第426話はいはい。辛かったね、悲しかったね、大変だったね

 「すぅー……はぁー……よし」


 魔石が完全に砕け消え去るまで確認した私は、その場を離れアベル達の元へ行く。


 しかしこの服、本当に凄いな。


 軽く肩を回しながら動きを確認すると、魔力を洋服に込める。すると私の魔力を受け取った服は、キメラにボロボロにされた部分が、逆再生するように元に戻っていく。


 数秒もすれば何事もなかったかのように元通りだ。


 戦ってる最中も、全くといっていいほど服の事を気にしなくて済んだ。

 些細な事ではあるが、常に動き続けて勝機を探す私にとっては意外と重要な事だ。

 あらゆる動きで違和感を感じずに動け、防御面も頼れる。

 ハッキリ言えば、装備がこれじゃなかったら恐らく私は死んでいただろう。

 しかも服にシワもつかないとくれば、もうこれは正式にこれ一着だけで過ごす事が出来るのではないだろうか? もしそうだとすれば着替える手間が省けるのは良い事だ。

 全く着替えないでシワ付いた服着てると怒られるからなぁ。


「おーい!」


 と、そんな事を考えていると、私を先に見付けたアベル達がこちらに手を振っている。


「勝てたの?」


「まあ、なんとかね」


「馬鹿な!?」


 エイラの質問に答えながら声の主に視線を向ければ、そこには有り得ないという顔をしたヘグメスがいる。


「タイプ・キメラがこの程度の奴に負ける訳が……そうか、わかったぞ! あれは知能が低い。どうやってかは知らないが逃げ延びたんだな。おい! 何をしている! さっさと来いタイプ・キメラ!」


 どうやらヘグメスは、私がキメラをどこかで撒いて逃げてきたと一人無理矢理納得したらしい。

 この様子から、キメラはこいつの声に反応して助けに来るよう調整されていたのだろう。


「何を勘違いしているのか知らないが、残念ながら核となる魔石を砕いて、あの人達は私が殺した」


「あの人達……だと。はははははっ、あれは道具だ! ただの化け物だ! まさか、あんなものに同情しているとはな。正義の味方にでもなったつもりか」


「何を言って……」


 ヘグメスの言葉にアベル達が動揺しているのが伝わる。私達の言葉とキメラ姿がどうにも重ならないようだ。

 だが、そんなアベル達にヘグメスは得意気な顔で真実を告げる。

 彼等、彼女等が元はただの獣人の人だった事を、自分達の研究の成果、兵器としてあんな姿にした事を。

 途中、材料が足らなくなり、同じ種族の子供を何人も使った事も、まるで玩具を自慢する子供のように得意気に話す。


「酷い。貴方は人の命をなんだと思っているのですか!?」


 傍らに居る獣人の兄弟を抱き締めたヒストリアが堪らず叫ぶ。だが、そんなヒストリアに薄く笑いヘグメスは言葉を続ける。


「酷い? 何を言ってる。教会でも一部の亜人以外は人とは認めていないだろう?」


「それは……」


「獣人なんて野蛮な種族は我々人間の役に立てば良いんだ。それに……私にはれっきとした資格がある」


「ふざけるな! 人を使った実験なんてそんな事をしていい資格があってたま──」


「あるんだよ! 私にはその資格が! 私の家族は獣人に殺された」


 ヘグメスの答えにアベル達が息を呑む。


「あれは十年ま──ブギャッ!?」


 そんなヘグメスの独白を、過去編に入りそうだったから顔面に蹴りを見舞って中断させる。


 うん。そんなものに興味は欠片も無いんだよ?


「ああ、はいはい。辛かったね、悲しかったね、大変だったね。お涙頂戴の話は聞いたら涙で前が見えなくなるかもだから中断するわ」


「な、にを」


「資格だっけ? 権利だっけ? 知らねぇよ馬鹿が。自分の家族が殺されたから、何もしてない奴を捕まえて実験材料にしました。そんなもん通用する訳ねえだろ。大層な過去で自分の行い正当化しようとしてんじゃねぇよ。何をどう言ったところであんたは、獣人を使って生体実験繰り返し、挙句それを商売にしただけのクズだ」


 言いたい事を言うとさっさとヘグメスや部下の意識を奪い、完全に無力化させる。


「ヒストリア。とりあえず今日はその子達の面倒をみてやって、明日には教会にでも連れてってやってくれ。教会には私が話を通してあるから大丈夫なはず。必要なら宿代も後で出すから金額は後で教えて、他はとりあえずギルドまで付き合って報告と話の擦り合わせしないとだから」


 それぞれに簡単な指示を出すと異論なく頷く。

 こうして獣人兄弟を巡る長い一日が終わった。


 いや、実際はこの後、事後処理がわんさかあるんだけどね。

 ▼▼▼▼▼

 翌日、ギルドで報告を済ませ事後処理を終えた私は、エグゼリアと共にその足で待ち合わせ場所まで来ていた。


「はぁ、思った以上のネタだったわね。おかげでまだ暫くは処理が残りそう」


「悪いね」


「いいえ。元々は頼むつもりだったし、あんな事をしていたのなら、むしろ少しでも早く片がついて良かったわ」


 エグゼリアも昨日の夜、報告後に向かったヘグメスの奴隷達の事を思い出していたのだろう。

 苦虫を噛み潰したような顔でそう答える。


 昨日、ヘグメス邸を後にした私は、ギルドに向かい報告を済ますと、アベル達と別れ、エグゼリアと共にヘグメスの奴隷の元へ向かった。

 環境は酷いの一言で、人間扱いされていなかったのは一目でわかるほどの有り様だった。

 仲間や家族にヘグメス達がした行為の怨みと悲しみ、ヘグメス達への憎悪と怒り、助け出した獣人奴隷達は皆がそんな負の感情に染まっていた。


 エグゼリアの言葉も、ギルド職員の誰の言葉も届かない程に……。


 それでも、私の拙い言葉で怒りを抑え止まってくれたのだから、彼等は本来とても優しい人達だったのだろう。

 その事を思い出し、なんとか説得出来た事にホッと息を吐く。


「そっか。と、来たみたいだ」


 待ち合わせの相手が来るまでエグゼリアと話していると、どうやらまあまあ時間が経っていたようで、気が付くと待ち合わせ場所にやってくる澪達が見えた。


「悪い。待たせたか?」


「すいません。ちょっと遅れました」


「いやまあ、別に良いんだけど。なんでクーはそんなに疲れてるの? そしてなんでお前はそんなボロボロなん?」


 待ち合わせ場所にやって来たのは澪と瑠璃、そして専門家としてクーに来てもらい。もう一人、今回の件の代表するとしてラインにも来てもらっていた。


「いや、まあ色々とあって……」


「ノーコメントなのじゃ……」


「気にするなちょっと格付けをしただけだ」


「そうですね。身の程知らずが居たので少し教育しただけです」


 やって来た面々は澪と瑠璃は何故か良い顔でツヤツヤとしており、クーは疲れ気味、ラインに至っては、何故か私と戦った時よりもボロボロな状態で現れた。


「あー、うん。とりあえず良いや」


 気にしてもしょうがないし。気にすると何か厄介な事になりそうなのでスルーで決定。

 そのまま全員を引き連れて、とりあえず朝飯を食べる事にした。


 今回の件で一気に事を運ぶ為、アイギスとエグゼリア主導で城とギルドの人員を動かした。

 その際、私の仲間にも協力して貰い、それぞれに付いて動いて貰った。

 書類仕事の事後処理から、相手を捕まえる実動部隊まで、結構な事を手伝って貰い、今もまだ皆には手伝って貰っている。

 そんな中、何故忙しい澪、瑠璃、クーを呼んだかと言えば、これからヘグメスの実験場へ行く為だった。


 澪と瑠璃は昨日の戦いでまだ本調子ではない私に代わり護衛を含めて、クーは死霊術師としての知識を貸して貰う為に来てもらった。

 ラインは、自分達が関わっていた事を知りたいと言うので同行を許可した。


 これから行くところは、他のメンバーには出来れば見せたくないしね。


「大丈夫か?」


 エグゼリアとラインは今回の事に関わっていたクランの、今後の身の振り方について二人で話をしている。

 そんな二人の後ろを歩いていた私に、澪と瑠璃が近付きそう聞いてくる。


 何がとも、何をとも言わないその一言。それに大丈夫と答えて私も気になっていた事を聞く。


「どこまで釣れた?」


「正直、釣果は芳しくないな」


「はい。みーちゃんの言う通り下級はなんとかなりましたが、中級はあまり、上級はほとんど駄目でしたね」


「流石にガードが硬いか……」


「ああ、この世界は契約を魔法で出来るからな、証拠が残りにくい。それでも下級はなんとかなるが、それより上は一筋縄ではいかないな」


「そうですね。上級ともなれば、一方的な契約に持ち込まれてもその力を得たい人間は沢山いますからね。あ、これが資料です」


「たく、貴族は本当に厄介だね」


 瑠璃から受け取った資料に目を通しながら溜め息を吐く。

 今回の作戦では、この件に関わっていた貴族も数多く捕まえる事が出来た。だがやはりと言うべきか、捕まえられたのはそのほとんどが下級貴族。

 中級以上にはほとんど逃げられた形になる。

 特に、フープが魔族に占領された際にも、上手く立ち回った敵はそのほとんどが健在だ。


 その事実にもう一度溜息を吐かずにはいられない私だった。

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