第527話気に食わない

「───と、言う訳だ」


「長い! 簡潔に!」


「馬鹿どもが特攻して返り討ちにあった。他の動ける奴はそいつらを守るので精一杯、こっちに人数を割く余裕がない!」


「そりゃどうも! 絶望的だね!」


「ああ、本当にな!」


 長々と語った結果、二行くらいで終わった説明に投げやりに応えると、相手もまた投げやりな返答で返してきた。


 いきなり極まってんなぁ。と思いつつ、ハクアの事を地面から刺し貫かんとする木の枝を避ける。


 んっ? 今の動き。


 先程から続くマナビーストの攻撃は四種類にわけられる。


 一つは突進。


 地面から木の根を伸ばす刺突。


 角の間から放出される雷のような光線。


 前両足を地面に叩き付け地面を揺らすスタンプ攻撃。


 そのどれもが異様に早く、威力があるため近付き辛い。

 しかも地面からの刺突攻撃に至っては予兆が分かりずらく、文字通り枝分かれする木の根がより攻撃を避け難くさせていた。

 そしてそんな中でごくごく僅かな違和感を感じながらハクアは攻撃を避け続ける。


 なるほどね。さーて、どうすっかぁ。


 幾度かの行動で違和感の正体を悟り、ユエを背負いながら現状から抜け出す手段、対処する方法の両面から思考を巡らせる。


 だが、そんなハクアへ思いもよらない言葉がかけられた。


「おい、人間!」


「なに?」


「早くこの場から離脱しろ!」


「……はっ? 逃げていいの?」


 むしろお前が特攻しろぐらい言われると思っていたハクアは、その言葉の意味を理解して思わず聞き返す。


「当たり前だ。あれはどう考えてもお前には対処出来ない。なら、気に入らなくてもお前は龍神様や水龍王様の客人、ここから生きて帰すのが私達のすべき事だ」


「そっか。そっかぁ」


 この里の中では味方など普段から絡んでるミコト達だけだと思っていたハクアは、味方とまでは言えなくとも敵対もせず、むしろ守るべきものだと言われて思わず笑いが溢れる。


「何を笑っている」


「ねえ、あんたの名前は?」


 訝しみながら問うその言葉に、ハクアが返したのは質問だった。


「そんな事を───」


 言ってる場合ではない。


 そう言葉にしようとした水竜の少女は、しかしハクアの顔を見てその言葉を吐き出す事が出来ない。


 有無を言わせぬ何かがハクアの眼にあったからだ。


「アトゥイだ」


 得体の知れない感覚。今までの生で感じた事のない感覚を味わいながら、口にしたのはハクアの問い掛けへの答え。


 言葉にした瞬間、口を押さえたアトゥイは、言わされた事に少なからず動揺する。


「アトゥイ。アトゥイね」


 だが、当のハクアはそんな事を微塵も気にせず、水竜の少女───アトゥイの名前を口の中で転がす。


 そして───


「アトゥイ。協力して奴を倒すよ」


「なっ!?」


 自分よりも格上の相手。絶対的な力を持つ敵を前に、アトゥイですら倒すなど口に出来ないでいた。それを唯一なんとか逃がそうとした相手、ハクアが事も無げに口にする。

 ハクアを逃がす事くらいしか出来ずに終わるだろう。そう考え、諦めに似た感情を抱きながら闘っていた自分、そんな自分を恥ながらそれでもハクアに反論する。


「奴を倒すと簡単に言うが策はあるのか?」


「ない!」


「……お前」


 少し前に恥じ入った自分を恨みながらハクアを睨み付ける。


 だが、当の本人はさして気にしせず言葉を続ける。


「私はアトゥイ達の実力はここで見た以上の事を知らない。その上マナビーストについては今聞いたばかり。それで策があるって言っても説得力がないだろ」


「それは───」


「それに、アトゥイは必勝の策があって確実に勝てる戦いしかしたくない賢者か? それとも私と同じように一欠片の勝利に全部を捧げるバカな愚者どっちかな?」


 安い挑発だ。


 ハクアの言葉を聞いたアトゥイの率直な感想はそれだった。


 安い挑発、こんな挑発に乗るバカがいる訳がない。


 一見すれば相手を侮る。馬鹿にする物言いだ。


 だが、これが、この言葉が、本当にそんな意味ではないという事を、他ならぬハクア目が語っている。


 お前はそんな奴じゃないだろう?


 ハクアの顔にあざけりはなく、ハクアの瞳がアトゥイを射抜き訴えかける。

 安い挑発───だが、アトゥイの中に熱いものが込み上げる。


 ああ、全く気に食わない。それがアトゥイの頭に浮かんだ素直な言葉だ。


 思えば最初にハクアの話を聞いた時から、アトゥイはハクアの事が気に食わなかった。

 里に着くなり龍神との拝謁はいえつたまわり、水龍王であるアクアスウィードには自ら弟子として育てると言わしめた。


 それがどれほどこの里の住人が望むも地位なのか。


 水龍王を含めた各龍王に教えを受けるのは、里に住む若い竜達にとって最大級の栄誉であり、憧れだ。

 特に水龍王は、現龍王達ですら頭が上がらない強者であり、同時に現龍王を育て上げた指導者でもある。

 更に水龍王が指導するのは、龍王並の実力と才能がある者だけと言われているのだ。


 それをぽっと出の、竜族ですらない者に奪われればいい気はしないのは当たり前のことだ。


 それは普段から自分を律し、厳しい修行を重ねるアトゥイにとっても同じ事、いや、そんなアトゥイだからこそ、ハクアという存在は許容出来るものではなかった。


 それほどにハクアの地位や立場は、里に住む若い竜達を刺激するものだったのだ。


 まあ、本人がそれを聞けば、勝手に巻き込まれただけなんですけど!? と、反論するだろうが、生憎ハクアにその機会は訪れない。南無……。


 だが、そうは思っていてもアトゥイがハクアと関わることなどなかった。

 

 ハクア自身はあまり意識していないが、ミコトや龍王、シーナ達すらも里の中ではかなり上位に入る存在。

 そんな存在に囲まれているハクアは、アトゥイのような一介の存在では関わる事もない。


 そんなハクアとこの試練で関わる事を知ったアトゥイは、さして気にもしない風を装いながらも、内心では様々な感情が渦巻いていた。


 聞こえてくる噂は嘘のようなものばかり。


 あのアカルフェルに喧嘩を売っただの、試練のダンジョンをたった数時間で踏破しただの、火竜全員に喧嘩を売っただの。


 とてもではないが弱者の行為ではないそれらの噂。


 だからこそ、否定したい気持ちと同じくらい会ってみたいと、相反する気持ちを抱いていた。


 だが、そんな思いもハクアが試練に現れなかった事で消え去った。


 そうして試練が始まり、突撃しか考えない馬鹿共をなんとか補助し、ボス部屋の前でその時は訪れた。


 自然な姿だった。


 あまりにも普通、あまりにも当たり前に現れ、声をかけられた事で一瞬隙が生まれた。その一瞬で全員を抜き去り、あっという間にボス部屋へと入っていくハクアの姿。


 その姿を見た時、ここまで感じていた違和感の正体を悟り、知らない強さ、知らない力を目の当たりにしたアトゥイの心は浮き立った。


 そんな自分の心を掻き立てるハクアが目の前で自分を挑発する。


 ───こんな安い挑発に乗る自分が居るとは思わなかった。


 本当に気に食わない。


 こんな言葉で───こんな挑発で気持ちが変わる自分自身に腹が立つ。


 不思議な感覚、沸き立つような感情が、先程まで諦めかけていた自分を嘘のように霧散させる。


「全く……気に食わない奴だ」


 含めるよう呟くアトゥイ。


 だが、その顔にさっきまでの悲壮感はなく、獰猛な笑みを浮かぶ。


「途中で音を上げるなよハクア・・・!」


「それはこっちの台詞だよアトゥイ!」


 交わる事がなかった二人は、共通の敵を前に今交わった。

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