第430話やあハクアいらっしゃい

「んー。今日はこんな感じからスタートかぁ」


 真っ白な何も無い空間。

 駄女神達に呼び出される場所に似たそこには私以外誰もいない。

 そんな場所で起きた私は、周りを見渡し文字通り何も無い事を確認すると、とりあえず適当に起き上がった時に前を向いていた方へと歩き出す。


「わぁー、本当に真っ白でなんもわからん。もうどこで起きたかもわかんねぇや」


 後ろを振り返りやっぱり何も変わっていないことを確認すると、前へ前へと突き進む。

 そうやって何も考えずに突き進むと、いつの間にやら階段を登っていた。


 おおぅ、いつの間に……。


 いつから登り始めたか分からない階段を登る登る。登って登って降りている。


 あれ、今度は知らん間に降りてる?


 真っ直ぐ真っ直ぐひたすらに降りていくと終点が見えた。


「到着! って、ワオ!?」


 地面に足を着いた瞬間、真っ白な世界は極彩色豊かな世界へ変貌を遂げる。後ろを向いても既に降りてきた階段は存在しない。


 目に優しくないので少し色彩減らして欲しい。


 そう思うと本当に色が減った。


 アザース。


 また歩く。前へ前へ突き進み、ぐるぐるグルグル突き進む。

 今度は知らない間に螺旋状の道を歩いている。

 かと思えば一本道の上を逆さになって、重力に逆らいながら歩き、次の瞬間には壁を垂直に歩いている。


 そうやって摩訶不思議アドベンチャーな道を、何十分、何時間か分からなくなるほど歩いていると、突然出てきた扉に頭をぶつけた。


「ギャース!」


 前方不注意なら私のせいって事になるけど、突然現れるのは狡いと思うの……。超痛いっす。


 目の前に出てきた扉に恨みがましい視線を向けるが、相手は扉、反応が返ってくる訳が無い。

 しょうがないので中に入るとそこには目的の人物? が居た。


 人物? と、思うのはしょうがない。


 目の前のナニカは、男のようにも、女のようにも、大人のようにも、子供のようにも、老人のようにも見えるナニカだ。


 ちょっと瞬きするとその間だけで大きさが変わってる不思議生物。

 そんな生物がとても愉しげな雰囲気を滲ませながら私に話し掛けてきた。


「やあハクアいらっしゃい」


 その瞬間、ピントが合っていなかったように朧げに見えていたナニカは、突然ピントが合ったかのように姿が美少女に変わった。


「なん……だと!?」


 歳の頃は私と同じくらい、金の髪をツインテールにし、胸部装甲も立派なものをつけている。しかも何故か服装は制服である。とてもわかっている格好だ。


「何故そんな美少女風?」


「男と女、立ち絵が増える可能性を考えると美少女であるべきだと考えたんだよ」


「またそんなメタな発言を……」


「それに……僕の今の格好はとても君好みだろう?」


「なんの事か分からないけどありがとうございます」


「情緒不安定なのかな?」


「に、してもさ、いい加減ここに来るまでの道中なんとかなんない? いつもいつも遠いいし面倒臭いから」


「いや、毎回毎回言ってるんだけど、普通の人間があんな所通って来たら、自分の中の常識と違う現象で頭がおかしくなって、発狂してもおかしくないんだからね。なんでいつもいつも普通に踏破してくるの」


「歩いただけで発狂するような道を作る方が問題だと思うの」


 不思議生物に摩訶不思議な生き物を見る目を向けられるのは大変不服だ。

  そんな気持ちを込めて言うと、当の本人は愉しそうにカラカラ笑う。


「まっ、君が異常なのはいつもの事だからおいといて」


「いや待て、誰が異常だよ。私のような一般人を捕まえてなんて事を言うかな」


「あははははははは!」


「てめぇ何がおかしいこの野郎」


「まあまあ、それよりもそろそろ始めようか」


「……もうちょっとお話しませんか?」


「ダメー」


 顔の前で大きくバッテン作って言われた。


 くそう。可愛いのが腹立つ……けどやっぱり可愛い。


「どうせここの事なんか覚えて無いんだから、いちいち訓練なんてしなくてもいいじゃん」


「ふっ、ハクア」


「な、なんでい」


「例えここの記憶が残らなかったとしても、ここで得た経験は魂が覚えているから決して無駄にはならないよ」


「……お前、一人でそんなカッコイイ台詞キメ顔で言いやがって、さては一人だけキャラクターボイスを狙っているな!?」


 CMとかで最初だけ台詞あって、後はバックミュージックで映像流す感じの奴!


「お便り待ってます」


「どこに向かって言ってるの!?」


 くっ、貪欲に登場回数とキャラの確立を狙ってくるとは、相変わらず侮れない奴め。


「さて、それじゃあ少し時間もあげたし始めるよ」


「今の休憩でしたの!? もう少し欲しいんですけど」


「カモン対戦相手」


「プロ選手並みのスルーされた!?」


 私の言葉など意に介さないナニカが腕を振り上げてそう言うと、地面から生えるようにズズズズズと、人が動物がモンスターがどんどん生えてきた。


 あれ? 数多過ぎない?


「そこの数多過ぎないとか思った貴女」


「ミー?」


「そう。最近は一体一の訓練ばかりだったから、今日は趣向を変えて多対一の戦闘訓練にしてみました」


「なんて余計な気遣いを!?」


「そんな褒められると照れるなぁ」


「褒めてなんていませんが!?」


「じゃ、今日は百回死ぬまで続けるよー」


「聞いて!? そして恐ろしい回数言いませんでした!?」


「よーいスタート」


「だから聞いて!? そして軽いよ!? 命大事にって、ギャーーー」


 こうして今日も私の地獄の特訓が幕を開けたのだった。

 ▼▼▼▼▼

「ギ……ブ……」


「お疲れー。いやー、派手に散ったね」


「物理的にそうなってる時は、笑って言う事じゃないからね!?」


「しかし元気だね。ここは確かにハクアの夢の中みたいなものだけど、それでもここでの死は生き返れるだけで本物と同じなのに」


「そう思うならもっと優しくしてくれません?」


「あははははははは」


「だから何がおかしいこの野郎!」


「でも、この世界に来た最初の頃よりも多少は強くなってきたね」


 マジか!? 他人に褒められる程少しは強くなってるのか。戦うのがどれも強敵ばっかりだからぜんぜん自覚出来ないぜ。


「何をそんな事喜んで……ああそうか。彼女達の育成方針は、ハクアが調子乗らないようにっていうのが主だからか……」


「ん? 何か言った?」


「いや、何も」


 ちょっと喜びに打ち震えてる間に何か言ってた気がしたが気のせいか?


「それよりも、スキル使ってHPを可視化するのは止めたの? ゲームみたいでわかり易かったのに」


「ああ、あれか。あれは止めたっていうか止めさせられた。HPがあと少しとかって分かったら、合理性だけで危険な賭けに出るからって。全く失礼だよね」


「あーね」


「納得しないで下さいます!?」


「彼女達も苦労するね」


「そんな事ないよとか言えないの?」


「僕はそう思わない?」


「誰が上手い事言えと!?」


「ちゃんと鏡で自分見てご覧、想像出来て何も言えないから」


「ド畜生! まだ続けるか」


 どいつもこいつも同じ事言いやがって。

 反応が心にそう言われた時の周りと全く同じじゃねぇか。

 どうしてこんなに誠実に生きているというのに、皆して私を普段からやんちゃしてる子扱いするかな。


「いや、そんな程度の認識じゃない」


「心を読んだうえで更に突き落とそうとしないで下さいます!?」


「まあ、冗談はさておき強くはなってきたけど、やっぱりスキルが扱いきれていないみたいだね」


「うぐっ」


「まあしょうがないか。元々鬼の力も竜の力もそんなに簡単に扱えるものじゃない。なのに君ときたら、傍で見ていても意味が分からない成長してくからね」


 やれやれとでも言いたげなジェスチャーをしながら、本人を目の前にそんな事をのたまう。


 失礼な。一生懸命生きてきたらこうなったんだい。


「でも僕が教えた鬼刃流の技は役立ったみたいだね」


「ああ、それについてはありがとう。多分あれ知らなきゃ死んでたわ。まあ、【照魔鏡】まで使えたのは驚いたけど」


「言ったでしょ。ここでの記憶は頭で覚えていなくても、魂に刻まれるって」


「それはそうだけど、毎度毎度ピンチにならんと思い出せない仕様はなんとかならんの?」


 今まで曲がりなりにも強敵と戦い生き残れたのは、こうしてここでナニカに稽古をつけてもらい、普通では体験出来ないほどの濃密な経験値を稼いできたからだ。

 だからこそナニカが言ったように、頭で覚えていなくても、魂が覚えている。頭で考える前に身体が記憶した情報から最適な行動を取ろうとする。

 今回の場合、それが【照魔鏡】であり、鬼刃流の剣技だった訳だ。


「それはしょうがない。ここは言わば夢の中、ここでの経験を持ち出せないのはそういう仕様だからね。もし仮に全ての記憶を持ち越したら、それこそ君という人格にも影響が出てしまう。これは僕なりの配慮でもあるんだよ」


 派手な動作付きで言うそのセリフはどこか芝居めいて見える。


 いや、実際に芝居なのだろう。


「ピンチの時に断片的な経験が出るのは、防衛本能でそのタガが外れるからだね。本来ならふとした拍子になんとなく思い付いたレベルで、ここでの経験が現実で生きたり、スキルを使えたりする程度なんだけどね」


 うーむ。確かに、ここでの経験は私の生きてる時間の倍では効かないレベルだ。それを向こうに持ち越したら、精神年齢とかがエライ事になりそうだ。


「まあ、僕としても【照魔鏡】までハクアが使いこなすとは思っていなかったけど、だってこの間ここで教えた時も発動さえ出来なかったからね。昔からピンチには本当に強いね」


【照魔鏡】魔を照らす鏡と書くこのスキルは、ナニカの言う通りこの間教えてもらったばかりのスキルだ。

 そして前回は発動さえ出来なかった。やはり私はピンチに覚醒するタイプのキャラなのだろうか?

 出来ればピンチになる前に覚醒したい。そして覚醒というならもっと楽に勝てるようにして欲しい。難易度調整が馬鹿なんだよ。いや、本当に。

 運営に苦情を出してもここのスタッフは対応してくれないから困る。もっとユーザーにそった経営方針にして欲しいものだ。


 そして今話題に上がった照魔鏡。伝説に存在する鏡で、妖怪や悪魔の正体や妖術を照らし出して暴くとされている物だ。

 今回スキルとして出てきたこれは、あの世界では変化や変身などを暴き本来の姿を映し出す。そして戦闘では、格上だろうがなんだろうが、弱点、効果の高い場所を教えてくれるというスキルだ。

 もちろんそんなものが存在しない相手には効果無しだし、相手が格上の場合は、長い間観察してからでなければ使えない。


 ……こういう所、流石私のスキルって感じだよね。


 その他、幻覚を見せる際にも役に立つらしいがこの辺は検証が必要だ。その他にも違う使い道が隠れている可能性も否定出来ないのが辛い所だ。


「さて、それじゃあ体を動かした後だから、今度は頭でも動かそうか」


「無駄がないっスねー」


「前にも教えたけど鬼の力と竜の力の違いは分かる?」


「それくらい覚えてるよ。確か鬼の力が元の力を強化する感じで、竜の力は元の力に頼らない外部の力ってを感じなんだよね?」


「うんそう。だから元の力が低いハクアが身体強化するのは竜の力の方が良い。逆に鬼の力は武器の強化、技の強化に向いてるんだ」


「前聞いた時に思ったけど鬼ってすげーデカくて、筋肉の塊ってイメージなんだが? いや、巫女っぽいイメージもあるけど……」


「間違ってないよ。個体差はあるけど大体が男は戦士、女は術士って分かれてる。ハクアは近接が得意なのに術士タイプなんだよね」


「接近戦したい訳でもないんだけどね。ウチは優秀な砲台役が居るから」


「ああ、アリシアって子ね。あの子は本当に優秀な子だね。昔のエルフでもあそこまで優秀な子はなかなか居なかったよ」


「それ何百年前?」


「その手には乗らないよ。僕の事はまだ秘密だからね」


 くそう。流れでいけるかと思ったのに気が付かれたか。

 まあ、今までの流れから大体が想像はつくけど。


「謎なんて引っ張った所で読者の興味は引けないから早く答えろよ」


「それ君が言う? 君なんて本編を中々進ませない主人公みたいな事してる癖に。さっさと本編進めるような事態になった方が良いんじゃない?」


「ふっ、甘いな。私はそんなの気にしないからな! 本編進むような事態になったらまた強いのがわんさか出てくるじゃないか! そんな目に会うの分かってて危ない事に近付いてたまるか。その為ならサイドストーリーで茶を濁しまくってやる!」


「主人公なら最低だね」


「そもそも私が主人公向きの性格だと思ってる?」


「いや、全く」


 ……同意されてもムカつくな。


「君はどんな場所でも変わらないね。いや、変わらなくなったって方が正しいか」


「そう言うお前は最初とは全く違うよな」


 最初に会ったのは地球に居た頃だ。

 あれは確か姉を亡くして少しした頃だった。突然今回のようにこの場所の夢を見た。

 その時のナニカの姿は黒いモヤのようで形など無く、よく分からない言葉を発していた。それは今思えばここの言葉だったのかもしれない。


 今と同じように覚えていない夢。

 だが、その日を境にその不思議な空間と、不思議なナニカの夢は増えていった。そんなものを見せられ続けた私はいつしかナニカに話し掛けるようになった。

 そしたらある日、ナニカはカタコトではあったが確かに日本語を話した。


 そこからは早かった。


 私は眠る度にナニカと話すのが習慣になった。澪や瑠璃、周りの人間の話に、ゲームの話、漫画やアニメの話が特に多かった。


 どうしてそんなの事を知っているのかと聞いた時に、私の記憶を探って地球の事を学んだとも聞いた。


 その頃にはナニカは黒いモヤではなく、色々な人間の形を真似るようになっていた。


 師匠から修行を受けた日には、こうしたほうが良い、ああした方が良いとアドバイスや模擬戦もよくやったものだ。


「お前との付き合いも長いよな。最初は無視されまくったし」


「言葉が分からなかったと言うのもあるけど、初めの初めは、なんで僕が下等な小娘と話をしなければって感じだったからね」


「思った以上の言葉が来た!? まあ、別に本当の事だけど」


「そうやって納得するのが凄いよね。まあ、今となってはくだらないプライドだけどね。ハクアは面白いし、他の子も見てて飽きない。何よりもハクアの記憶に眠ってる漫画やアニメは、いくら読んでもまだまだ無くならないし、素晴らしいコンテンツだと思います」


「何故敬語!?」


 こいつが一番変わったのはアニメを見始めた辺りからではないだろうか?

 やはりアニメは偉大だ。


「と、話がそれたね。何処まで話したっけ? ああそうだ。鬼の力までは話したんだった。じゃあつぎは竜の力についてだね。竜の力は肉体外の外部の力、簡単に言えばあの巨体をあんな羽で飛ばせる訳が無い。それを可能にしているのが竜の力って理由だ」


「ああ、非科学的な超理論で飛んでるのかと思ったら、そんな力で飛んでる設定だったのか」


「まあ、非科学的な超理論でも合ってるけどね。んー、竜の力は肉体に頼らず影響を与える力が大きい。だから簡単に言えば筋肉痛の代わりになるって言えば分かりやすいかな?」


「いや、分かりにくい。鬼の力が肉体依存の掛け算で、竜の力は外部の力……この場合は魔力とかの足し算って認識か?」


「そうそう。やっぱり説明はハクアの方が上手いな。僕はどうも苦手だ」


「まあ、向き不向きもあんだろ。じゃあ私のスキルの【竜装鬼】になるとどうなるんだ?」


「うん。問題はそこだよね。ハクアのスキルはその二つが同時に発動する。だから制御を失うとすぐに弾けるんだ。どちらかならそこまでにはならないけどね」


「なるほど、やっぱ二つが同時に発動するからなんか」


「うん。それを制御するには今みたいに出力を下げるか、どちらか片方に切り替えるのが一番良い」


 ふーむ。現実での対処法と一緒か。


「不満そうだね」


「不満ではない。ないからね。絶対違うからね」


「そんな不満そうなハクアにいい対処法を教えて上げるよ」


 嫌な予感しかしねぇ!


「大当たり」


「待って! 心を読むくらいなら言葉を聞いて!」


「はい。と、言う訳でひたすら本番あるのみ。ここでなら制御出来なくても、現実には影響を出ないから、僕と戦いながら二、三日くらい戦ってみようか」


「ひたすら長い!? 時間おかしくね!?」


「はい、それじゃあいくよー」


「話を聞いてくださらない!? 待って、あれ、見えてないの? 私今の今まで指一本すら動かせずに倒れ伏したままなんですけど!? 画角合ってなくて見切れてるの!? 小説として文を追うんじゃなくて、立体として見て! せめて漫画的に平面としてでもいいから絵柄として認識して! そしたらさっきから起き上がれてすらいないのわかるから!」


「はーい。始めまーす」


「聞けやこら! って本当に始まるしーーー!」


 その後、私の悲鳴が木霊したのは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る