第526話この章入ってから新用語出過ぎなんだよ!?

「───ヤバっ!?」


「こっちだ人間!」


 混乱による思考の間隙、その隙間を狙い突如として襲い来る魔物。


 しかしその瞬間投げ掛けられた声に、思考よりも先に体が反応した。


 ユエの襟首を掴んだハクアは、自身の持つ最高速のスキルで声のした方へ飛び、なんとかその一撃を回避する。


「マジか!?」


 直後、破壊音に振り返るハクアが見たのは、絶対に壊れないと思っていた、ボス部屋へと続く扉がひしゃげた光景だった。


 ハクアも何度か破壊を試みたボス部屋の扉、結局傷一つ付ける事が出来なかったハクアに対し、牡鹿は見事に破壊してみせたのだ。


 その光景をそんな場合ではないと思いつつも、やはり心の何処かで私傷一つ付けられなかったのに……と、思わずにはいられないハクア。

 傍目からは分からないがかなりテンパリ中らしい。


「あれなに!?」


「あれはマナビーストだ」


 声の元へ辿り着いた瞬間、誰かも確認せずに叫んだハクアに明確な答えが返ってきた。


「マナビースト? ここに来て新用語とか止めて欲しいんですけど、この章入ってから新用語出過ぎなんだよ!?」


「何を言ってるんだお前は?」


 ハクアに問いに答えたのは、水色の髪をしたハクアと同じ年頃に見える水竜の少女。

 わりとおっとりとしたイメージの多い水竜の中では珍しい勝ち気な印象。

 肩の辺りで揃えた髪をポニーテール気味に結った、ファンタジー系ゲームの装備にありそうな和装をしている。

 赤の袴とホルターネックのインナーの上に、自身の鱗で作ったであろうベストのような胸当て、両手に光るガントレットもハクアの好みだ。


 そしてハクアにはこの水竜に見覚えがあった。


 何故なら彼女はドラゴン達の中で数人いた、抜きん出た実力の持ち主の一人だったからだ。

 実力こそあるが、評価を上げようと敵の中に突っ込む奴が多い中、それ以外の奴を上手く纏めて指揮していた。


 他にも数人、高い実力を持ちながらビクビクしてる気弱そうな風竜や、なかなか動かないが動いた時には良い働きをする職人のような地竜、実力ありそうだがいけ好かない馬鹿も数人いたが、ハクアの中では彼女の存在が一番印象に残っていた。


 そんな彼女が言うにはマナビーストとはモンスターとはまた違うものらしい。


 モンスターと違い、普通の動物が高濃度のマナをなんらかの形で宿し、適応する事で力を得た生物。それが今ハクアの目の前に居るマナビーストなのだそうだ。

 しかもマナビーストは、マナそのものが力を振るう形を得たようなもの、その力はドラゴンをも凌駕する個体も居るらしい。


「そんな危ないもんがまだ居たのかこの世界!」


「ああ、だが、本来マナビーストはこちらが手を出さなければ温厚な生き物だ!」


「どう見ても温厚なんて言葉に当てはまらないんですけど!?」


 水竜の少女の言葉に思わずツッコミを入れるがしょうがない。


 今こうして話している最中も、ハクア達は必死に攻撃を避けているのだ。そんな中で本来は温厚などと言われても、初見のハクアからすればまさしく話が違うと言いたくもなるだろう。


 だが、ハクアのその疑問にも水竜の少女が明確な答えを投げて寄こした。


「ああ、だから奴は今暴走してる状態だ!」


 先ほど説明があった通り、マナビーストとは生物がなんらかの形で高濃度のマナを宿した生物だ。


 だが、当然高濃度のマナにただの動物が耐えられるわけがない。


 多くの生物は高濃度のマナに耐えきれず、マナに耐えきれなかった身体からマナが溢れ出し、いずれマナへと帰って行く。

 そうした淘汰の中、ごく一部のマナに耐えきれた生物だけがマナビーストへと変貌するのだ。


 しかしここにもまたふるいがある。


 マナビーストへと変じた生物は、強大な力を手に入れる代わりに、その高濃度のマナの場から動かない守護者のような立場になる。

 そして、大地からマナを受け取り大地へと返す役割も持っている。そうする事で土地が高濃度のマナを循環させ、土地を活性化させる一種の制御装置の役割も果たしているのだ。


 だが、いくらマナビーストへと変じたとはいえ、常に強大な力であるマナを受け止める事は至難だ。

 そうした場合、多くはマナへと帰り、新たなマナビーストが長い時間をかけて生まれるのだが、時折例外が生まれる。


 それが今ハクア達の目の前にいるマナビーストの状態、つまり暴走だ。


 怪我、寿命、限界、なんらかの影響で異常を来たした個体が、体内のマナを暴走させた状態。

 その状態になると普段抑えられているマナが溢れ出し、ただでさえ厄介な強大な力が更に強大になり、死ぬまで暴れ回る一種の厄災となる。


 過去にはマナビーストを神の使いと崇めていた種族が、マナビーストの暴走で一夜にして滅びたり、一国が崩壊するほどの大惨事になる事もあった。


「まじクソだなこの世界!? 難易度の調整ミスってるでしょ!?」


 説明を聞いたハクアがユエを背負いながら必死に避けつつ吠える。


 因みに背中に背負われたユエさんは、上機嫌な上に何やらフスフス聞こえるが、きっと気にしてはいけないハクアさんである。


 そう! 今はそんな場合ではないのだ!


「他の奴は?」


「私以外はほとんど動けない奴ばかりだ」


「なんで!?」


 私よりも強い奴らが集まってたはずだろ? と、視線で訴えるハクアにバツが悪そうに少女が答える。


「それは───」

 ▼▼▼▼▼▼▼

 ハクアとユエに先を越されたドラゴン達は、皆ほとんどが悪態を吐きながらイラついていた。


 そんな中で水竜の少女だけは一人納得の色が濃かった。


 それと言うのも、自分達が休憩をしている時折だけは不自然なほど敵が来なかったからだ。


 その理由が後ろから来たであろうあの少女にあるとすれば、全ての事に納得が行く。


 つまり自分達は知らず守られていた。


 その考えに至った今となっては、むしろ譲る事が当然だとさえ思っていたのだ。


 そうして怒り狂うメンバーに少女は、ハクア達の攻略が終わったら自分達がやれば良いとだけ告げ、自身の疲弊した体力の回復に努めた。


 慣れない指揮と集団戦、突撃だけ繰り返す仲間に、自分でも驚くほど疲弊していたと今になってわかった。


 先まではこのすぐ後にボス戦があるとという事実に、疲労を自覚すら出来ていなかったのだろう。

 このままボス戦に挑めばもしかしたら、負けはしないが大きな怪我を負う奴がいたかもしれない。そう思えばこの不意に訪れた休息も悪くはなかった。


 そうして各々に休息を挟んでいた最中、物音に気が付き誰かがそちらに視線を向けた。


「おい、あれはなんだ?」


 その声に何人かが反応しそちらを見る。


 そして自分達がやってきた方向から来たそれと目が合ったその瞬間、感じた事もない恐怖が襲いかかって来た。


 一瞬にして全員が戦闘態勢に入ったのは流石の一言だ。


 しかし、それでもまだそれに対する反応としては足りなかった。


 戦闘態勢に入った次の瞬間、少女は風を感じた。


 それが自分の横を通り過ぎた時に起こった風だと理解したのは、突進に仲間が吹き飛ばされた後だった。


「こいつ、マナビーストだ!」


「殺せ!」


 アカルフェル一派のリーダー格だった男が叫ぶ、同じように固まっていた全員がその言葉に動き出す。


「待ちなさい!」


 少女が叫ぶが、一瞬にして沸騰した頭にその言葉は届かない。

 次の瞬間、取り囲んでマナビーストへと攻撃を仕掛けていた全員が、マナビーストから生えた木の枝に突き刺された。


「クソ! フィード! アルム! まずはあいつらを回収して態勢を整える! 他の全員もまずは防御に専念!」


「応!」


「わ、わかった」


 この中で頼りになる二人に指示を出した少女は、怪我人の救出に向かった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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