第490話休憩もナシかよ……

 突如として雄叫びを上げた血戦鬼は、周囲に漂う力を口から取り込み、その力を全て自身の身体に圧縮してみせた。

 その結果、ハクアの胴程もあった四肢を含めた身体全てが半分ほどの太さに変化した。


 だからと言って弱くなったと思えるかと言えばそんな訳が無い。


 むしろハクアは今までよりも更に力が研ぎ澄まされ、全身に満ち溢れていると感じた。


 そんな血戦鬼がゆったりとした動きで刀に手を掛けた。


光芒こうぼう


 今までとは違う明確な音声として発した言葉を耳にした瞬間、意志とは関係無く体が反応したハクアの左腕に激痛が走り、血飛沫が派手に舞い散る。


 その光景をスローモーションのように感じながら、血戦鬼の行動がゆったりと見えたのではなく、あまりの洗練された動きに反応が出来なかったのだとハクアは理解する。


 今までのステータスによる力押しとは違う、スキルを用いた攻撃と明確な言葉、その二つにハクアは血戦鬼から収集したデータを全て上方修正する。


誅鬼乱雲せきらんうん


 血戦鬼がそう呟くと身体から紅いオーラが溢れ、オーラは紅い雲となり、部屋を満たす形で形成された。


 この時になってハクアは遅まきながら鬼神の言葉を思い出した。


 ──術士タイプなら二本の角・・・・が生える筈だ。


 今までの戦闘とあまりにも苛烈な攻撃に、対処するだけでいっぱいいっぱいだったハクアは、その言葉がスッポリと抜け落ちていたが、突如として現れた雲を見て記憶が無理矢理掘り起こされる。


 コイツ術士タイプ!? やばい!!


 そう感じたハクアは少しでもその雲から距離を取ろうと、血戦鬼を警戒しながらも全力でその場から離脱を試みる。


 しかし──


鬼離雨きりさめ


 言葉に反応した雲から紅いオーラが雨となってハクアに降り掛かる。


「チッ!?」


 見た目の凶悪さほど威力は無い。

 そう判断したハクアは【結界】を使い雨を避ける。しかし一つ一つは威力が低いが、それでもハクアの身体を切り裂くには十分な威力を誇っている。

 何よりもこの物量は脅威の一言でしかない。


 そして何よりも厄介なのが──


「クッソッ!? お構い無しかよ!」


 ハクアにとって脅威となる紅い雨。その雨をものともせず突撃してくる血戦鬼の存在だ。


 ハクアの肌を切り裂く雨も、血戦鬼の肌には傷一つ付ける事は無い。


 降りしきる雨の中を縦横無尽に移動する血戦鬼。


 豪雨とも言えるような紅い雨の中、ただでさえ速度の上がった戦闘は、既にハクアの眼を以てしても攻撃の全てが見える訳ではない。

 だが、ハクアは血戦鬼の僅かな力の流れを感じ取り、眼で捉えきれない動きを補足して動く術をここに来て会得しつつある。

 しかしそんなハクアを嘲笑うように、紅い雨は血戦鬼の姿を見失わせ、攻撃の出処を覆い隠しハクアを翻弄する。


【結界】を傘のように頭上に展開したまま避け続けるハクアに斬撃が襲い掛かる。

 左からの斬撃を屈んで避けると、後を追うように横向きの変則的なV字を画くように、屈んだハクアを斬撃が追従する。


「フッ!」


 迫る刃に肘を落とし、上から叩き付ける事で軌道を変え、軌道を変えた事で生じた受け切れないエネルギーの反動を利用し、血戦鬼の鳩尾にこの戦闘が始まって初となる強烈な一撃を食らわせる。


 その威力に二本線の跡を残しながら吹き飛ぶ血戦鬼。


 ここで初めてハクアは攻勢に出る。


「ラァ!」


 武技のような大技は使わない、身体能力で繰り出す回転重視のラッシュ。

 的確に血戦鬼の急所や、関節の継ぎ目を狙い放たれる攻撃に、さしもの血戦鬼も防御を余儀なくされる。


 出を潰し、初速に乗せない事で攻撃のスピードを下げる。


 そうする事でようやくこの雨の中でも、ハクアの眼に捉え切れるギリギリの速度に攻撃が落ちる。


 だが


赤鬼雷せきらい


「……あっ……がっ!? あああぁぁあ!!」


 声に反応した雲から赤い雷が迸りハクアを襲う。


【結界】のおかげで威力はだいぶ下がったが、それでもハクアの意識を一瞬奪うには十分な威力。

 その一瞬の間にハクアの体は紅い雨に打たれ血に染り、【結界】を張り直す間もなく血戦鬼の攻撃が、雷に打たれ体が硬直したハクアの腹を打ち抜き吹き飛ばした。


 マズイ。


 血戦鬼の刀の柄が腹に当たる瞬間、咄嗟に極小の【結界】を張り、なんとか直撃を避けたハクアだが、その一撃だけで肋骨が何本か折れた。


「休憩もナシかよ……」


 壁に激突する前に空中で体勢を整えたハクアが、勢いを殺しながら壁に着地する。

 殺意満点な紅い雨の中から脱出出来たのは良いが、紅い雨雲を伴って向かってくる血戦鬼に悪態を吐きながら、地面に向かって勢い良く壁を蹴り出す。


「鬼神の鉄槌」


 ハクアの意思に反応して腕から外れた篭手が、大きな拳に形を変え、鬼の力を解放して地面を叩き壊す。


 自らが上げた土煙に紛れながら気配を消し、すぐさまその場を離れる。するとそのすぐ後に血戦鬼の突きがその場を貫き、土煙を大きく丸い形に穿った。


 その光景を見てハクアはやはりと思う。


 地獄門の鎧だった頃の経験は、確かに今の血戦鬼にも蓄積されている。

 それが顕著に現れるのは攻防だ。

 だが、逆に攻防以外の事、搦手や想定外の行動に対してはところどころ対処が甘い時が見て取れた。


 それを見たハクアはこう考えた。つまり経験をフィードバックしきれていないのではないか……と。

回復の時間を稼ぐ意味もあったが、それを確認する手段として行ったのが、この土煙に紛れる事だった。


 そしてそれを踏まえここまでの攻防の分析をしながら、最低限動きに支障が出ない程度の回復を続ける。

 その目の前でさっきまで猛威を振るっていた紅い雨を撒き散らす雨雲が、徐々に小さくなっていく。


 雲が顕在化している時間は三分か。


 たった三分、されど三分。


 とは言え、悪夢のようなあの攻撃が、なんの枷も無く連発出来るとは考えづらい。起こった事、見えた事、その全てを計算に入れ推測を立てていく。


 攻撃の方法が紅い雨と雷、雨は常時発動、雷を放つ時に一瞬の溜めがあった事をハクアはしっかりと確認していた。


 雲の効果時間が攻撃方法によって違う可能性も頭に入れながら、ようやくハクアを見つけて殺気を向ける血戦鬼に笑みを向けた。


 これならなんとかなりそうだ……と。


「ガァァァア!!」


 その表情を見た血戦鬼が怒りの咆哮を上げたその瞬間を狙い、ハクアが「湖月こげつ」と呟くと、血戦鬼が何も無い・・・・後方に素早く反応した。


 湖月はハクアが生み出したオリジナルスキル。

 その効果は相手の背後に偽りの攻撃の気配を出現させる、言わば幻覚の一種だ。


 そのタイミングを見計らいハクアが飛び込む。


 狙いがカウンターとは言え、あの雲を再び出されるのはマズイ。

 そう考えたハクアが選んだのはやはり接近戦だ。


 本音を言えば武器を使いたい所ではあったハクアだが、防御の回転効率を考え、あえて武器を使わずに徒手空拳の戦いを選んでいた。

 そしてそれはここまでの攻防で正解だったとハクアに確信させた。


 ハクアに向かって高速で放たれる抜刀。


 その一撃をなんとか前髪を数本犠牲にして躱すと、一気に刀が降りにくい懐に潜り込む。


 だが、血戦鬼も絶妙な距離を取りその距離を埋めさせない。


赫棘あかとげ


「なっ!?」


 迫るハクアを阻むように、紅い雨の水溜まりが棘となってハクアに襲い掛かる。

 不意をついたその攻撃を、身をひねり大きく跳躍して避ける。


「しまっ!?」


 だが、跳躍して避けた先、運悪く・・・足が窪みに嵌りハクアのバランスが崩れる。

 そして相手はその隙を見逃してくれるほど甘い相手ではない。


 神速の移動で距離を一気に詰めた血戦鬼の上段からの一撃が、ハクアの事を切り裂き赤い血飛沫が舞い散った。


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