第428話許し

 何も知らずに何を守っていた。


 その言葉には様々な感情が篭っていた。


 困惑。


 悲しみ。


 憎悪。


 そして何よりも自身への怒り。


 そんな様々な感情が入り交じった複雑な表情と声。


 私だってこいつの事はよく知らない。けれど戦って話してわかった事もある。

 それが知らなかったとはいえ、こんな事に関わった自分に怒れる人間だという事。


 思った通り、そんなある種真っ当な人間だった事を内心喜びながら私はその質問に答える。


「養殖って知ってるか?」


「ああ、確か一部の奴がやってるって噂の……おい、まさか」


「そのまさかだよ」


 養殖。


 それはレベルの上げ方の一つと言われている。

 通常、レベルを上げるのはモンスターと戦い勝つ事だ。

 しかし貴族の子弟、商人の子弟の中には人を雇い、トドメだけを刺しレベルを上げる方法、いわゆるネットゲームのパワーレベリングなどがある。

 とはいえ、この方法は効率という意味ではあまりよくない。

 最後のトドメだけでは経験値の入りは少なく、危険な状態に陥る可能性、突破されれば怪我を負う事も多々あるのだ。


 だが、養殖と呼ばれる行為はそれとは違う。

 養殖とはその名の通り育て上げたものを消費する行為だ。テイムした魔獣を倒しレベルを上げる方法が養殖と呼ばれる。


 この方法の利点としてはとにかく安全な事。


 難点はコストが掛かり過ぎる事、成育に時間が掛かる、倫理観の問題などが生じやすい事などが含まれる。


「ギルド内でもココ最近その噂が増えて来たの。実力とレベルが釣り合わないってね。それでこちらでも調べて浮かび上がったのが──」


「あのヘグメスだったって訳。まあ、他にも貴族のお坊ちゃんなんかが何人か居たけどね。それこそ騎士の中にも……ね」


 養殖をした人間はパワーレベリングをした人間よりも見分けやすい。

 なぜなら基礎的なレベルは上がっていても、スキルレベルがほとんど上がっていないからだ。

 パワーレベリングでも同じ事だが、目的の場所に行くまでの道中、戦闘中だって守られていても何があるか分からない。

 だからこそ普通よりも低くとも多少なりスキルレベルは上がる。何より守られていてでも、本物の命のやり取りをした事がある人間は、なんとなく空気でわかるものだ。


 逆に養殖を行った人間は、スキルレベルが全くといっていいほど上がらない。それに戦闘に対しての心構え、立ち方が違うから明らかにわかりやすいのがほとんどだ。


 話しながら更に奥に進むと、薬品や実験器具が所狭しと並べられている部屋に出る。

 いたる所に血の跡や傷跡が生々しく残った部屋だ。


「だが、養殖はテイムしたモンスターでやるものだったはずだ」


 その事実を認めたくないのか、はたまた目を逸らしたいのか、ラインは頭に浮かんだ何かを振り払うようにそう口にする。

 自分でも答えはわかっているのだろう。その言葉はあまりにも空虚に聞こえる。


 確かに通常の養殖ならラインの言う通りだ。しかし、この場で行われた行為はそんな生易しい現実ではない。


 それにライン自身わかっている筈だ。通常の奴隷でさえ養殖として使える抜け道が幾つもある事ぐらい。

 特に重犯罪者の奴隷、非合法な奴隷商で仕入れた奴隷、この手の奴隷は普通の店でも主人には絶対服従、非合法な店で仕入れれば命の危険がある命令も遂行出来てしまう。

 普通の店の奴隷ならそのレベルの命令には逆らうことが出来るが、逆に言えば命の危険が無いものなら服従させる事が出来、逆らわないレベルの抜け道ならいくらでも用意して殺すことが出来る。


 だからこそ養殖という行為は忌避されているのだ。


「ここでは養殖に適した商品の開発実験、出荷をしてたらしい。それと性能テストとして実験体同士の殺し合いでレベル上げもな」


「いつの時代も人間の欲とは酷いものじゃな。魔族ですらここまでする者は少ないぞ」


「否定はしないよ」


 クーにはここで行われた実験について意見を聞きたくて呼んだけど、ここまでやっているとなると死霊術師の領分すら超えてるな。


 更に中に入り実験室を抜けると、実験の結果をまとめる資料室のような場所に辿り着く。


 資料をみればそこには様々な検体の情報が載っている。


 投薬実験の成果、経過観察の記録、モンスターとの戦闘記録、いくつかの売買記録も資料として残っていた。

 中には口に出すのもおぞましい実験内容もある。

 中でも膨大な量の資料があるのが、タイプキメラに関する実験記録だ。


 宿主となる素体に魔石を埋め込み、投薬で無理矢理安定させる。しかし埋め込まれた魔石は宿主を蝕み侵食し、やがて耐え切れなくなった身体は崩壊し始める。


 早く言えばこれはマハドルに近しい状態だ。


 その状態になると、自身の崩壊を防ぐ為に新たな素体を求め始める。そこで新たな素体を使う事で違う種族を取り込み、あのような様々な形を持つタイプキメラが作られたようだ。


 資料に拠ると、同種の種族を取り込んだ場合、元となった素体の崩壊が安定する傾向にあるらしい。それが血縁関係にあると更に安定性は増すと書いてある。

 取り込む種族にも相性が有り、元となる素体の感情も大きく関係する。また、安定性を増すには同性、大きく力を引き出したい場合は別性、更に子供はどちらの特性も有しており、素材としての価値が高いとも記してあった。


「こんな……こんな事をやってたのかよ」


「随分と好きにやっていたようね」


「そうだな。私達が思っていたよりも、状況は格段に酷いがな」


「ああ。──っ!?」


「ハーちゃん?」


「どうしたハクア?」


「今あそこに黒いあの方が居た気がするんだよ。こうカサカサと……」


 そんな事を言いながら私は魔力を使って空中に文字を書く。


 ”誰かに聞かれてる”


「お前、この状況下でそんなもんに反応するなよ」


 ”確かか?”


 動揺さえ起こさず切り返した澪は、流石に私と同じ事は出来なかったのか、取り出した紙に文字を書き確認する。

 もちろん全員が分かるように、書いてある文字はお互いにこの世界の物だ。


「どんな状況下でも嫌なものは嫌なんですけど!?」


 ”多分、恐らくは糸みたいなの使って、振動でこっちの言動と行動を把握されてる”


 ”これもやばいか?”


 ”いや、紙に文字を書く位の振動なら大丈夫”


 皆で適当な会話をしつつ、澪と私の筆談を続ける。どうやらこのやり取りは澪が固定でやるようだ。


 ”しかし、よくわかったな”


 ”私も同じ事を練習して出来るからね。全体から声を拾う為に張り巡らせるから、なんとなく空気でわかる”


 ”ほう、どんな経緯でこんな事を練習したんだ?”


 ”そ、それは今関係無いんだよ?”


 ”文字で動揺するな愚か者”


 ふと視線を感じてそちらを見れば、瑠璃がとても良い笑顔を私に向けている。その後ろには後でゆっくりと話をするという空気が、文字となって見えるようだった。


 あ、新手のスキルかしら?


「軽くじゃが他の部屋も見てきたが、資料の類はここだけのようじゃな」


「そうか。とりあえずここには大した情報は無さそうだね。あるのは研究結果ばかりで、後は下級貴族への出荷記録がほとんどだ」


「そうですね。でも……聖国と王都にまでとは思いませんでした」


「そうね。記録を見る限りこの二つは国自体が買い取っていたようだし」


「ああ、厄介だな。このレベルの獲物だと釣り上げるのは不可能だ」


「そう……なのか?」


 先程から口数が減っていたラインが、澪の言葉に反応して思わず聞き返す。


「国自体ってなると下手につつけば戦争になるからね。片や人間の国のトップ、片や宗教国家。相手取るには少し辛い。何人死人が出るか分からないよ」


「そうか……」


 納得はいかなくても理解は出来たのか、ラインはそれ以降、この研究施設を調べ終えて外に出るまで口を開く事は無かった。

 屋敷を出ると視線を感じ、そちらに目を向けると視線そのものが幻のように消え去った。


 向こうもこっちが聞かれてるのに気が付いていたのはわかっていたようだ。


「流石上級貴族の子飼いって所か」


「そうですね。確認事項はちゃんと確認して手際良く撤退してます。やりにくいですね」


「ホントだねー」


「軽いのー、主様」


「私としてはそんな事を普通に話してる貴女達も怖いけどね」


「嬢ちゃん」


「どうしたライン?」


 やっと口を開く開いたラインの真剣な声に、私も真剣な声で応える。


「俺に何か出来る事は無いか?」


「お前に?」


「ああ」


「それは何故?」


「関わったから」


「利用されてただけだろ? お互いに深く踏み込まず利益だけを求めた関係だった。それを気に病む必要は無いよ」


「それでもだ! それでも俺達は自分がした事を許せねぇ。これは俺だけじゃななく、クラン全員の総意だ」


「そうか。なら、私を手伝ってくれ。と言っても依頼を受ける先々で情報収集してもらうのがメインだけどね」


 聖国の動き、王都の動き、それに呼応するように動く各国に、魔族、他種族の動きも活発になっているという話だ。

 その動きに対応する為にも情報収集は大事だ。


 加えてラインにはアベルの教育も頼んだ。

 勇者の権威を削ぐ為にも英雄としてアベルが活躍したするのは役に立つ。私では個人の力を鍛える事は出来ても、冒険者としての知識と技術までは教え切れない。

 その点、クランを経営するラインならその辺も含めて良い教師役にもなるし、教師を用意する伝手としても力になってくれるだろう。


「後は、なるべく色んな依頼を受けてやって欲しい。王都の暴走の煽りを食らって、モンスターを間引き切れてないらしいから」


「ああ、わかった。それ以外にも何か出来る事があったら言ってくれ」


「うん。頼りにしてる。まあ、これからよろしくなライン」


「ああ、こっちこそよろしく頼む。今嬢ちゃんがモンスターだろうと、俺達は嬢ちゃんの側に付く事を約束しよう」


 こうして私は、協力者として名乗りを上げたラインを新たに仲間に加え、頼もしい味方を作る事に成功したのだった。

 ▼▼▼▼▼▼▼

「疲れたー」


 今日はもう休め。澪のその言葉に全員が賛同した為、城に帰って来た私は、夕飯を食べた後、夜風に当たる為、バルコニーへとやって来た。


『貴女、間違ってもこんな所で一人ゆったり黄昏れるキャラじゃないでしょうに……』


「おい、いきなり登場して速攻で喧嘩売るとはいい度胸だな駄女神」


『貴女も人の事は言えませんよね!?』


「ちょっと何言ってるか分からない」


 そんな私に開口一番喧嘩を吹っ掛けて来た駄女神を、軽くあしらいながら風に当たる。


 続く言葉は無い。風の音だけが鳴りしばらく時間が流れる。

 そんな沈黙を先に破ったのは駄女神の方からだった。


『全員が言っているように、あれは貴女のせいではないですよ』


「わかってる」


 真剣なものへと変わった声音に私も茶化すのを止めて普通に応える。


『わかっていないでしょう。起きた事に悲しむなとは言いません。それは貴女が全てを抱えるものではないですよ。それを全て抱えるのはただの傲慢です』


「だとしても」


『ええ、だとしても関わったからには……ですが、その考えは人の身ではどうする事も出来ないものです。全てを抱え、全てを罪として背負うのは私達神だけで良いんですよ』


「神がこの程度の事を罪として抱えるのか?」


『どうでしょうね。ただ私個人としては、彼等もまた私の世界の子ですから……』


「そっか」


『ええ、だから貴女は自分を許しなさい。それが自分で出来ないのなら私が貴女を許します』


「ははっ、偉そ」


『偉いんですよ。貴女くらいですよ私をここまで馬鹿にするのは』


「褒められたぜ」


『褒めてませんよ』



 許す。



 その一言の許しだけで気持ちが軽くなるのだから我ながら単純だ。


 そんな自分に少し呆れつつ、話題はタイプキメラとの戦闘の事に移っていく。


『しかし、貴女が危なっかしいのは何時もの事ですが、今回は本当に危なかったですね』


「だね。今回は……いや、今回も? 危なかった。これもそれも全ては駄女神の陰謀とチートくれなかったせいだな」


 なんとなく照れ隠しのように軽口を叩く。

 しかし、帰って来たのは私が予想しない言葉だった。


『なら……あげましょうか。貴女が言うそのチートスキルを』


 その言葉に思わず顔を向ける。

 その視線の先には、何時もより真剣な顔で私の顔を見るシルフィンが居た。

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