第427話好きで食ったんじゃないんですが!?

 朝食を食べ終えた私達は目的地に向かいながら雑談を交わす。

 それというのも空気が多少重苦しく、その原因が知り合いですらないラインがいる為だと踏んだからだ。


 一緒に飯を食べても私とエグゼリアとの関わりが少しあるだけ、澪と瑠璃、クーに関しては今日が初対面だ。


 まあ、私も昨日少し殺し合いしただけの間柄だけど。


 因みに、頼んだものが出てくるまでの間で、昨日私が腹を貫かれ、身体中をボロボロに裂かれた事は速攻でバレた。


 何故だ……見た目では分からないはずなのに。


「お前……、朝っぱらからよくもまあ、あんなに食えるな」


「私としては皆はともかく、ラインがあんなに少ししか食わないのが不思議だ」


「いや、俺も一枚は食ってるからな……」


 そんな気を利かせた私達の雑談は、当然と言えば当然だが、共通の話題が無い為に自然と先程の朝食の話となった。

 そしてそこでは何故か、ステーキを五枚程食べた私の話題となっている。


 くっ、五枚は食べ過ぎだったか。せめて四枚で止めておくべきだったんだな。うん。


「何考えてるかは知らんが、とりあえず違うからな」


「分からないなら否定しないで貰えませんかねぇ! ラインが一枚しか食わなかったのが悪いんだ」


「清々しい程の責任転換ですね」


「いや、朝からステーキは一枚でも十分だからな」


 などとのたまうライン君。これが異世界と地球の常識の違いか……。


「地球サイドでも異常な部類だからいっしょにするなよ」


 速攻で身内から裏切られた。酷い。


「それにしてもハーちゃんは本当にこっちの世界に来てからよく食べますね?」


「育ち盛りだからね」


「原因は急激な進化の弊害らしいがな」


「せめて少しくらい触れてくれません!?」


「まあ、確かに聞いた限りでも異常な進化の頻度よね」


 あっ、スルーの方向ですかそうですか。


「一生懸命生きたらこうなった。不満があるなら言ってくれれば、幻術使って追体験させてやる。途中で心折れるぞこの野郎」


 亜種のホブゴブリンから始まり、グルド、ガシャドクロ、グロスと戦ってガダルに生かされて、勇者(笑)を倒して、またグロスと戦って、巨大怪獣マハドルとの戦闘、またまた勇者×2と戦って、ガダルに捕まり一人でダンジョン攻略。

 モンスターハウスを毒殺して、美味しいイカを食べて、豚を無双したらロードが出て来てまた美味しく食べて、腐毒竜食べて、焼き鳥食べて、ガダルと戦って負けて。


 あれ? おかしいな。あれだけ苦労したダンジョンの思い出がほとんどお食事だ。


 まあ、気を取り直して今度はお守りをしながらオーガの亜種と戦って、そしたらベルゼブブも出て来てなんとか食べてだもんな。


「……後半から食ってばかりだぞ」


「解せぬ」


「ハーちゃん。蝿を食べるのはもう止めて下さいね?」


「好きで食ったんじゃないんですが!?」


「嬢ちゃん。何を食ってんだ? その……今度なんか持ってくか?」


「同情は止めてちょうだい。そして肉が良い!」


「貰うのかよ」


 だってくれるって言うから……。


「そういえば、ハーちゃんのその新しい服可愛いですね」


「うむ。私も気に入ってるよ」


 着の身着のままこのままでずっと着替えずにいられる服だし。


「さっき効果も聞いたけど、強化を重ねれば更にハクアちゃん好みになりそうね」


「そうだねー」


 これ以上……これ以上となるとなんだろう? 今の段階で形状記憶みたいな感じでシワ付かないし、防汚効果もある。

 ハッ! まさか自動温度調節効果とか? そうすればより季節関係なく着れるようになる!!


「しかし、そうちょくちょく衣装チェンジしてると、キャラがブレるぞ」


「おまっ……なんて事を言いやがる。没個性の子に向かってそんな暴言吐くだなんて信じらんない」


「あら? もう徹夜とか出来ない歳かしらね、幻聴が聴こえたわ」


「すいませんウチのハーちゃんが変な事言ってしまって」


「変な事なんて言ってませんが!?」


 何故か私が責められつつも、騒がしく移動していると、ようやく今回の目的地であるヘグメスの秘密実験場に着いた。


 どうやら皆が騒いでいたのは私に気を使ってくれていたようだ。


「ここは確か……ヘグメスの野郎が上客を相手する為に使っていた屋敷? ここになんの用だ?」


「……入れば分かるよ。自分達が何に加担してたのかも……な」


 ラインの言葉に簡潔に答え、一見すると普通の屋敷にしか見えない実験場に足を踏み入れる。


 玄関口から中に入るとそこは普通の屋敷にしか見えない。だが、この場所の醜悪な部分は全て地下に隠されている。


 エントランスホールの大階段。

 その真裏にある階段の影になった部分の床。

 影と同化する事で見えにくいその部分に、地下への入り口がある。


 階段の裏に回ると五段目の裏に手を当てて調べる。色々と触っていると一部稼働する部分を見付け押し込む。

 それを七段目、四段目、二段目、三段目と続け最後にまた五段目を押し込むと、カチリと音が鳴り、その後直ぐに床が音を立てながらスライドして、地下へと続く階段が現れる。


 後ろにいたラインから息を呑む気配が伝わる。恐らくは階段が現れた瞬間に感じた空気のせいだろう。


 だが、ライン以外はここで行われた事を知っている。だからこそ誰も何も発する事無く地下へと続く階段を静かに降りる。


 少し長い螺旋状の階段を降りると、目の前には鉄製の扉、それを開けると中から空気が溢れだす。

 扉の向こうには薄暗い道が真っ直ぐと伸び、両脇には確りとした鉄格子の付いた牢屋が並ぶ。


「うっ、くっ……」


 ラインが鼻を抑えて呻く。

 それを冷めた目で見ながら頭の隅で当然だろうと考える。

 ここには明らかな程の死臭が漂っている。覚悟も何もなしに足を踏み入ればこうなるだろう。


「……ハクア」


「……うん」


 立ち止まっていると鉄格子が独りでに開き、牢屋の中から無数のゾンビが通路に溢れ出す。

 中には昨日のタイプキメラも混ざっているのが見える。


「あれがハーちゃんの言っていたキメラですね」


「らしいな」


「いや、私が戦ったのよりも性能は落ちるみたい。それに……どうやらあれはプロトタイプらしい」


 私にだけ見える敵の後ろに出現した鏡【照魔鏡】には、身体の至る所に亀裂が入り既にボロボロになっているのが分かる。

 素材も昨日のキメラに比べれば一体につき、二人か三人しか使われていない。

 ステータスにしても、動き、相手から感じる圧も昨日の比ではない。

 形は似ているが最早別物と言っていいだろう。


 皆が現れた敵に対して武器を構える中、私は一点を見詰め動けなくなる。

 そこに居るのは他のゾンビに比べて明らかに小さな影。それは……子供のゾンビだった。


「エグゼリア。済まないがここは私と瑠璃が引き受ける」


「おい、流石にそれは」


「大丈夫です。それに……あまり彼等を傷付けたくありませんから。それには私とみーちゃんが適任です」


「そう……ね。じゃあ任せるわ」


 二人の言葉に私をチラリと見てエグゼリアが答える。だが、私もただ黙って見ているわけにはいかない。


「二人共、足止めだけしてくれ。その後は私がやる」


「ハーちゃん」


「大丈夫」


「……わかった。瑠璃やるぞ」


「わかりました」


 二人は短く視線を合わせると瑠璃が前へ進み出る。

 それと同時に澪が魔力を高めると、辺りの温度がみるみる下がっていく。


 最近の澪はその力が増し、ギフトの効果がより強く出始め、火系統の出力が下がる代わりに、魔力や気までもが冷気を帯びるようになってきた。


 そして澪は必要な魔力を練終わると同時に、右手を前へ翳すと力ある言葉を発する。


 「全てを凍てつかせろ【摩訶鉢特摩まかはどま】」


 澪が声を上げると、突き出された右手から全てを凍てつかせる冷気が放たれ、前で構えていた瑠璃に襲い掛かる。

 だが、瑠璃はその冷気に恐れる事無く魔力と気を纏わせた鉄扇を振るう。


 「合式・氷蓮華」


 瑠璃の鉄扇が纏った魔力と気に澪の冷気が融合し、更に冷気を増して目の前のゾンビ達に襲い掛かる。


 この技は、瑠璃の技【水鏡】をヒントに作られた、瑠璃オリジナルの合式の型だ。

【結界】で相手の魔力を包み込む【水鏡】と違い、鉄扇に魔力と気を纏わせ、相手の力と同調させる事で威力を上げて攻撃出来る合体技だ。


 ゾンビ達に襲い掛かった冷気は私が頼んだ通り、ゾンビやキメラの下半身を凍りつかせ、その動きを封じる。


 それを確認した私は溜めていた魔力を解放する。


「【浄炎】」


 私の手から溢れ出した白い炎が、目の前のゾンビ達を白い炎で包み込んでいく。


【白雷】の力を炎と混ぜたこの技は、殺傷力も攻撃力も無い。

 例えこの白い炎に手を入れても普通の人間は、痛くも熱くも無い。この炎は呪いを持つ者や、不死者達にしか効果がないのだ。

 呪いを受けた人間の呪いだけを焼く事も出来るこの炎は、先日の呪いを食べた一件から作った物だ。


 この炎なら彼等も痛みも、苦しむ事すらなくやっと終われるだろう。


 その光景を誰も何も発する事無くただ静かに見詰める。


 炎が収まり、呻き声一つ上げずに灰になったゾンビ達に近付くと、その灰に手を合わせる。


 ごめん。


 後ろに近付いて来た皆もそれぞれのやり方で、犠牲になった彼等を弔う。

 澪が私にお前のせいじゃない。と、言ったがそれは違う。


 気が付く事が出来た筈だった。周辺の怪しい動きをしている奴はチェックしていた。

 それでも自分に、自分達に関係が無いものは優先度が低いと放置していた。

 もっと早くなんとかしていれば助けられたかもしれない。もっと私が強ければ、賢ければ、そう思わずにはいられない。


 それはとても傲慢な考え方なのかもしれないが、こうして関わってしまった以上これは私の問題で、私の罪なのだ。

 だからこそ、関わったのなら全てを見届ける義務がある。


 皆は、しばらく手を合わせ続ける私を誰も何も言わずに、ただずっと待っていてくれた。


「悪いね。時間掛けた」


「気にするな」


「そうですよハーちゃん」


「ええ、大丈夫よ」


「どうした。ライン」


 黙り込み私の方をじっと見るラインに話し掛けると、言葉が詰まったように何度も言葉を探し、ラインはようやく一言私に質問した。


「なあ、俺は……俺達は、何も知らずに何を守らされていたんだ?」

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