第491話いやほんと疲れましたわぁ〜

 血戦鬼が放つ上段からの渾身の袈裟斬りが、ハクアに襲い掛かり鮮血が舞う。


 その光景に違和感を覚えたのは血戦鬼の方だった。


 攻撃でこの状況に誘導した事でこの女は確かに狙い通り、窪みに足を取られ着地に失敗し体勢を崩した。


 自らが誘い込んだ罠だ。不可避のタイミングで飛び込み放った斬撃は、直前で身をひねられ両断にこそ至らなかった。

 だが、それでも手に残る感触が、数多の敵を切り伏せてきた経験が、この一撃は致命であると訴える。


 ──だが、何かがおかしい。


 その何かがが分からず高速の思考の中、血戦鬼が思考の迷路に刹那の時迷い込む。


 その瞬間、血戦鬼の瞳に映ったのは確かに死の淵に立っているはずのハクアの笑みだ。


 全ての思考をかなぐり捨て、無意識のうちに体が何千何万と繰り返してきた斬撃を放とうとする。


 渾身の一撃とはいえステータスはこちらが上、ハクアの体勢は未だ整っておらず、ここから互いに一撃を放つならどう考えてもこちらの方が少し速い。


 それは当然の思考。


 ここまでの戦いを正確・・に把握した当然の帰結。


 だが、ここで血戦鬼は唐突に違和感の正体に気が付いた。


 自らがの感覚が訴える一撃に対して、飛び散る鮮血が少ないのだ──と。

 それに気が付いた瞬間、血戦鬼の体に衝撃が走り、一体の鬼が神楽を舞い踊る。

 ▼▼▼▼▼▼▼▼

 ……痛い。もの凄く痛い。


 血戦鬼の一撃をわざと受けた私は、この一瞬を作り出すために頑張っていたとはいえ、少し前の自分の決断を馬鹿野郎と罵り殴り倒したい衝動に駆られる。


 だが、この痛みを覚悟して数秒にも満たない、刹那の時間を作り出したのだから、痛みになど構っている暇はない。


 何故ならこの刹那の時間に二度目はないからだ。

 恐らくこれで決める事が出来なければ私は為す術なく、血戦鬼の刀に両断される事だろう。


 痛みが激しく自己主張を繰り返す。


 逃げろと無理だと弱気が身体を縛り付ける。


 だから私は吼える。


 負けるものかと、死んでたまるかと。


 全てをこの瞬間に絞り出す為に。


「ハアァァァアア!! 」


 繰り出すべきものは決まっている。


 今の私が出せる最強の技。


 鬼神のおかげでやっと本当の形になったこの技に全てをかける。


ういの舞。一式・一突鬼ひとつき!」


 今まで使わなかった、予備動作の一切を省く無拍子と共に初の舞を始動する。

 同時にこちらも今まで使わずにいた魔法を使い、血戦鬼の後ろに石壁を作り出し退路を断つ。


 一突鬼を食らい、想定外の魔法を使われた血戦鬼は、急激な展開の速さに思考が追い付く暇もない。

 その上、拳から伝わった鬼気が、身体の内側で衝撃となり、全身を硬直させ壁に激突した血戦鬼の身体を縫い止める。

 その結果、血戦鬼は私の攻撃で初めて口から血を吐き確かなダメージを負った。


 だが、私とて無事とは言い難い。


 ここまでの戦いで血戦鬼にやられた傷からは血が噴き出す、袈裟斬りにされた部分からの出血は特に酷い。


 それでも止まれない。止まらない。


 もう動きたくないと休もうと訴える身体に喝を入れながら、放つは二式・双牙そうが


 私の意思に竜と鬼の二つの力が反応し、広げた両手の先に紅い竜爪が生み出され血戦鬼を噛み砕く。


 私の攻撃力では致命的な威力にはならないが、それでも確実に血戦鬼に傷を負わせる。


 双牙を放ち、自分の身体を抱き締めるように屈んだ私は、その体勢のまま無理矢理に一歩踏み込み放射状に地面を踏み砕く。

 踏み出す力強さに派手に血が吹き出るが構わない。どうせここで止まれば死ぬだけなのだ。


 繰り出すは三式・三火月みかづき


 足に鬼火を纏い、紅い残光を残しながらサマーソルトキックを放ち、真紅の三日月を描く。


 その威力に全身が悲鳴を上げ、着地と同時に血がブシュッと吹き出し、一瞬足から力が抜けそうになる。


 私が見せた一瞬の隙。


 その隙を逃すまいと血戦鬼が鬼気の拘束を力任せに解き、無理矢理身体を動かし反撃に出る。


「ハァァァ!」


 咆哮を放ちながら崩れそうになる身体に力を入れ放つ四式・:死壊しかい。血戦鬼が苦し紛れに出した刺突をギリギリで避けながら、四連撃を腕に放つ。


 正確に経絡を突いた攻撃は、鬼力の破壊の特性によって血戦鬼の腕の細胞を死滅させ、血戦鬼の腕が崩れ落ちる。


 そのまま懐に潜り込むと五式・五臓ごぞうを肝・心・脾・肺・腎に鬼気打ち込み内臓にダメージを与え、最後に仙力を打ち込み身体に浸透させ、私の体力の5%と引き換えに六式・六道ろくどうを発動する。


 すると内臓に打ち込んだ鬼気が仙力に反応し、暴走した力が血戦鬼の身体の中で暴れ回り、血戦鬼が苦しそうに呻き声を上げた。


「まだ……だぁっ!」


 紅く光る拳に昏い闇が灯る。


 七式・哭無なな


 今まで打ち倒して来た魔物の嘆きが拳に灯り、私の体力の10%を削りながら、七つの連撃に合わせて怨嗟の声を上げる。


 段々と上がる技の威力に筋繊維がブチブチと音を立て、骨がギシギシと軋みながら悲鳴を上げる。


 続けて八式・八重桜やえざくら を発動すると昏い闇が紅へと戻り、桜の花びらのように光を散らす手刀が現れる。


「ハァ!」


 先程まで受けていた高速の斬撃を、脳裏に描き再現しながら、体力を消費して威力を上げた八つの斬撃が血戦鬼を襲う。


 次なる舞は九式・九鬼きゅうき九連撃の奪命の拳だ。


 一撃毎に相手の体力を奪う九鬼の舞で、ボロボロの身体をなんとか維持した私は十式・永遠とわを解放する。


 一式から舞った【鬼神楽・武】は、舞を連ねる事でそれぞれが単体で使うよりも威力が跳ね上がっている。

 その状態で放つ永遠は、十秒間という時間でありながら、一撃毎に威力、速さ、鬼気が凄まじい速度で跳ね上がり、私の身体をも破壊しながらその力を増していく。


「ハアァァァ!!」


 息が上がる。


 身体が悲鳴を上げ続け、血は噴き出し、筋肉は裂け、骨はギシギシと音を立てる。

 それでも私は最後の一滴まで全ての力を振り絞り続けた。


 私にとっても永遠のように感じた十秒間が終わる。


 変幻を使い、真の【鬼神楽・舞】を舞った状態で、一式から十式まで【鬼神楽・武】を舞い踊る事で、今その真の力が発揮される。


 舞の終わり。


 今までの苛烈な連続の攻めとは対照的に、それは呆気なくも静かに締め括られる。

 トンッとあたかもそれが当然のように、自然に私の拳が血戦鬼の胸に触れる。


 そして──


つい式・救世ぐぜ


 私が呟いた瞬間、今まで舞で打ち込んだ血戦鬼の中の鬼気が身体中を蹂躙し、紅いオーラと共に身体の内と外で同時に弾けた。


 永遠の終わり、救済の救世それが私の【鬼神楽・武】の本来の姿。

 終わり無き者に終わりをもたらす救済の拳。

 その力は【鬼神楽・武】で打ち込んだ鬼気と【鬼神楽・舞】で跳ね上がった全ての力を、内と外で共鳴させる事で起爆する技だ。

 当然、それを打てば私も全ての力を使い果たす事になる奥の手と言うに相応しい技。


 全ての力を出し切った私も全身の痛みと虚脱感に抗えず膝をつく。


 だからこそ、これで終わらなければ……。


 視線の先、半身が弾け吹き飛んだ血戦鬼がのそりと起き上がる。


「クソ……」


 血戦鬼の息は荒い。


 だが、その目は未だ増悪に燃えギラついている。


 ゆっくりと一歩づつ近付いて来るが、私には逃げる体力も残っていない。


 それでも私も血戦鬼から視線を逸らさない。


「ウオオオオォォォ!!」


 視線が交錯した瞬間、血戦鬼が雄叫びを上げながら腕を振り上げ拳繰り出す。


 迫る拳。


 私の頭を砕かんと放たれたその拳をただじっと見つめる。



 ──だが、その拳が私に当たる事は無かった。



 ズシャッ!


 私の頬を掠めながら顔面を逸れた拳ごと、血戦鬼の身体が私の横を通り過ぎる。

 そのまま血戦鬼が起き上がる事は無かった。


 ▶ハクアのレベルが35に上がりました──


 その脳内アナウンスを聞きようやく私は警戒を解いた。


 そして──


「生き残ったぁぁーー」


 仰向けにパタリと倒れ込みながらそう叫んだのだった。


 いやほんと疲れましたわぁ〜。

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