第431話さーいえっさー

「人の腕を手榴弾に例えるな!? って、あれ?」


「おはようございますマスター。良い目覚めのようですね?」


「内容は覚えてないけど、今の言葉からそんな言葉には繋がらないと思うの!?」


 寝起きの一発目の言葉にしては、随分とエキセントリックなチョイスに自分でビックリしていると、そんな私にヘルさんが挨拶してくる。


 しかし、どんな夢を見ればあんな台詞になるのやら? 興味があるような怖いような。うむ。保留で。


「で、ヘルさんは私の部屋で何してるの?」


「朝食の時間になってもマスターが起きて来ないので、何か異変でもあったのかと」


 その言葉に頷いてはみるものの微妙に引っ掛かりを覚える。


 私だってご飯に起きない事もあるんだよ。と、いうかそれだけで異変とか言われた……。


 ヘルさんにありがとうと言って起き上がると何やら視線を感じる。


「マスター、そのまま寝たのですか?」


「違うんだよ。いつなんどき何があってもすぐに動けるようにこの格好で寝る事にしたんだよ」


 この世界、基本的に寝巻きやパジャマなんて物はない癖に、何故か皆私がパジャマにちゃんと着替えないと怒るのだ。理不尽也。

 しかし、本当の事は言っていないが、嘘でもない。


 ちょっとビクビクしながら見ていると、ヘルさんはなら良いです。と言って扉へ向かう。


 セーフ!


〈アウトです〉


 ノウッ!? こっちへのツッコミは狡い……。


「そう言えば、私いつの間に部屋に来たんだろ?」


 昨日は面白い話しが聞けるかと思って盗聴しようとしたら、テアに見付かって何やら頭に衝撃があった所までは覚えてる。

 うん。むしろそれが全部だね。そこで意識刈り取られてるわ。


「それならば、昨日マスターが廊下に落ちていたので部屋に回収しました」


「言い方よ……」


「何か?」


「いえ、なんでもありません」


 マスターとはなんぞや?


 そんなある意味いつも通りの会話をしつつ朝食へと向かった。

 ▼▼▼▼▼▼

 朝食を食べ終えると私はアイギスに執務室へと連行されていた。


 本当なら私もヘグメスの件の後処理に行こうとしたのだが、澪に今回はお前が最功労者だから後の事は私達に任せろ。と、言われてしまったからだ。

 そこまで言われてしまえばノーとは言えない。まあ、そんなのは建前で本音は私の事をこれ以上かかわらせたくない。と、いうのが本音だろう。


 昔からこういう所は私に甘い奴等め。……まあ、その好意に甘えるとしよう。


 そんなこんなで手持ち無沙汰になった私なのだが、作りかけのあれやこれやらに手をつけようとしていたらアイギスに、連行されてしまったのだ。

 因みに、やはりと言うべきかなんと言うべきか、やっぱり私のお目付け役としてヘルさんが同行してくれている。


 何故私には必ずお目付け役が付けられるだろう? 解せぬ。


 曰く、そろそろ胃がヤバイから少し期間開けて。との事だけど、それだとまるで私がアイギスの胃にストレスかけてる問題児のようではないか。全く失礼だな。

 なんて思ったら全員から白けた目を向けられた。いや、せめて喋ってからにして貰えませんかね? 口にすら出てないのに……解せぬ。


 さて、そんな私だが現在結構真面目に働いていたりする。

 アイギスの書類の整理を手伝い、聞かれた事に答え、その他もろもろも処理していく。


 まあ、ほとんどが貴族共の陳情書類ってのがまた……。


 要約すると大体こんな感じ。


 平民に渡す金があるならこっちに回せ。

 騎士は貴族がなるもので、平民、ましてや他種族を入れるなど言語道断。

 平民を罰して何が悪い。

 etcetc……。


 ぶっちゃけ、我々は選ばれし偉ーい貴族様なんだから優遇されて当然、平民や他種族を虐げて当然だろう? と、いうものがほとんどだ。


「はぁー……。疲れるわね。こんなのでも一応は目を通さないといけないし。そういえばこの間の石鹸作れたの? 私も普及させたかったけど作り方分からなかったのよね」


「ああそれならこれが通常バージョンで、こっちが試作で作った貴族向けの石鹸ね。んで、これが井戸用の手押しポンプの設計図」


「うん。いつの間にか貴族向けにも作ってたのは良しとするわ。しっかりと香りまで付いてるわね。それで手押しポンプ? 聞・い・て・な・い・ん・だ・け・どー?」


「ひひゃいひひゃい!」


 頬が裂ける!?

 そして笑顔が怖いよアイギスさん! 私悪い事してないんだよ! 善良なゴブリンさんから小鬼さんに成り上がっただけの子だよ。って、ギャーーー。


「アイギス。気持ちは分かりますが落ち着いてください」


 と、ここまで一言も発していなかったヘルさんが止めに入ってくれた。


 でも、もうちょっと早く止めて欲しかったの。


「じゃあハクア。説明」


「さーいえっさー」


 うん。笑顔が怖いからちゃんとプレゼンせねば。次は本当に千切られそう。


「えーと、今回なんで手押しポンプの設計図を作ったかと言えば……」


 手押しポンプの普及、それに伴う生活の向上は馬鹿に出来ない。

 まず前提として、この世界では他の小説の世界で偶にあるような、生活で水に困る事は無い。

 有料という訳では無く、平民に水が行き渡らない訳でも無い。だが、逆に言えばそのレベルで止まっている。

 生活水の入手場所は井戸、川などに限定されており、日本のような安全で綺麗な水は店でもなかなか飲めない。

 店で飲めるものでさえ、果実酒や果実水がほとんどなのだ。


 さて、お分かりいただけただろうか。そう、ここにこちらを見つめる霊が……ではなくて、城のある街でさえこのレベル。

 小さな村となればその品質は説明するまでもないだろう。


 そこで手押しポンプの出番である。

 利点その一はなんと言っても井戸への異物混入を防げる事だ。

 今この世界にあるのはバケツを投げ込み滑車を使い汲み取る方式の物だ。

 これでは砂埃、枯葉、小虫などが入り放題、月に何度か清掃もしているがそれでも限度がある。

 ついでに言えば、ポンプにすれば水を汲む為の労力も省略出来る。これはこれで意外と馬鹿に出来ない。


 そして利点その二は一つ目と多少被るが、異物混入を防ぐ事で副次的に生まれる病気の予防だ。

 汚れを落とす為の水自体が汚ければ、いくら石鹸を普及させても効果が薄い。

 病気を根絶する事は出来ないが、数が減り、重篤患者が少なくなれば、それだけ長く働く事も可能になるというものだ。


 そして利点その三は金の循環だ。

 手押しポンプを作る。それだけでもかなりの人間が関わる事になる。

 素材の入手、加工等の製作業者、取り付け、運搬にその護衛、市民の暮らしを良くする為に仕事を作るのも大事な事なのだ。

 今回の手押しポンプの普及は、国の事業として取り組むつもりだ。そうすればお金は更に潤沢に回ってくれる筈なのだ。


「と、言う訳でおま。大きな利点としてはこんな所、細かい所を言えばもっとあるけど、それはこの資料に書いてあるから後で読んで」


「ふーん。疫病に経済、人の循環に関する推移予想……いつの間にこんな資料揃えたの?」


「えっ!? 他人の人生に関わるプレゼンなんだから、これくらいは当然やるでしょ?」


「そうね」


 なんでこいつ嬉しそうな顔してんだ?


 私の言葉を聞いて、何故か嬉しそうに頬を緩めるアイギス不思議に思いつつも私は言葉を続ける。


「一応予定としては、さっきも言った通り国の事業として金を出す方向で考えてる」


「そうね。幸い澪に、予算は多めに確保しておいた方が良い。と、言われていたからもう少しやりくりすればなんとかなるわ」


「流石澪ですね。マスターの事をよくわかっています」


 納得いかぬ。しかし予定に無い物を増やしているから否定すると墓穴を掘る羽目に……くっ、無念。


「不利点としてはやっぱり貴族の馬鹿共から、また陳情が来るかもって所か」


「面倒ではあるけど今更ね」


「とりあえず当初の行動としては、初期ロット石鹸を無料で配布。今まで無かった物だからな、そんなに余裕の無い生活の中で、わからん物を買う程の余裕はないだろ」


「だからまずはお試しでって事ね。こう考えると試供品って便利だったわね」


「だな。その後は貴族の奥様相手に高級品を卸しながら、明らかな安物を平民向けに、同時に手押しポンプの普及を進める」


「工房は?」


「そっちももうある程度目処をつけたよ。これが資料ね。アリスベルと協力する事で、色々と確保しながら資金は出来るだけ削る感じにした。その代わり、手押しポンプの利権は向こうに投げ付けたぞ」


「ええ、それでいいわ。こっちが権利を持っていても広めるのに限度があるもの。アリスベルなら最大限広がるでしょ」


「だね。後、設計図にも描いてるけど吸い上げる部分に水を浄化出来るように魔法陣刻んでる。で、こっちが錆止めの魔法陣」


「これは必要なの?」


「必要かな。魔法陣に頼らないで浄化……というか浄水かな? それを出来るようには出来るけど、そうするとメンテナンスを定期的にやらないと駄目になる。そうするとどうしても小さい村や集落なんかはキツくなるから。下手するとそれで足元みられてボッタクる奴も出てくるだろうし」


「なるほど初期投資としては妥当ね。わかったわそれでいきましょう」


 こうして午前中を執務室で真面目に仕事して過ごし、昼は昼食を取りに外食へと繰り出した。

 行先はクーと見付けた何時もの肉料理屋。


「今日は〜、オススメのステーキで三人前お願い」


「はーい」


 注文を頼み一人テラス席で待つ。

 するとそんな私の席の向かいに一人の男が座った。


 金髪の髪を後ろで縛った貴公子然とした姿、切れ長の青い瞳が私の事を全て暴き出そうとしているようだ。

 その洗練された所作からは、相当な場数を踏んでいる事を想像させ、内側から感じる圧力からは、相当な実力なのだとわかる。


 昼と言ってもまだ少し早い時間だからか、周りの席はどこも空いている。それどころか大通りに面した店だというのに、いつの間にか人の気配が消えている。


 ふむ。人避けの結界か。


「何か用かな?」


「いえ、少し挨拶をしておうと思いまして」


「そりゃどうも、上級貴族ナールバルト家の御当主に、わざわざ挨拶して戴けるとは私も偉くなったもんだ」


「いえいえ、私などまだ家督を継いだばかりの実績のまるで無い若輩者ですよ。何せ……何処ぞの小娘に仕事を邪魔される程度ですからね」


 そんな言葉を発しながら、肌がピリピリする程の殺気を当ててくる。

 だが、そんなものにいちいちビビっているほど私も暇ではない。


「そうか。そりゃ災難だったね。それで、その何処ぞの小娘に報復でもするつもり?」


「そんな事をする気はありませんよ。もうこれは終わった事ですからね。確かに出荷は収入源ではありましたが、アレの暴走にも困っていた所です」


「なるほどね。だからわざとギルドや城に情報を流したって訳だ。ああ、そういえば、あんたが指示してわざと逃がしたあの子供は私が無事保護して、私の保護下に居るから」


「ええ、知っていますよ。あの孤児院には僅かばかりの寄付もさせて頂きましたしね」


「そりゃどうも。じゃあこっちもこれ以上はつつかないでおくよ」


「ええ、そうして戴ければ、お互いにとって不幸な事は起こらないでしょうね」


「ああそうだな」


「では、話も済んだ所ですし私はこれで……ここの払いはこちらに請求して下さい。手間を取らせた迷惑料です。では、次は──」


 ──容赦無く殺す……ね。怖い怖い。


「マスター!!」


「ヘルさん。時間かかったね」


「申し訳ありません。結界を抜けるのに手間取りました」


「大丈夫。それにしてもあいつ強いなぁ。そこらのボンボンと全く違うし。あれが本物の上級貴族か……うーん。今の私だと多分死ぬなぁ」


「それほどですか?」


「ステータスでも多分向こうが上。武勇に優れたナールバルトの人間なら、対モンスター用の術式も持ってるだろうからね」


「なるほど、それでマスターはどう動くおつもりですか?」


「とりあえず探ってる奴等は全部引かせる。最初からどうこうするつもりじゃなくて、確証を得たかっただけだからね。それに……使者を立てると思ったけど、まさかの本人確認登場だから釣果としても十分だ」


「彼は敵に回ると?」


「違うよヘルさん。あれは明確に私の敵だ」


 握り締めた手の力をゆっくりと抜き、額にかいた汗を拭いながら私はそう断言した。

 ▼▼▼▼▼▼

 後日、ナールバルト家宛に一枚の請求書が届いた。


「仕事のし過ぎか? 目が霞んでいるようだ」


「いえ、申し上げにくいのですが現実です」


 ナールバルト家の当主、サーキュスは送り付けられた請求書を見て自身の目を疑った。


 ハクアの事を調べた際に、小柄な少女ながら大食漢だという事は知っていた。

 だが、それでもあの店の全ての素材を食べ尽くしたところで、これ程の値段が請求される訳は無かった。


「……一体どうすればこんな値段になるんだ? まさか周りの人間全てに奢ったとでも?」


 疲れたように呟くサーキュスに、請求書を届けた男は申し訳なさそうにその言葉に応える。


「それが……私共も金額を見て調べましたところ……その」


「いい、報告しろ」


「はっ! その少女が店の食材を全て平らげた後に、周りの店からも食材を仕入れ、店の者に調理させたようで、私共が調査に行った際にその少女に「ここの払いはするってナールバルト家の当主が言ったのにケチを付けると? 店の人間が品物補充してこの店の料理として出したんだから、ちゃんとこの店の支払いの一部なんだよ?」と、その日は他の料理屋もほとんど全ての素材を食われたようです」


「それで白金貨八枚分か……」


 それを聞いたサーキュスはガクリと肩を落とし、数日前の自分の不用意な発言を後悔するのだった。


 そしてハクアは、知らず知らずの内にサーキュスの計画を遂行する為の資金を削り取った。

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