第500話やりきったぜ

 うん。もう大丈夫そうだな。


 顔を上げしっかりと私を見ながら頷いたレリウスに、そう判断を下す私。


 その目はさっきほどまでの、何もかも諦めたような目ではなく、闘志が満ちているように見える。


 別に私が何か言わなくても立ち直れただろうし、私の言葉で立ち直った訳じゃないだろうが、それでもその手助けが出来たのなら上々だろう。


 しっかし、どうすっぺ?


 レリウスは大丈夫。しかし私は全く大丈夫じゃない。


 コロシアムのような円形状の段差に腰掛けて観戦出来る会場は、見世物の舞台らしく真ん中の広場を観やすい形状になっている。

 しかし今や観客の視線は、広場ではなくそのすぐ端っこに居る私に集まっている。

 今も突き刺さんばかりに向けられる敵意のこもった視線に、溢れんばかりの……いや、もう既にちょっと溢れ出してる殺気。


 竜族本当に短気過ぎねぇ? 煽り耐性低すぎんだよなぁ。やれやれ、まさかあそこまで響くとはなぁ。びっくりだわ。


 レリウスの戦闘方法を見た観客たちが、またくだらない事で騒ぎ始めて思わず放った一言。

 呟く程の大きさだったはずのその言葉は、何故か会場中の視線を集める程の、絶大な効果をもたらした。


 いや、本当になんであんな声量の声が、反対側の客席の奴にまで届くのよ? 耳良すぎだろうよ。


 しかも一回注目されたら誰も視線逸らさずにじっと見るから、もう吹っ切って前に出るしかなかったんだよ。

 その他大勢の視線は逸らして貰えなかったけど、ミコト達からは目を逸らされたし……解せぬ。


 まあ、どうせ取り繕えないから、周りガン無視して言いたい事言ったのは良いが、空気がすげぇなおい。


 そんな殺気渦巻く空気の中を、私はゆったりと元の場所へと戻っていく。そう……ゆったりとだ。


 ここで急いではいけない。


 なぜなら私は今、猛獣すらも子猫に見えるドラゴン共のど真ん中に居るのだ。

 もしここで言いたい事を言ってそそくさと帰っていけば、逆上したバカが一人、二人は出て来るはずだ。

 そうなればそこを皮切りに、どいつもこいつも怒りに任せて襲いかかってくる恐れがある。


 だからこそ私が今すべき事は、ゆったりと余裕ですが何か? みたいな感じに、なるべく早く元の場所へと戻っていくことなのだ!


 そして忘れてはならならいのが、殺気剥き出しのドラゴンに囲まれてもビビらずに、私の後ろには龍神や水龍王付いてますよという、大物バックに控えてます感を出す事。


 これが意外と難しい。


 ビビって足早になっても、ビクビクと恐る恐る歩いてもダメ。かといって無駄に堂々と歩いてもこれまた反感を更に買う。

 この絶妙に普段の感じを演出してこそ効果があるのだ。


 こうする事でギリギリの緊張感をお互いに醸しながら、なんとか爆発せずにやり過ごすことが出来るの。


 これぞ虎の威を借る狐ならぬ、ドラゴンの威を借るゴブリンさんなんだよ。……うわ、小物感がすげぇ。鼻息だけでも殺されそう。


 ふぅ、元の場所まで遠いぜ。


 内心の緊張感などおくびにも出さず、それでも分からない程度に必死に足を送り出し、バレない程度に小ダッシュする。


 そんな甲斐もあってなんとか元の場所へと無事に戻ってきた私。


 やりきったぜ。


「ふぅ、到着。殺されるかと思った」


「いやいや、そこまでの覚悟で言う事じゃなかったの」


「流石ハクアっすね。私なら絶対無理っす」


「ハクア……」


「いやミコトよ、別にコメントは求めてないから何もかも言わなくていいんだよ? 私だってちょっとは反省したとかしないとかって、巷で噂なんだから?」


「……噂レベル。しかもそれすら曖昧」


 だって私はそれ以上黙して語らずだから、真相は闇の中だしね。

 ジト目を向けてくる辺りミコトもだいぶ私に慣れてきたようだ。うん、しかしなんで私に慣れてくると皆、ジト目を向けてくる率が高いのだろうか?


「しっかしまあ、盛大に喧嘩売ったっすね。めちゃくちゃ睨んでるっすよ」


「全く、困っちゃうよね。もうちょっと雄大な心を持って欲しいものですよ」


「結構我慢してる方だと思うの。飛び出してきそうなのは一部だけなの」


「いや、一部だけでも飛び出して来たら私程度サックリ殺されるんですが?」


「……なんでそんなの相手にあそこまで煽れるんじゃ」


「それはほら、ノリ?」


「ノリっすか!?」


 いやいや、だって最初の一言の段階でもうボルテージ上がりまくってたし、それならそこから先はサックリ殺されるか、オマエアタママルカジリとかになるかの差でしかない。

 だったら私の精神衛生上言いたい事を言いまくった方が得なんだよ?


「何があるか分からぬから、わしからあまり離れん方が良いぞハクア。……マジで」


「大丈夫。ほとぼり冷めるまで、靴の裏に付いたガム並に権力者シールドにこびり付く所存」


「なんか分からんが執拗そうなのはわかったのじゃ」


「いっそ清々しいの」


「実際危なそうっすからね」


「まあ、殺気を剥き出しにしてる若い血気盛んな奴らなら、ハクアはなんとか出来そうな気もするが、用心に越したことはないじゃろ」


「いやいや、若いからって何しても許される訳じゃないからね?」


 その最終的な結果は私の死なのだから。


「そこは若いから許してあげて欲しいの。その代わりムー達もハクアの事守るから」


「そっすね。まあ、実際やり合ったらどっちの事を守る羽目になるのかは分からないっすけど」


「でも若いったって50やそこらは生きてんだろ? こちとらまだ1歳やぞ」


「「「えっ?」」」


 いや、驚かれても。


「ハクアそんな豆粒だったんすか!?」


「豆粒言うなや!?」


「いや、じゃが、1歳ってマジ?」


「うむ。この世界に転生してからならまだ一周年にも満たないよ? なんなら前世合わせても20もいかないからな?」


「ハクアなら百年、二百年は生きてると思ってたの」


「そこまで生きてたら人間じゃないからね!?」


「流石にムー程とは言わぬが、わしも結構生きてると思ってたぞ? そうでなければどうして竜相手にあんな態度が取れると思う?」


「……うん。私は悪くない」


 きっとドラゴン共がツッコミ所満載なのがいけないのだ。つまり全てはドラゴンのせい。


「……ハクア」


 そんな風に皆でやいやい失礼な事を話していると、今まで黙っていたトリスが不意に私に話し掛ける。


 そのトリスにしては大人しい声音になんだ? と思いながら振り向くと、これまたいつも尊大なドラゴン様という感じのトリスが、神妙な顔をして頭を下げた。


「何事!?」


 突然の奇行に思わず声が上擦る。


 だってしょうがないだろう。


 あのトリスが他ならぬ私に頭を下げるんだぞ? これがおばあちゃんとかミコト、百歩譲ってシーナやムニなら有り得るかもしれないが、それが私にとなれば警戒するのが当然と言うものだ。


「ありがとう」


「何がですか!?」


 えっ、怖い! いきなり頭下げてお礼言うとか、もう用無しって殺されるんと違う?


「お前のおかげで、ここ最近はずっと暗い顔しかしていなかったレリウスが昔の顔に戻った。それは……どうやっても妾には出来なかったことだ」


 独白のように、どこか寂しさを滲ませながら言うトリス。


「トリス……」


 そんな彼女に私が言える言葉は──。


「いやいや、前までの尊大なドラゴン風の状態だったらまだしも、今のお腹ペッコり姫なブラコンなんて属性付いてからデレられてもォォアオオォォ! 頭が頭が割れるぅーーー!!」


「ああそうだな。貴様のような奴にこんな礼を述べる必要は何処にも無かったな」


「ごめん! 冗談! それとお礼を言うのにどんな人間かは関係なあぁぁあ! すいませんでしたーー!」


「なんで素直に礼を受け取れないっすかね?」


「ハクア……ある意味尊敬するの」


「確かになのじゃ」


 そんなん言ってないで助けてくれません!?

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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