第442話これは……レベルが違う

 資格。そう言われて少し考えるが、どれだけ考えても私の中から答えは出てこない。


 しかし、やはり私よりも先に反応したのは先程の痩身の男だ。


「母上! 何を言っておられるのですか。こんな龍に連なる系譜でもない者に、源龍術を授かる資格などあろうはずがないでしょう!」


 なるほど、いやに強く出ると思ったら息子だったのか。


 そんな事を考えている間にも痩身の男に追随し口々に否を唱えるが、四人の龍王はやはり批判は当然の事と捉えていたのか口を閉ざす。


 しかしそれも我慢の限界か、火龍王が動きを見せようとした瞬間それは来た。


鎮まれ・・・


 たった一言。


 いつの間にか現れた仮面の男が、たった一言発しただけで場の空気が明らかに変わる。

 重圧を伴ったようなその言葉は、実際重力に押し潰されそうな感覚に襲われる。 空気はまるでコールタールのように粘付き、息をする事さえ忘れてしまいそうなプレッシャー。


 ああ、これだ。この視線、コイツが私を観ていた奴だ。


 感覚的に理解したと同時に、プレッシャーへの抵抗を止め受け入れる。


 さっきよりも更に呼吸に集中し、何度も吸っては吐く。身体中に酸素を行き渡らせ無理矢理筋肉を弛緩させる。


 顔を上げれば仮面越しに視線が絡み合う。


 瞳に映るのは感嘆。


 私が動けるとは思わなかったのだろう。ほう……と、僅かに声を漏らすとその瞬間に、辺り一面を覆っていたプレッシャーが跡形もなく消え失せる。


「呵呵、面白い。今からコレは我が客人だ」


 快活に笑うと突然そう宣言した視線の主は、仮面の顎に手を当てるとマジマジと私の顔を覗き込む。

 視線が合っただけで全てを見透かされそうな気分に、顔を背けたくなる気持ちを押し殺して相手を観察する。


 皇帝が着ていそうな中華風のゆったりとした服を着ているが、それでも分かる引き締まった身体は、地龍王や火龍王と比べても遜色ない。

 いや、むしろあの二人ですら純粋な力比べで圧倒するかもしれない。

 そう思えてしまうほど、目の前の人物は生き物としての格が違う。


 どれほどの時間が経っただろう。


 嫌な汗が流れるのを自覚しながら数秒とも数十分とも思える時間が過ぎた頃、ようやく仮面の男は龍王達に向き直り視線を外した。


 あー、肩凝った。それにしてもあれはなんだったんだろう?


 瞳からは何も読み取る事は出来なかったが、どこか私に縋るような、何かを期待しているような視線を一瞬、ほんの一緒だけだが感じた気がした。


 龍王よりも格上の存在に私が出来る事があるとも思えない。だから気の所為だと思うのだが、妙な引っ掛かりを覚えたのも確かだ。

 そんな風に感じたからだろうか、その姿を自然と目で追っていると、いつの間にやら近付いて来たトリスが、仮面の男が龍神だと耳打ちして素早く下がっていった。


 あまり目立った行動はしたくないが、私がやらかす前に知らせたかったのだろう。


 そんな事を思う間にも問題は進む。

 どうやら水龍王の子である痩身の男は未だ食い下がっているようだ。


 龍王、龍神相手に意外と頑張る。流石は直系というところか。


 話の争点としては、仮に資格があったとしても龍以外には使えない源龍術を教える意味がないとの事、確かにそれはもっともだが、龍王がそんな事を理解していない訳がないだろうに……。


「なに、心配するな。未だ覚醒はしていないがコレは我ら龍の眷属。しかも龍王の資質を持つ者ぞ」


 と、そう考える私の耳にトンデモ無い一言が突き刺さった。


 いや待てよ。私はゴブ出身で現鬼っ子なのですが、いつから龍王要素なんて入ったの? 伏線の無い展開はダメだってノックスの十戒が言ってたよ?


 龍神の一言にトリスも周りの龍族達も驚いているが、龍王達に動揺は微塵も無い。これも周知の事実だったようだ。


 私がその言葉に驚いていると、龍神は私の顔を見てニヤリと笑う。


 いや、笑ってないで教えろや。

 くっ、でも流石にこの状況でツッコミは出来ない。多分ハエを追い払う動作一つで吹き飛ぶから!


 ぐぬぬ。と唸っているとそれを見付けたおばあちゃんがニコリと笑って咳払いをする。

 その音に全員の視線が集中する。しかしおばあちゃんはそれを意に介さず先程感じたように、やはり私を通して誰かの事を見つめていた。


 この顔は知っている。

 会いたいのに会えない。そんな大切な誰かを喪った人の顔。喪失、後悔、悔しさ、怒り、哀しみ、そんな色々な感情がないまぜになった眼だ。


 その視線に私も自然、姿勢を正す。


 その姿にようやく私以外の誰か・・・・・・を見ていたおばあちゃんと目が合い、少し困ったように笑った。


 そして


「先程話した通りこの子には資格が有ります。何故ならこの子は……その身にアスクニルカのドラゴンコアを既に宿しているんだもの」


 ……えっ!? ちょっ、まっ、何それ!? 何処から来た情報!? 教えてくれないと気になり過ぎて夜しか眠れないんですけど!?


『シルフィン:落ち着きなさい。それが普通です』


 睡眠は早朝から取るものです!


『シルフィン:違います』


 ドラゴンコア。


 それは素材としてなら私も聞いた事がある物だ。

 なんでも竜の身体の中にある魔石のような物で、竜の力の源、全ての力がそこに集約して宿っているのだとか? それを素材にする事で装備にドラゴンの力が宿る。

 しかもそれは龍も同じ事で、進化と共にこのドラゴンコアが成長する事で、ドラゴン系モンスターも竜人種も竜や龍へと至る事が出来ると教わった。


 ドラゴンコアは進化と共に成長する。

 それ故、竜人種にしてもドラゴン等の竜にしても強さを重んじるのだ。


 まあ、生まれながらにドラゴンコアの質が高い事もあるらしいけど、概ね世代を重ねたドラゴンの血族としての血筋がモノをいうのだとか。


 人間でいう貴族の魔法の資質と似たようなものだね。


 しかし問題はそのドラゴンコアとやらをいつ私が手に入れたのかだ。

 思い当たる節としては毒竜くらいだがそれなのだろうか? もしそうだとしたらあの毒竜はアスクニルカという名らしい。


 あの顔、水龍王の態度、そしてその名前を知っているという事は。


 恐らくこの私の想像は間違っていない。

 それを証明するように龍神と龍王以外の視線が一気に私へと突き刺さる。

 そしてその中、水龍王の息子という痩身の男の目には明らかな憎悪が宿っていた。

 遠慮なく叩き付けられる殺気は、流石龍王の息子という所か、私は呼吸さえままならない状態に陥る。

 たかが殺気で心臓さえも押し潰されそうな感覚、

 意識を保つ事で精一杯だ。


「お止めなさいアカルフェル」


 水龍王の一言にアカルフェルと呼ばれた痩身の男の殺気が消える。しかし次の瞬間にはアカルフェルは水龍王に食ってかかる。


「母上! 分かっておられるのか! アレがアスクニルカの、我が兄のドラゴンコアをその身に宿したという事は──」


「分かっています。そして私はそれを踏まえた上で言っているの」


 その言葉はやはり私が予想した通りのものだった。


 私があの人の子供を。


「ハクアちゃん。貴女が気に病む事は何も無いわ」


「ふざけるな! コイツは、この餓鬼は我が兄の仇なのだぞ」


 アカルフェルの怒りが殺気が、再び私へと降りかかる。

 あまりの怒りに人化の術が解け、その顔はドラゴンのモノへと変貌している。身体からもミチミチと音を立て膨れ上がり、ドラゴンの身体へと戻ろうとしていた。


「アカルフェル。私は止めろと言ったわよ」


 ズンっと、今までの比ではない殺気が部屋を支配する。


 流石は龍王の息子? 冗談じゃない。これは……レベルが違う。


 目の前の女性。おばあちゃんと呼んでくれと言った本人の姿とは掛け離れた、そのあまりの殺気に向けられた本人でもないにも拘わらず、私は顔を上げて直視する事すら出来ない。


「これは我々龍王、そして龍神様の決定でもある。何よりも龍神様が自分の客人だと告げたその言葉に異を唱える事、それ自体が不敬であると知りなさい」


「呵呵、そこまでにしろ水龍王アクアスウィード。まだその域は小鬼には辛かろう」


 龍神の言葉にハッとした水龍王は、私の事を目にするとその殺気を収め心配そうにこちらを見つめる。

 それに大丈夫と視線で答えるとホッと息を吐く。


「アスクニルカよ。そなたの気持ちは分からぬでもない。なればこそこの小鬼をどう思っているのかは本人に聞けば良かろう」


「龍神様! それは……」


「異は認めぬ。どうせそれで終わるならここでは生き残れん。女神もそれで良かろう?」


 龍神が後ろに目を向けて了解を取るとそこからテアとソウが現れる。


 この場の誰も気が付いていなかった二人に気が付くとは、流石としか言いようがない。

 しかし、話を振られた二人の顔は警戒に満ちている。どうやらこれからの行動はそれほどに危険なようだ。


「もしもの時は中断させます」


 瞳に最大限の警戒を宿しながらテアはそう答えた。ソウは何も言わないが何かがあれば直ぐに動ける体勢だ。


「良いだろう。さて、保護者の了解も得た事だ。水龍王始めろ」


 有無を言わぬ龍神の声に水龍王、おばあちゃんは私の前へとやってくる。


 そして


「ハクアちゃん。少しだけ辛いかもしれないけれど我慢してね……」


 私の返事を聞く事無く頭へ手を翳された瞬間、私の意識は暗闇の奥底へと沈み込んだ。

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