第441話一方的に搾取するのは好きだけどな!

 皆の視線が集中する中、手招きに従い中央を進み、お偉いさん四人が座る一段高い場所の手前に胡座をかいて座る。


 正座ではなく胡座。


 その事に左右からチラホラと殺気を感じるが気にしない。

 それよりも目の前の四人の方が重要だ。


 向かって左手には座るのは、浅黒い肌の筋骨隆々という形容詞が似合う禿頭の男。

 今は胡座をかき腕を組んで目を閉じている。その姿はいわおを連想させるような人物で、私に関しては可もなく不可もなくといった感じだ。


 その横、中央左に座るのは紅い髪を逆立て髭を生やした偉丈夫。

 同じく胡座をかいて座っているが、その顔は値踏みするかのように私の顔をニヤニヤと見詰めている。

 好意的なものは感じないが、同時に嫌悪感も感じない。本当に興味があるその一点のみのようだ。


 しかしそのニヤニヤと私を見詰める顔には何やら既視感がある。それは恐らく今も私の後ろに居る奴の顔だろう。


 親、もしくは親類がこんな感じだとは聞いてなかったんですけどねぇ。

 絶対、後でウザ絡みしてやる。


 その横、中央右側に居るのはトリスから水龍王アクアスウィードと紹介されたおばあちゃん。

 今も柔和な笑顔でニコニコと私を見詰めている。

 その顔からはなんの悪意も感じ取る事は出来ず、むしろ本当に心の底から好意的な空気が滲んでいる。


 本当にどうして初対面から好感度がMAXなのだろうか?


 最後に一番右側に座るのは、エメラルドグリーンの髪の思慮深く知的な印象を思わせる、この中で一番若い女性だ。

 正座で座り真っ直ぐにこちらを見る目は、私の一挙手一投足をつぶさに観察している。

 この中では一番私の事を警戒しているようだ。

 とはいえ、警戒はしていても所詮は小物。敵意のようなものは無く、私に対してのスタンスを見極めようとしているようだ。


 おばあちゃんが水龍王と言うことは、恐らく左から地龍王、火龍王、水龍王、風龍王といった所だろう。


 髪色から判断出来るとは見分けやすくて助かるんだよ。龍族とかプライド高そうだから間違えると面倒くさそうだし。


 そして……。


 観られてるよなぁ……。


 そんな事を思いながら水龍王と火龍王の間、その後ろの天井付近に視線を傾向ける。


 その瞬間、目の前の四人の空気がピリッと変化する。


 地龍王は目を見開き私を凝視する。


 火龍王はニヤニヤと値踏みするような視線から、真剣に私の内を覗き込むようなものに変わる。


 水龍王は少し驚いた後に更に笑みを深くして笑う。


 風龍王の警戒の視線は更に厳しいものに変わった。不意に動けば、すぐさまその身体は取り押さえられるだろう剣呑さが滲み出ている。


 うーん。そんな警戒されてもなぁ。


 後ろの二人も脇に居る有象無象の強者達すらも気が付いていないのか、私の視線の動きに反応したのは四人だけだ。


 恐らくこの場に居ないこの視線の主はここに居る誰よりも強い。それこそ……今の私では強さの底が見えない目の前の四人すら凌駕する程に。


 視線からはなんの感情も感じられなかったが、私が視線を向けた瞬間から背筋に冷たいものが走る。

 そう感じてしまう程に全てを観られている気分になる。

 一挙手一投足、視線の動きに筋肉の動き。もしかしたら今この心情から思考まで、全てを詳らかにされているような感覚。


 しかし、それがわかった所で私にはどうする事も出来ない。ならば緊張すら無意味である。


 強ばった身体から力を抜く為に深く呼吸をする。目を瞑り、意図的に呼吸に集中してゆっくりと。


 そうして力の抜けた身体を確かめ目を開けて、目の前の四人に視線を向けてにへらと笑う。


「それで、私はなんでここに呼ばれたんでしょうか水龍王?」


 唯一トリスから正式な呼び名を聞いた人物にそう質問する。


 だが、その当の本人から帰ってきたのは予想外の言葉だった。


「おばあちゃん」


 水龍王から発せられたその言葉に、私と後ろの二人以外の全員が首を傾げ、なんの事だ? と、いう空気が蔓延する。


 いやいや、流石にこの状況で言うのは私もキツいのですが? 空気を読もうとしないと定評はあるけど流石にねぇ?


 それでも笑みを崩さずニコニコ笑いながら、まっすぐと私の目を見て待つおばあちゃん。


「いや、あの、流石に……」


「おばあちゃん」


「いや、だから」


「おばあちゃん」


「あのね?」


「おばあちゃん」


「聞い──」


「お・ば・あ・ちゃ・ん」


 食い気味に来たぁー!

 そしてどんどん笑みが深くなっている。


 地龍王は呆れ気味に静観している。


 風龍王は驚いたまま固まっている。


 火龍王は既に観戦モードに入っている。


 無遠慮に投げかけられている視線からは、面白がっている気配が滲み出てきている。


 後ろからは必死に首を振って止めろという呪詛を撒いてる気配がする。


 しかし……。


「お・ば・あ・ちゃ・ん」


 あっ、これダメな奴や……。


「……おばあちゃん。なんで私は呼ばれたんでしょう」


 笑わば笑え! これが圧力に屈した人間でい!

 そして周りの奴は馬鹿なのか? 何が不敬だ。人間如きが生意気だ! だよ。今までのやり取りちゃんと見ろや。明らかにこっちの意思じゃないわ!


「ふふふ。ハクアちゃん、他人行儀なのはおばあちゃん悲しいわ」


 おばあちゃん!? 何この人最強なの!?


 わざわざハンカチを出して目元に当て、悲しいわポーズを取ってそんな事を言う。


 もしかしたらこの世界に来て今が一番翻弄されているかもしれない件!


 ふっ、毒を食らわば皿まででい!


「おばあちゃん。私はなんでここに連れられて来たの?」


「そうね。ハクアちゃんは回りくどいのは嫌いみたいだからはっきりと言いましょうか」


「うん。お願い」


「まず、貴女をここに連れて来るように火龍王に頼んでトリスちゃんを向かわせたのは私よ」


 へぇ、それはつまりこの人が予知、或いは予言の力に類するモノを持っているって事か。


「そしてその理由は幾つかあるのだけど、とりあえず今言えるのは私が貴女を鍛える為よ」


 その言葉に私が反応するよりも先、左右から殺気と共に怒声が私へと響き渡る。


 それも当然だろう。


 水龍王という名前の通り、おばあちゃんはトリスでも緊張する程の人物だ。

 その人物がどこの誰とも知れない小娘、ましてや龍族ですらない者を鍛えると言う。こんなものは反発があって当たり前だ。


 トリスもその事は聞かされていなかったのだろう。後ろから驚愕の気配が伝わる。

 だが、その言葉を聞いた龍王達は既に納得しているのか反論は無い。

 それどころか左右の怒声を上げている面々をひと睨みして、その声を封殺している。


 状況が読めないな。


 今の段階ではなにも判断出来ない。だから私はただまっすぐと前を見てじっと次の言葉を待つ。


「貴女には源龍術を学んで貰う予定なの」


 源龍術?


「何を仰られているのですか水龍王様!」


 私が聞きなれない名前に疑問符を浮かべていると左端、一番上座の位置に座っていた偉そうな男が声を荒らげる。


 龍……と言うには痩身な男。


 果たしてこの場の何割が竜で何割が龍なのかは知らないが、感じる圧力からしても前の四人に近しいモノを感じるこの男は龍なのだろう。


 痩せ過ぎ。と言ってもいい程に痩せた身体からは、想像もつかない程の殺意の籠った目を私に一瞬向けると再びおばあちゃんに食ってかかる。

 その剣幕は今までの比ではない。おそらくそれ程までに源龍術というものは重要なものなのだろう。


 私が黙って見守る中、堪えきれずに立ち上がり、前に進み出て何人もが抗議するが龍王達は受け入れない。

 それどころかその視線はジッと私に注がれたままだ。


 おい、源龍術ってなんだ?


『シルフィン:源龍術は龍族の扱う武功です。龍に至る事の出来ていない竜には決して教える事は無く、龍に至ったとしても教わるのは龍攻術と呼ばれるもの。龍へと至った者の中でも一部のみ龍神に扱う事の許されたもの、それが源龍術です』


 やっぱり、有り得ない事なんだよな?


『シルフィン:ええ、長い龍族の歴史の中でも有り得ない事でしょうね』


 そうか……。


「一つ、よろしいでしょうか水龍王」


「ええ、何かしら?」


 私は敢えておばあちゃんを水龍王と呼ぶ。そしておばあちゃんも今度はそれを否定せず応える。


「何故、私なのですか?」


 問い。一拍置く。


「ここには少なくとも私では手も足も出ないような方達が居る。それを差し置いて龍族、ましてや竜ですらない私にそれを教えるのは何故です」


「気に入らないのかしら? 源龍術を学べば今の貴女の状態を打開する事も出来るのよ?」


 なるほど、ステータスが頭打ちになってる事もちゃんと知ってる訳か。てか、今回のイベントはこれがフラグだったのかね?


「ええ、気に入りませんね。訳も分からず、理由すら無く、ただ施されるのは趣味じゃありません」


 一方的に搾取するのは好きだけどな!


『シルフィン:最低ですね』


「その点なら大丈夫よ。だって貴女には源龍術を学ぶ資格・・がちゃんとあるんだもの」


 そう言って私の顔を見る水龍王の顔は、何処か悲しそうな。私を通して何かを見詰めるようなそんな顔をしていた。

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