第443話小さくされど偉大な召喚士

 意識が闇に沈み込み、闇の中へと落ちていく。


 ゆったりユラユラと、自分と闇の境が曖昧になった頃、突然明るくなった視界に目を細めながら辺りを見回す。


 ここは森の中? 私はなんでこんな所に居るんだ?


 森と認識してから改めて見回してもやはり見覚えはない。まあ、森など木が生えているだけだから、相当印象に残っていなければ見間違いの域を出ないだろうけど。


 しかし本当にここは何処なのだろうか?


 働いてくれない頭をなんとか働かせるが、やはり上手く頭が回らない。


「コラー! 無視するなっていうの!!」


 しかしそんな私を後ろから怒鳴りつける声。


 反射的に視線を向けて見るが後ろには何も無い。


 いや、それよりも視線が高くないか?


「嫌味かコノヤロー!」


 ん?


 そう思った私の考えはどうやら正しかったようだ。下の方へ顔を動かすと一人の少女が両手を振り上げてプリプリと怒っていた。


 漆黒の黒髪に夜空のように吸い込まれそうな黒い瞳。お世辞にも上等とは言い難いボロ布を纏った少女。


 そんな少女が何故か私に向かって怒りをあらわにしている。


 はて? 私はなんかしただろうか? うーむ。しかし可愛らしい少女がプリプリと怒る姿もまた可愛い。


「くっ、ドラゴンだからって調子にのって……」


 愛でるようにほんわかと少女を見ていると不意にそんな言葉を投げ掛けられる。


 ドラゴン? 誰が?


 考える。しかし答えは出ない。


 だが次の瞬間、まるでせき止められていた物がいきなり取り除かれたかのように、記憶の奔流が私の頭に襲い掛かる。


 あぁ、そうだ。私は……僕はドラゴンだ。


 蘇った記憶を精査するように瞳を閉じ、ここまでの事をゆっくりと思い出す。


 ドラゴンは五十を超え人化の術を覚えると、世界の守人としての見識を深める為に五十年の旅に出る。


 水龍王である母、アクアスウィードにも次期龍王候補の一人として、広い世界を学んで来いと言われている。

 そうしてこの四十年、広い世界を周り疲れきった自分は、逃げるようにこの森に身を潜め残りの十年を過ごそうとしたのだ。


「おーい。もしもしー? あっ、や、やっとこっち向いたわね。ドラゴンを従える……予定の……大召喚士を無視しないでよね」


 自分の思考に没頭していると、少し悲しげな声を出しながら少女が話しかけて来る。その声に反応して少女を見れば、今度はやれやれといった空気を出して満足そうに微笑んだ。


 少女がこの場に来るのは五度目と短い時間だが、それだけでも喜怒哀楽の感情が激しいと分かる少女だ。


 戯れに声をかけたのが間違いだった。


「もう、いい加減私の仲間になってよ。ね? お願い! 待遇はなんとか三食昼寝付きを実現するから」


 と、これが少女の言葉だ。


 四十年旅を続け、様々な場所へと行った。

 当初こそ他の種族の者達と友好的に過ごそうとしたが、ドラゴンである自分の姿を見ると、誰もが自分を殺そうと襲ってきた。


 言葉を尽くした事もある。


 力を見せ付けた事もある。


 しかしその尽くが無駄だった。


 だからこうして人間の領域にある森の中へと姿を隠したのだが、この場所も人間に見付かり冒険者と呼ばれる者達に襲われた。

 だが、幸い人間は他の種族と比べ力も弱く、特にここの地域の人間は強い者が少ない。

 そんな事もあって暫くの間は猶予があると思っていたのだが、そんな時に現れたのがこの少女だった。


 自分の事を見れば即座に武器を構え襲ってくる。


 それが当然の対処だった。


 だがこの少女はどうだ。

 自分の数倍もある自分に丸腰で近寄り、誰もが恐怖を抱いたドラゴンに対話を試みている。

 たったそれだけの事だが、この四十年で唯一と言っても過言ではないほどに、興味を抱いたのは確かだった。


 しかし、どうせこの少女もすぐに来なくなるだろう。そう考えて僕は少女の言葉に耳を貸さず目を閉じた。


 それからも少女は毎日のように朝からやって来ては、一人で喋って暗くなる前に帰っていく。

 そんな毎日が続いたある日、いつも少女がやって来る筈の時間になっても少女はやって来なかった。


 どうせもう飽きたのだろう。


 そう考えながら、何故か自分がその事実に少なからず落胆していた事に、その時の僕は気が付かずにいた。


 それから数日経ったがやはり少女は現れなかった。

 もう少女はやって来ない。そう諦めた僕は、その時ふと森の中で魔法が使われた気配を感じた。


 どうせまだ冒険者だろう。


 何故かイラついていた僕はそう吐き捨て寝ようとする。


 だがその時、何に対して魔法を使ったのか? そんな疑問が頭をよぎった。

 使われた魔法は明らかに何かを攻撃する為の魔法だった。しかし自分を倒す為に使ったのだとすれば遠すぎる。

 ならばこの魔法を使った冒険者は何に・・魔法を放ったのか。


 その答えに辿り着いた瞬間、僕の体は意志とは無関係に弾き出されたように動き出していた。


 あそこだ!


 この森で魔法を使っていた人間はを見付けた僕は、その人間が追い掛けていたものも見付け、ソレに向かって急降下していく。


「ガアァァァ!!」


 ドンッ! と、音を立て地表に降り立ち、目標に向かって放たれた魔法を掻き消す。


「な、なんだ!?」


「おい、ドラゴンだ!」


「ふざけんな!  なんでそんなもんが出てくんだよ!?」


「俺だって知らねえよ! 第一アレは何があっても動かない筈だったんだ!」


 訳の分からないことを喚き散らす男達に怒りを覚えた僕は、その怒りを吐き出すように未だに何かを叫んでいる男達にブレスを放つ。


「ギャァア!」


 ブレスは男達を丸ごと呑み込み絶命させた。


「うっ、あっ……」


 そんな僕の後ろから恐怖に満ちた声が聞こえる。

 それは男達に狙われていた獲物であり、ここ最近現れる事のなかった少女の声だ。


 そんな少女には目も向けず僕は飛び去ろうとする。だが、そんな僕に少女が飛び付いてきた。


「まっ、待ちなさいよ!」


「離れろ危ない」


「嫌! だって離れたらこのまま行く気でしょ!」


「君だって今僕を怖がっていたじゃないか!」


 少女が落ちないように気を使いながら、それでも少女を振りほどこうと口論を続ける。


「確かにそうだけど……それでも助けてくれたじゃない」


 そう言って、僕の体に抱き付きながらすすり泣く声に、なんと言えば良いのか分からなくなる。


「こんな事で泣くなんてみっともない。君は僕を従える大召喚士になるんだろ?」


「えっ!?」


 自分の言葉に自分でも少なからず驚く。だけど一度言葉に出してしまえば、その言葉はストンと腑に落ちた。


 ああ、そうか。僕は彼女に初めて出会って声をかけられた瞬間から彼女の事を気に入って・・・・・いたんだ。


「良いの?」


 遠慮がちな声。


 そんな声で問い掛けられた言葉は彼女らしくない。


 だからって僕はその言葉に答えず。質問を返す。


「そうか。僕の名前はアスクニルカ。アークと呼んで欲しい。小さくされど偉大な召喚士の少女。君の名前は?」


「レティ。私の名前はただのレティよ。よろしくアーク」


 こうして、僕とレティは出会った。


 でも、僕は今でも思う。

 この時、彼女を置いて飛び立てばあんな悲劇が産まれる事は無かったのだろうかと……。

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