第451話やはり、気に入りましたか

 アカルフェルの一撃でベッドが爆ぜる。


 そう、文字通り爆ぜた。


 アカルフェルの動き出す気配に、勘を頼りに身を投げ出したハクア。その直後、ハクアの後ろにあったベッドは離れていたにもかかわらず爆散した。


 爆心地に近い部分は文字通り粉塵に、その中心地から離れる程破片は大きくなっている。


(普通の攻撃じゃない。特別な力か法則があるのか? だとしても──)


 ある程度の推測を立てるがやはり推測の域は出ない。


 だが、元より格上のアカルフェル相手にハクアの取り得る手段は多くない。


 その光景を見ながら、ハクアは飛び散ったベッドの破片をアカルフェルへと蹴り返し、意識が一瞬そちらに向いた隙に一気に肉薄し、死地の暴風圏内へと足を踏み入れた。


 死の風が吹き荒れる暴風圏内、ともすれば薄氷の上を歩むようなギリギリの綱渡りの攻防。

 一つ間違えば一瞬で全てが壊れるような死の舞踏。その中をハクアは悠々と踊りきる。


「どうですか私達の育てた子は?」


 そんな攻防を一時も見逃すまいと、ハクアの事を推し量るように観察していたアクアスウィードにテアから声が掛かる。


「素晴らしいですわ」


 口から出た賞賛の言葉。


 それは偽りのない心からの感想であり、アクアスウィードを知る者からすれば耳を疑う程珍しいものだった。


 だが、それも当然だ。


 竜種はその鱗に強力な魔法耐性が備わっている。それが龍王に次ぐ相手だとすればその魔法耐性は相当だ。

 ハクアはそれを素早く見切り、早々に接近戦に持ち込んだ。アカルフェルの攻撃に未知の部分があると理解しながら──だ。


 圧倒的な相手を前に恐怖を押し殺すのは並大抵の事ではない。

 だがハクアは恐怖の手網を握り、冷静に確実に相手を観察する事で、未知の部分であった不可視の攻撃をも見切り始めたのだ。


 そして攻撃の手を緩める事もない。


 身長差を生かし地を這うような動きで相手を翻弄しながら、精確に関節部に狙いを定めて攻撃を加えている。


 更には拳の動き。


 鋭いながらも動きが柔軟で柔らかく予想がしずらい。真っ直ぐ最速で突き入れる攻撃に、円状の舞うような動きを加える事で、まるで生きた蛇のような自在な動きをみせている。


 そして攻撃を拳のみに限定する事で、綱渡りのような状態の中でもギリギリの余裕を生み出し。

 攻撃、防御、相手の観察をしながら起死回生の一手を虎視眈々と狙っているのだ。


「行動の一つ一つがよく考えられている。弱者が強者を下すために最善を尽くし、勝率を1%でも上げようという意思がある。ともすればそれは小細工と取られるかもしれませんが、強者を相手取るのに真正面からただ攻めるなど愚の骨頂。

 それに、生命が掛かるその刹那にあの子はよく嗤う。強者を前に命懸けで嗤えるあの子は強くなる」


(やはり、気に入りましたか)


 ハクアを見つめ同じように嗤うアクアスウィードを前に、テアは聞こえないように独り言ちる。


 そもアクアスウィードは強固な実力主義だ。


 だがそれは実力があれば良いという訳ではなく、才能、そしてそれを上回る修練を至上としている。


 それは自身にも当て嵌る。


 だからこそ龍王の中でも古参に当たるアクアスウィードは、皆から一目置かれる位置にあり、今回のハクアの修行もアクアスウィードが言うのならと決まったのだ。


 そしてそれが自身の息子でなったアカルフェルを嫌う理由でもあった。


 息子であるアカルフェルは確かに龍王の子に相応しい実力と才能がある。幼い頃は次代の龍王を目指し厳しい修練も積んでいた。

 だが兄であるアスクニルカが死に、次代の龍王候補として一番の有力候補となった事で変わった。

 周りからおだてられ、龍の誇りとやらを振りかざし、次代の龍王になったつもりで修練も怠り始めたのだ。


 龍族は確かに強者だ。だが、それでも無敵の存在でもなければ無敗の存在でもない。

 歴史を紐解けば龍が他種族に、特に矮小と侮る人間に負ける事など多々ある。

 にもかかわらず、龍であるというだけで尊大に振る舞い、仮にも兄であったアスクニルカを侮辱し、里の仲間である竜達をも見下し始めたアカルフェルに、アクアスウィードは忸怩たる思いを抱いていたのだ。


 そこに来て才能に満ち溢れ、動きの端々から狂おしい程の狂気を感じる、努力の軌跡と奇跡を目の当たりにすれば、ハクアを気に入るのも当然の結果だった。


「本当に素晴らしいですわ。あの歳であれ程の……一体どれ程の研鑽と狂気を宿せばあんな子が出来上がるのか」


「ええ、私達の自慢の子ですからね」


 テアの普段は見せない喜色を滲ませながら、眩しくそれでいて誇らしげに語る。


 しかし──


(とは言え、ここまでですね)


 アカルフェルは強い。しかしそれは龍のステータスと才能に任せたものだ。

 ハクアの先読みの力と今のステータスならば、なんとか対応する事も出来る。実際ここまではそれで対処出来ている。


 だが──それだけで覆せる程、ドラゴンは甘い存在ではない。


 生身の人間体から、ドラゴンの体に一部を変化させる攻撃を織り交ぜながら、アカルフェルの攻撃は更に激しさを増す。

 それでもハクアは、まるでその攻撃が最初からわかっていたかのように軽々と避けてみせる。


 そんなハクアに向けてアカルフェルが大きく口を開く。

 その口の前には球状の魔力が一気に集束していく。


 だがハクアはそれにも慌てず、属性を付加していない無属性の魔力弾を一つ放つ。

 それがアカルフェルの球状の魔力に当たった瞬間、集束した魔力が乱れるように膨張し、アカルフェルの目の前で爆発した。


 勘違いしている者も多いが、ドラゴンの放つブレスは体内器官から放出されるモノではなく、純粋な魔力砲撃の一種だ。


 膨大な魔力を集束させ、繊細な魔力制御と己の属性を掛け合わせ放つ砲撃魔法。


 ハクアは無属性の魔力弾を撃つ事で、その制御に割り込みを掛け、乱す事で暴発させたのだ。


「がっ!?」


 その隙を逃さず爆煙に紛れ込み短剣で眼を狙う。しかしアカルフェルもそれを察知して腕を振るい、ハクアを遠ざけた。

 ──だが、その瞬間、短剣を空中に置き去り加速したハクアは今までより一歩更に踏み込み、全力の蹴りでアカルフェルの膝を蹴り抜き、膝を砕いた。

 

 だがここで文字通り空気が変わった。


 ハクアは粘つくような、まるで水の中にいきなり入れられたかのような息苦しさと、身体の重さを体感する。


 その瞬間、本能の叫ぶままに後ろへ飛び退いた。


 だが、アカルフェルの動きは今までのそれとはまるで違う。動きが、生き物としてのステージを数段駆け上がったような速さで拳を振るう。


「ぐっぷぁ!?」


 空気の塊が見えない鉄球のような硬度となってハクアを襲う。【結界】に【鬼角鎧】まで使い防御を固めたが、その尽くを破壊し尽くしハクアは血反吐を撒き散らしながら吹き飛んだ。


 これが龍の力の片鱗。


 小物相手に本気を出すのは恥だとばかりに力を使わず戦闘・・をしていたが、龍が本気を出せばハクアなど戦闘すら行わず、一撃を当てずとも再起不能に出来る。


 壁に激突して瓦礫と共に崩れ落ちるハクア。


「ゴプッ、ゲホッゲホッ!」


 口から溢れ出る血が、粘り気で喉を塞ぐ。それに抗うように空気が出口を求め、血を吐きながら咽る。


 ハクアの防御力ではあの一撃を受けて死なずに居る事の方を褒めるべきだろう。


「そこまでよアカルフェル」


「いえ、これは殺します」


「止めなさいと言うのが聞こえないの!」


 アクアスウィードの声を無視してハクアに一歩、また一歩と近付くアカルフェル。


 だが──


「そこまでにして貰おうかな?」


 強烈な殺気を受けて飛び退くアカルフェルが、着地と同時にそちらを確認するがそこには誰も居ない。


「あーあ、ハクちゃんやられちゃったねー」


「ソ……ウ」


「うん。ここは私が預かるから治療に専念してて」


 ソウの言葉の通りハクアは既に自分の身体の治療を行っている。

 死ぬその瞬間まで諦めないハクアらしい選択だ。


「それを渡して戴こうか女神殿」


「聞こえなかったかな? これ以上は許すつもりは無いよ。私は所詮中途半端な神だから、あまり煩わしい決まりを何時までも守るつもりも無い。それに私は神である前にただの刀。斬りたいものは斬る」


 その強烈な殺気を叩き付けられ、流石のアカルフェルも分が悪いと感じたのか踵を返す。


 そして──


「良いでしょう。所詮その程度ならどの道ここでは生きていけない。これから貴様が受けるのは竜ですら死者の出る修練。私が手を下すまでもなく死ぬだけだ」


 そう言い残して去っていった。

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