第499話お前の勝利を持って来い
中央の舞台を囲む円形の客席からの突き刺さるよな無数の視線。
失望の声と罵声に耳を塞ぎたくなる。
火竜の戦いに相応しくない。
火龍王の息子なのに。
トリス様の弟なのに。
そんな言葉が次々に浴びせられる。
やっぱりダメだった。
心を満たすのは何時もの思考。
何をやっても、どうしても誰にも認められなかった。
いつか出来る。
そんな言葉にすがって、しがみついて、結局は何も得られなかった。
この一週間の特訓も結局は無意味。
褒められたかったわけじゃない。
認められたかったわけじゃない。
僕はただ──。
「ガタガタガタガタとうるせぇ爬虫類共だな」
思考を閉ざそうとした僕の耳に、大きくはないはずのそんな声が響く。
それはこの会場にいる全ての者達にも同じだったようだ。
その声を発した人物、ハクアに全ての視線が集中する。
だが、この場で誰もよりも弱いはずの彼女は、その視線も向けられた敵意も意に返す事なく、こちらにゆっくり近づいて来る。
「何をいちいちこんな奴らの言葉に揺さぶられてやがる」
今度は堂々と言ってのけるハクアに、俯きかけた顔を上げる。
なんで彼女はこんなにも強いのだろう?
堂々と臆すること無く階段を降りる彼女を眺めながら考える。
最初はただの興味。
水龍王様から仰せつかった任務を終え、姉上が客人を連れ帰って来た。
その噂は即座に里に広まり、自分だけでなく誰もが興味を持った。
それは当たり前だ。
ただでさえ人を招く事がない里への客人。しかもそれを水龍王様が、わざわざ姉上に頼んでまで連れてきたのだ。それで噂にならない理由がない。
そうして連れられて来たハクア達は、とてもではないがそんな大層な客人には思えないような人物だった。
弱々しい肉体はこの里の非戦闘員を除けばほぼ最弱、しかもそれが竜族ですらないただの鬼族だという事もまた、即座に里の中に広まった。
だからだろう。当初は誰もがハクアが連れられて来た理由を、世界の均衡を乱す大罪人と考えた。
まあそれは、最初に牢屋に入れられたのが一番の原因だと思うが。
だがその後の出来事は、自分も、そして誰もが耳を疑うような事だった。
だってそうだろう?
皆が大罪人だと思っていた人間を、水龍王様が自らわざわざ牢屋まで足を運び、里の重鎮や龍王まで全員を招集し出迎えた。
しかもハクアはその場で水龍王様に感謝の意を示され、水龍王様は自らハクアの師として名乗り出たのだ。
水龍王様の指導を直接受ける事が出来るのは、姉上を含めた僅か数名のみ。
それほど水龍王様から直接指導を受けるのは、竜族にとって誉れなのだ。
そこに来て龍神様とも対等に言葉を交わし、御自身からハクアの事を客人と全員に宣言までなさった。
それが如何に有り得ない事か。
同じ竜族とはいえ、龍神様と言葉を交わす事が赦されるのは、里全体でもほんのひと握りの者達だけ。
そんな龍神様にこのように認められる。それは同じ竜族ですらないハクアの、この噂が里に広まる早さを考えれば十分理解出来るだろう。
そのハクアが何か行動を起こせば当然のように話題に上がる。
しかもそれがあのアカルフェルと一戦交え生き残り、ミコト様とまで交流を始め、友のように振る舞うなどと、ここ数日で何度里の者が耳を疑う事になったか。
そしてあの日僕は姉上に誘われ初めてハクアと会った。
正直な感想を言えばあの噂の数々の人間だとはとても思えない。それが正直な感想だった。
僕ではどう足掻いても勝てないアカルフェルと戦い、生き残ったなどとはとても思えない華奢な身体。
取るに足らない力しか持たないのに、どうして四龍王様や龍神様に認められたと言うのか。
所詮は噂。
そんな僕のごく当たり前な感想はすぐ一気に吹き飛ばされる事になった。
今まで何十、何百という者が挑んだ試練のダンジョン。
姉上達ですら何度も挑む事でクリアしたダンジョンを、次々に有り得ない方法で踏破していったハクア。
そしてあの最後の戦い。
僕では……いや、姉上達ですら数度の攻防で切り刻まれそうな剣戟の嵐。
そんな攻撃を紙一重で避け続ける綱渡りの攻防の末、なんとか勝利を掴んだハクアを見たあの瞬間、僕の中で言いようのないモヤモヤした物を感じた。
それからというもの、モヤモヤとした物を抱えながら、より一層修行に打ち込んだ。
だが、それでもそのモヤモヤとした物は一向に晴れる気配がなかった。
そんな時だ。
いつの間にか僕の訓練を見ていたハクアに、訓練がどう映ったのか聞いてみた。
別に何かを期待した訳でもなければ、答えを望んでいた訳でもない。
しかしハクアは事も無げに向いていない。と、ハッキリと言い放った。
本当なら怒る所であろうその言葉は、何故だがストンと胸に落ちた気がした。
そして何故だか知らないが、気が付けば僕は長年抱えていた物をハクアに吐露していた。
それは姉上はおろか誰にも話した事のない思い。
何故それをハクアに話したのかは分からない。けれど一度堰を切って溢れ出た言葉は止まる事はなかった。
そしてハクアは言った。
「お前を馬鹿にした奴らあっと言わせようぜ」
その言葉と共に差し出された手を振り払う選択肢は、僕の中には無かった。
一週間の短い修行。
しかし、それはとても充実した内容だった。
考えた事も無い戦闘方法に、新しい技術。
その全てが自分の血肉になる感覚は、自分を高めていると実感出来た。
だからこそ僕はこの試合で証明したかった。
予選を勝ち抜いたベスト30の本戦。
その中でギリギリ滑り込んだ程度の実力の僕。
そんな僕が勝つ事で──そんな風に考えていた。
そして始まった僕の一試合目。
相手は一度も勝った事がない相手。
何時も僕を嘲笑う三人組の内の一人、ガーヴィル。
戦闘開始と共に真正面から突っ込んで、防御を考えない圧倒的な速度で攻撃を繰り出すスタイルのガーヴィル。
いつもはそれに付き合う形で応戦するが、今回は受けに回り攻撃を避けては受け流し隙を探る。
冷静に観察すれば怒涛のように感じていたその攻撃は、ハクアや姉上達に比べれば十分に捌ける程度の物。
そうやって落ち着いて対処した結果、僕はこれまでが嘘のように簡単にガーヴィルを倒す事が出来た。
だけど……それはやはり受け入れられる事はなかった。
「いつまで俯いてんだよ」
だって、あんなに皆に助けて貰ってこんな結果になれば合わせる顔がないじゃないか。
「お前は本当にこんな馬鹿共が言う通り恥じる戦いをしたと思ってんのか?」
そうじゃなければこんなに言われる理由が無い。
「違うだろ。お前は何も恥じる事なんざしてねぇんだよ。何度も言ったように、本気で勝負をする以上、自分の持つ全部を使わない方がよっぽど恥だ」
ハクアに罵声が飛び交うが、彼女はそんな事など意に介さずに言葉を続ける。
「自分の持てる全部を使って勝つ事の何が悪い。火竜に相応しくない戦い方とかそんなもんは関係ねぇ」
「でも……僕は火龍王の息子で、姉上の弟なんだ」
「だからそれがどうしたんだよ!」
絞り出すように出した僕の言葉。
そんな言葉に被せるようにハクアが叫ぶ。
「お前は誰だ。火龍王のオッサンでもなければトリスでもない! お前はお前だろ! それなのになんでそんな肩書きで、お前の可能性を見ない振りしなきゃ駄目なんだよ!」
それはずっと僕が欲しかった言葉。
「ここにいるただ文句を言うだけの奴らも、お前を馬鹿にした奴らも関係ない! 何を言われようがお前はお前自身の考えで戦えばいいんだ」
僕はずっと火龍王の息子で姉上の弟。それだけの記号で見られる何者にもなれなかっただった。
だから誰からも僕を見てもらえていないと思っていた。
「いいかよく聞けよレリウス。ここに居る奴らは、お前という飛びっきりの原石を磨けなかった馬鹿共だ。だからそんな奴らの言葉を気にする必要なんてねぇ」
ああ、彼女は本当に強い。
「お前はお前のまま、実力でこいつらに分からせれば良いんだよ。お前の強さが本物だと、お前を見捨てようとした奴らが、指導者として無能だったって事を」
周りの事を気にもしない。
「そんで私がこいつらよりも優秀だったって証明してみせろ。お前の強さを見せ付けて、お前の力で魅せてやれ」
弱くても堂々と、今も僕を引っ張りあげようとする。
「私もトリス達もお前なら勝てるって信じてる。だから、その他大勢の事なんざ無視して思いっきり暴れてやれ」
こんなにも奮い立たされたらもう嫌だとは言えないじゃないか。
「私らにお前の勝利を持って来い」
もう、周りの声は聞こえない。気にならない。
僕は顔を上げ、ハクアに向かってしっかりと頷いた。
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お読みいただきありがとうございました。
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