった訳ではない。

 しかし、突如として切り替わるハクアの動きに、獣の群れのような精巧な動きを見せていた樹木人の連携は乱れ、支援攻撃しか出来ないようハクアに戦場をコントロールされていた。


 そして遂にその時は訪れる。


 いつの間にかハクアの直線に誘導されていた樹木人達。


 その全てを吹き飛ばす火力はもちろん火ノ化身。

 火ノ化身は純粋な火力の上昇にある。スキル、魔法はもちろん身体的な攻撃力をも上げる事が可能だ。

 そしてハクアはその力をフルに使い、自身の直線上に誘導した樹木人へ【死蝕のブレス】を放ち、全ての敵を薙ぎ払った。


「うっわ。ブレスの放ち方がトリスそっくりっす」


「本当なの。あの容赦なく殺る感じがそっくりなの」


「お前ら……ん、ようやく来たようだな」


『ハクア待たせた!』


『おっ、ナイスタイミング』


 楽しそうに言うシーナとムニに反論しようとしたトリスだが、映像のハクアの元へ来た援軍に皮肉を吐く。


 どうやらあれからもまだアレコレと条件を付けていたようだ。


 こうしてようやく役者が出揃った事で第三ラウンドが始まった。

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