第425話【照魔鏡】

 現れたのは異形の姿をした人物・・

 見上げる程の巨体はオーガよりも大きく、二メートルは超えている。

 だがその身体に下半身は存在せず、溶けた身体がヘドロのようになって、ヘドロで出来た水溜まりから身体が生えているようだった。


 そして特異なのは下半身だけでは無い。


 頭は太い革ベルトがグルグルに巻かれ、その間からは血走った目が覗いてる。

 しかもそのベルトで形を保っているのか、ベルトの隙間からは絶えずグチュグヂュと音を立てて、身体がヘドロのように溶けてはみ出している。

 上半身からは絶えず呻き声が聞こえ、時折人の顔が浮かんではヘドロの中へ沈んでいく。


 溶けた身体が下にヘドロを作り一体化してる。

 それに溶けているように見えても、動いた後が残ってない。身体から離れてもヘドロは制御下にあるって事か。


「な、なんだこの化け物」


 アベルがそう言ってしまうのも無理は無い。

 だがこれこそが、ヘグメス達が作り出したおぞましい成果の一端なのだ。


 一体、何人を……。


 見据える先、先ほどまで血の気の引いていたヘグメスの顔は、女神がこの場に居なくなっている事を確認すると、わかりやすく喜びに満ち、勝利を確信したものへと変わる。


「女神さえいなければまだ、まだやり直せる。さあ、私の為にあの女を殺せタイプキメラ!」


 ヒステリックさを感じさせながら叫ぶヘグメス。その言葉に従うように、タイプキメラと呼ばれた異形が私を見た。


 は、や。


「くっ!? ツッ」


「ハクア!?」


 見た。


 そう認識した時にはキメラの爪は既に私の目の前まで差し迫る。

 なんとか首を捻りクリーンヒットは避けるが、その爪は私の頬を引き裂き、血を飛び散らせる。

 回避と同時、動きの流れのまま回し蹴りを放つ事でキメラを蹴り飛ばし距離を取る。


 チッ、今の感触。


「全員を聞け! この屋敷の人間は全員を捕らえて動けなくしてある。そいつらを全員確保して外に逃げろ!」


 簡単に指示を出した私は、返事を聞く間もなく刀で壁を切り崩しそのまま外へ出る。

 選んだのは中庭、狭い室内よりも自由に動ける空間がある方が、有利になるとみての行動だ。


 やっぱり追ってきたか。


 キメラはヘグメスの指示通りどうやら私に狙いを定めている。アベル達には興味を欠片も示していなかったのがいい証拠だ。


 中庭に降り立ったキメラと相対する。


 頬の傷は浅くはないが直ぐに治る。相変わらずの紙装甲とはいえ、HPにはまだ余裕がある。

 恐らく、あのタイミングで避ける事が出来た事から速さは私以下、行動の起こりがわかりにくく、意識が乱雑過ぎて読みにくいが、それならなんとかなるはず。

 蹴った感触からして物理攻撃はあまり効いてる感じがしない。それに、私に攻撃を加えて爪に血が付いた。それがヘドロに呑まれた瞬間、キメラの魔力が少量上がったように感じた。

 恐らくは宿主に核となる何かを埋め込んで、核を元に周囲の生物や魔力を取り込んだモノ。それがこのタイプキメラだろう。

 そしてこいつを放置すれば関係無い人間を更に取り込み、手が負えなくなる。

 今はヘグメスの制御下にあるようだが、その楔もいつ外れるかわかったものではない。


 その前になんとしても──。


 状況を端的に整理して目標を設定する。


 ──だが。


 ちょっと待て、さきまでと何かが……。ッ!? こいつ、一回り小さく──。


「クッ!?」


 私がその事に気が付くと同時にキメラが動き出す。その動きは私が想定したものよりも更に速い。


 だが、事前に気が付けたおかげでなんとか反応は出来る。

 それでも避ける事は出来ず防御で精一杯だった。


 身体強化スキルを使った状態で、地獄門の篭手を更に【鬼角鎧】で強化したが受けた腕がボギッ、という音を立て篭手ごと骨が砕ける。


 くっそ、ここまでやって後ろに飛んで威力を逃がしてもこれかよ!?


 砕けた骨も、破壊不可のスキルが付いた篭手も再生して元に戻るが、キメラの攻撃力は完全に私の防御力を超えている。

 同時に私は自分の身体にへばりついたヘドロを見る。


 しかも、このヘドロ粘菌みたいにこれそのものが

 、キメラとは別の意思で動いてる。


 放電する事でヘドロアメーバを焼き殺し、双銃オルトを取り出しキメラへ、牽制のフレイムアローを放つ。


「なっ!?」


 しかしその魔法は、キメラに近付くほど何故か威力が落ちダメージを与えられない。


 これは、魔力の拡散? いや、キメラ自体が吸収してるのか。と、いう事は魔力で外装を作る【鬼角鎧】も完全な状態で使えてた訳じゃないのか?

 クソ、情報が足らねぇ。戦いながら集めるしかない。


 それでも素手で接触すれば、ヘドロアメーバが厄介だというのは分かった私は、自分の周りにファイアーボールを作り出し、数個を残してキメラに放つ。


 やっぱり、キメラに近付くと吸収が強くなる。

 それに……それぞれ魔力量を変えてみたけど、魔力が多いものほど威力は落ちてない。

 いろいろと試したが、こいつの力は一定距離毎に魔力を減衰して吸収する能力って所か。

 攻略法は至近距離からの高威力攻撃が一番有効そうだ。それを繰り返せばなんとか勝つ見込みはあるはずだ。


 キメラの攻撃を避けつつ、魔法や魔力、気力を使った武器攻撃を仕掛けながら情報を集め、そう結論付ける。


 問題は私との相性が悪い事。


 私の得意な事は圧縮と連射性、そして制御能力だ。魔力を一気に練り上げて大威力攻撃をするのは一番の苦手分野と言ってもいいらしい。

 らしいというのは苦手分野とはいえ、出来ない訳ではないからだ。


 うん。裏技使ったり、時間をかければなんとかなるんだよ。まあ、その時間がないんだけど。


「う、あ、あ゛あ゛──ろす。ころすコロス殺す。ころせコロセ殺せ。痛いイタイいたい。苦しい助けて。殺す。コロセ! 生きたいシニタクナイ。死んで」


 今まで呻き声しか上げなかったキメラが、色々なひび割れた声で喋り始める。

 そしてその最中もキメラの攻撃は一層激しさを増していく。


 しかし、本当にやりにくい。こいつ、私に適応する為にどんどん身体を作り替えてやがる。


 初めヘドロ溜りから上半身が生えているような状態だったキメラは、今やその姿を変え速く駆ける事に特化したチーターのような脚。

 虎の身体に鋼の針のような体毛。

 腕は猿のように手数を重視したものへ。

 爪は相手を引き裂くことに重点を置いた熊のもの、顔はライオンで鋭い牙ときている。

 一度姿を変えても、私に対して有効でないと分かるとすぐに姿が変わる。それを繰り返して、まるで沢山のパズルのピースから、無理矢理絵柄を作り出すように身体を作り替えていく。

 しかもそんな風に、身体がヘドロから動物のものに変わっているのに、変わらず身体からヘドロは流れ出し続けているからタチが悪い。


 唯一の救いは四足歩行じゃなくて二足歩行って事だけど、それでも身体がチグハグで、それぞれに意識をもって動いてる感じがして動きが読めない。


 本当に私と相性が悪いな。まあ、相性が悪いというか、相性悪く組み替えてるだけだけど。

 てか、なんであの体型でこのスピードとパワーが出る? 身体のバランスおかしいのに、身体バランスも高いってどうなってるんだ!?


「くっ!?」


 キメラの攻撃をなんとか両腕を使って受け流す。

 攻撃力の高さから片手では無理だし、両手でも骨が軋むほどに辛い。そのうえ体毛が針のように私を傷付け、ヘドロにも注意を払はなければいけない。

 スピードが速いから完全に避けることも難しく、一撃受ける毎に体力も集中力も、勿論HPまでガリガリと削られていく。


 だが、それでも準備は整った。


 キメラの手数を重視した攻撃に耐えかね、私の膝がガクンと落ちる。

 キメラはその隙を逃すはずもなく、スピードよりも威力を重視した、力の込もった大振りの一撃が私を襲う。


 かかった。


 落ちたのではなく、力を抜いて落とした膝、身体が落ちる重力に身を任せながら、一気にトップスピードに達して、上から叩き付けるように振るわれるキメラの攻撃を、潜り込みながら駆け抜ける。


 とった。


 キメラの背後に回った私はその背中へ向け、限界まで力を込めた拳を振るう。


 ──だが。その瞬間、聞こえてしまった。見えてしまった。





「まま……タスケテ」





 その声の意味を理解した瞬間、その声の主の顔が背中に浮き出た瞬間、私の腕は、身体はその場に縫い止められてしまったかのように一瞬止まってしまう。


「しまっ──」


 その代償はいつの間にやら背中から生えていた腕の一撃。

 無防備にさらけ出された私の腹に向けて、凶悪無比な一撃が放たれ、意図も容易く私の腹を突き破ってみせた。


「がぁあぁあ!」


 直後、攻撃を切り替え風魔法をキメラにぶつけ、その風圧で自身の身体を吹き飛ばす。

 受け身を取る事すら出来ずに無様に地面を転がるが、そのお陰でなんとかキメラとの間に距離を取る事に成功する。


 キメラを見据えながら回復薬と魔法を使うが、腹に空いた傷は軽いものではない。


 腹の傷が痛みを訴え主張する。


 胃からせり上がるような吐き気もする。


 だが──そんなものはどうでもいい。


 私の中を支配する感情は恐らく怒りだ。

 目の前が赤く染まり、頭の中がショートしそうな程ヘグメス達に対する怒りが満ちる。


 子供まで……子供まで素材にしたのか!?


 もう個々の感情なんてものは存在しないだろう。ならばあれが口にする言葉は、凄惨な実験の最中に口にしたものだ。

 何度も何度も擦り切れる程に。


 私に対してそれが有効だと思ったのだろう。キメラの身体のあらゆる場所から、子供のものと思われる顔が浮き出る。

 そして、今までよりも鮮明にクリアな声音でそれを再生する。


「痛いよ」

「お母さん」

「パバ、ママ」

「やめて」

「家に帰りたい」


 ギリッと、口の中で何かが音を立て、直後にバキッと、いう音と共に口の中に血の味が広がる。

 そんな私を見たキメラのライオンの顔は笑っているが、身体に浮き出る子供の顔は今も痛いと泣いている。


 あぁ、何が高威力の攻撃で削っていくだ……。違うだろそうじゃないだろ!


 今にも崩れ落ちそうな膝に力を込め立ち上がり、せり上がる血と胃液を無理矢理飲み込み、荒れた呼吸を整える。

 痛みに震える手を力で抑え込み抜刀の構えを取る。


「はぁ、はぁ、はぁ……ふー……」


 もう、救う事は出来ない。


 もう、起きてしまった事は覆せない。


 助ける事も、解放する事も、家族に合わせてやる事も私にはその何もかもが出来ない。


 ──だから、せめて。


 痛みも苦しみも感じさせずに終わらせる。


 だから見ろ。観ろ。視ろ。奴の全てを、あの子達を、あの人達を苦しめた総てを私にみせろ!


「全て写しだせ【照魔鏡・・・】」


 ▶︎ハクアの要請により【鑑定士】の派生エクストラスキル【照魔鏡】がアクティブになりました。


 頭に音声が鳴り響き、キメラの後ろに古く大きな鏡が現れ、キメラの姿を……本質を詳らかに写し、暴き出す。


 だがその瞬間、キメラも何かを感じ取ったのか同時に動きだす。その動きは今までのそれとは一線を画す速度だ。

 私の目にも最早キメラの動きは影を追うのがやっとのレベルだ。


 腕が切り裂かれ、腿が抉り取られる。キメラが私の横を通り過ぎる度に私の身体から血飛沫が舞う。

 それでも私は魔法で最低限の回復だけして、抜刀の構えのままずっとその時を待つ。

 今のキメラの動きはただの牽制、私の身体を抉り、傷付け、とどめとなる一撃を放つ機会を窺っているに過ぎない。


 だからこそ私はその一撃を狙い澄ます。【照魔鏡】はキメラの核となる魔石を写し出した。後は向かってくるキメラの力も利用した一撃を打ち込むだけだ。


 ただその時をじっと待つ。


 辺りはもう私の飛び散った血液で真っ赤に染まっている。私のHPも残り少ないがキメラの殺気も既に最高潮に達している。


 そしてその時が来る。


 私が立っているのもやっとだと考えてか、キメラが選んだのは正面からの心臓への一突き。

 それに呼応するように私が動く。

 するとそれを見て取ったキメラの口の端が勝利を確信するように歪み、瞬間そのキメラが変化したライオンの口から眩い炎が放たれた。


 私がカウンターを狙っている事を読んでいたキメラの奥の手だろう。

 受ければタダでは済まない。HPが減った今、受ければ全損の可能性もある。それを見越しての一手。

 だが炎を避ければ失速してその瞬間に心臓を貫かれる。


 だから受ける。


 残った回復薬を頭から被り、【結界】を全面の最低限だけ張り巡らせる。


「ガァァァアァ!」


 喉から咆哮を上げながらただ一直線に走り抜けた。その予想外の行動の一瞬の隙を付き今度はこちらが逆襲する。


 白打が鬼気に包まれ、その力を受け溢れ出した鬼気が刃の形に変化して紅く染まる。


鬼刃一刀きじんいっとう羽々鬼離はばきり!」


 白打が纏った鬼気が私の言葉に反応して輝き出し、脈動し明滅しながら刀身を伸ばし、キメラの核ごと身体を斬り裂いた。


「はぁ、はぁ、はぁ。くっ!?」


 身体が限界に近い。


 それでも私は斬り裂いたキメラに近付き、麻痺毒を使う。


 ただの自己満足だ。それでも少しでも痛みを感じなければ良いと……。




 ──ごめんね。


 ──助けられなかった私を恨んでいいよ。


 ──そして。


 ──どうか……私を赦さないで。




 魔石が砕け、消え去るまでの間、毒を使い続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る