第440話おばあちゃん!!

「……おい」


「ん? おおトリス早かったね。って、どうしたの?」


 大人しく牢屋に入っている私とユエを、格子の向こう側からなんとも言えない表情で、何故か疲れきった顔をしながら声をかけるトリス。


 なんだろう? 暴れるとかそんな無意味な事はしないで大人しくしてたのに?


 私の言葉を聞いたトリスは、何かを言いかけそれを呑み込むと大きなため息を吐き、意を決して口を開く。


「妾がお前と別れてからまだ三十分も経っていないと思うが?」


「うん。そうだね」


 だから私も思ったより早いと思ってそう言った訳だし。


「じゃあなんでその短時間で牢屋がこんな風になっている」


「いやー。こんな風にとか言われても」


 トリスの言葉に辺りを見回すが特におかしな所は無い。


 うん。至って普通だ。普通の部屋・・・・・だ。


「あるだろ! どこの世界にこんな高級宿のような牢屋がある!」


「え〜。ちょっと頑張っただけなのに」


「ちょっとどころじゃないだろう」


 なんか疲れているがドラゴンも大変なんだろうか? それともここまで飛んで来て疲れたか……うむ。歳か……。


「今失礼な事を考えなかったか?」


「全然」


 酷い言い掛かりもあったものだ。

 でも取り敢えずなんかオーラのようなものが、トリスから湯気のように立ち昇ってるから土下座でもしとこう。


 しかし改めて牢屋の中を見回すと確かに少ーし色々と弄りすぎたかもしれない。


 龍族を閉じ込める事もあるだろう牢屋は、人間には大きくユエと二人でもかなりの広さがあった。

 そんな牢屋の壁をぶち抜き三つのフロアを繋げ、元々入れられたフロアにはには質の良い絨毯、座り心地の良いどこぞの商人から貰った椅子を置き、テーブルの上には小腹が空いた為にお菓子が少々。

 三フロア中、二つのフロアの格子には目隠し代わりに分厚い壁を作り、一番奥のフロアには私の研究室を作り、二番目のフロアにはキッチンスペースと風呂場を完備。

 耐火、耐水もバッチリで消防法もクリア基準に達しているので完璧だ。


 ユエはと言えば、人を駄目にしてしまいそうなビーズクッションに身体を沈めて……いや、埋もれている。

 いつもはちょっと凛々しめの顔なのに、今は顔も身体もふにゃふにゃだ。

 ベッドは持ってきた物よりも更に大きな物に変え、天蓋もついでに付けてみた。

 そして防犯意識も高い私は牢屋の鉄格子も補強を済ませ、元々の鍵を開け放ち、更に複雑で強固な物へと替えている。


 ふむ。弱者が抵抗するとは考えなかった竜共が、見張りも付けずに放置してくれたから気にせずやってしまった。

 後悔はない。私をいきなり閉じ込めた竜共が悪い。

 むしろこの匠の仕事ぶりを、二十分かそこらでやりきったのだから賞賛されても良いくらいだと言いたい。


「これはもはや牢屋とは言わない。ゴブ」


 と、自分の仕事ぶりを改めて確認していると痛烈な一言を戴いたが、そんなふにゃふにゃの状態で言われても説得力が無い。

 てか、ユエさん今頃思い出して……じゃなくて思い出したようにゴブって付けなくてもいいのよ。


「とりあえずさっさとここから出ろ」


「えっ? なんで?」


「一応、曲がりなりにも牢屋だからだ」


「うーん。でももうここに引きこもりたいかなって? もうここに入った時点でこの国でなんかやる気とか失せてるし」


「それは悪かったと思っている。だから話をつけて来たんだ。さあ、いいから早く出ろ」


「え〜」


「え〜、じゃないわ! 早く出ろ!」


「あらあら、そんなに怒っちゃ駄目よ」


 クッションに顔を埋めウダウダと言うと、その姿にイラついたトリスがいつものように声を荒げる。

 しかし、そんなトリスを嗜める声が、後ろの階段から降りて来た人物によって投げ掛けられる。


 降りて来たのは長身の女性。

 肩までの真っ青な青い髪に青い瞳、凛と通る穏やかな声、着物のような格好をした人だ。


 違う。


 その佇まい。空気感で今まで見たどの龍とも違うものを感じる。

 トリスの事を初めて見た時もここまでの存在感は感じなかった。現にその女性の姿を見たトリスも、突然の登場に言葉を失っているようだ。


 そんなトリスの横を通り抜けると、女性は私のまでやって来てジッと眼を合わせるとニコリと柔和に笑う。


 そして


「貴女がハクアちゃんね。私の事はおばあちゃんとでも呼んでくれると嬉しいわ」


 と、実にフレンドリーに話しかけて来た。


 そんな態度に警戒をしていた私も流石に少し戸惑う。女性の後ろを見ればトリスが凄い顔で私を睨んでる。


 言葉には出てないが、絶対にそんな失礼なことをするなよ人間。と、まるでスタンドでも出すかのように文字が幻視出来る。


 うーん。困った。狙いはなんだろう。

 そしてとてもじゃないけどおばあちゃんとは言えないよ! だって見た目はすっげー美人のお姉さんだよ。そんな人をおばあちゃん呼ばわりとかハードル高いのだよ!


『シルフィン:えっ? ハードル高いのそこだけ?』


 そうですが! って、久しぶり。


『シルフィン:ええ、久しぶりです』


 あれから現れなかったな?


『シルフィン:……サボっ──ではなくて、溜まっていた仕事を片していたんですよ』


 そうか。サボってたのか。


『シルフィン:ログアウトしました』


 逃げやがった!?


「あらあらそんなに警戒されるとおばあちゃん悲しいわ。お茶とお茶菓子も持ってきたんだけど、無駄になっちゃうかしら?」


「初めましておばあちゃん。私の名前は知ってるみたいだけどハクアだよ。こんな所で悪いけど良かったら中でお話しよー」


「お前と言う奴は……」


 いやだって、おやつまで用意してくれる人を無下に出来ないじゃん?

 ▼▼▼▼▼▼▼▼

 トリスが緊張している段階で、その女性がとても上の位の人間なのは予想出来た。


 でも、ここまでとは思ってなかったんだよ。


 牢屋こと部屋に二人を招き入れ、お茶とお菓子を食べながら会話を弾ませ親交を深めていると、中々牢屋から戻って来ないトリスを迎えに使いが来た。


 トリス自身、おばあちゃんの登場ですっかり頭から抜けていたようだが、どうやら私達を里のお偉いさんに面通しする予定だったらしい。


 頑張って駄々を捏ねたが、招き入れたのが運の尽き。私は引き摺られる形で、牢屋という名のマイホームを後にして謁見の場へと連れられてきた。


 案内された場所は畳が敷かれた和室。

 両端に座る和装と中華衣装、洋装からドレスっぽい服まで、様々な衣装を着た人が脇を固める。

 そして正面、一段上がった所にはこれまたバラバラの衣装を纏った、明らかに周りの人とは圧が違う人物が三人座っていた。


 うわっ。流石龍族。威圧感半端ねぇ。


 脇を固める奴ですら私の事をすぐに殺せる実力者ばかり。上の段に居るのに至っては抵抗する気も起きなさそう。


 そんな風に見詰めていると、私の後ろに付いてきていたおばあちゃんが私を追い越し段の上へ、そして一つ空いていた場所へ座るとニコリと私に笑い掛けた。


 おおぅ……。


 そんなおばあちゃんの、予想以上の大物加減に衝撃を受けている私に、トリスがそっと耳打ちする。


(あの方は龍の長の一人、水龍王のアクアスウィード様だ)


 マジっすか!?


 因みに耳打ちした直後にトリスはさっさと後ろに下がり、ユエもそんなトリスの後ろに早々に隠れている。


 ユエさんはその辺素早いよね! 見習いたいわ。いや、マジで。


「さあ、ハクアちゃん。こっちにいらっしゃい」


 そんな一言と共に親しげにコイコイと手招きするおばあちゃん。そんな姿を見た他の面々の視線が一気に私へと集中した。


 おばあちゃん!!

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