第412話さてさて、釣れるかな?

「……よっと。お〜、良い感じに集まってますなぁ」


 アベル達に遅れて一人夜の街に飛び出したハクアは、先んじて一足早くアベル達が突入すべく向かっている屋敷へとやって来ると、その屋敷全体が見回せる位置から手でひさしを作って、満足そうにウンウンと頷きながら呟いた。


 そもそも夜なのだからひさしを作る必要など無いのだが、今はそんな事をつっこむ人間は誰も居ない。


「ふむふむ。予想よりも多少多いけどあの程度なら誤差範囲かな?」


 屋敷にウヨウヨと居る冒険者と護衛を見回しながら、ハクアはそんな事を呟きつつ索敵を開始して目的の人物を探す。


 そもそもの話し、奴隷商が何故これだけ万全の態勢を敷いているのか? 

 それはアベル達の襲撃の情報がハクアによって事前に漏れていた為だ。


 今回の首謀者である奴隷商のヘグメスは、とある貴族との密約によって獣人の子供を集めている。

 今回、アベル達の目的地が奴隷商の商館ではなく、ヘグメスの屋敷なのもその為だ。


 そしてハクアはハクアでとある目的の為にアベル達には派手に暴れて貰う必要があった。

 そのついでに、アベル達に自分達と同じレベル帯の人間との複数戦闘の経験を積ませようとした結果がこれである。


 正直、失敗すれば命に関わる。ましてや人助けで他人の命まで絡んでいるにも拘わらず、それすらも修行内容の一環にするなど、そんな考えは通常正気の沙汰ではない。

 だが、地球で実戦訓練と称し、澪や瑠璃と共に師匠である朝霞によって何度もヤクザの事務所や、借金取りの事務所、怪しげな人間が多数集まる廃倉庫に何度も何度も放り込まれた事のあるハクアにとって、この程度は至って普通の修行内容だった。


 アリシアやエレオノ、ヘル達常識人が居れば止めただろうが、今回ついて来る事が無かったのがアベル達最大の不幸とも言えたかも知れない。


「おっ、居た居た」


 そんなハクアは視線の先、気だるげに木の箱へと寄り掛かりながら時折指示を出している人間を見付ける。

 二メートル程の身長に短く刈り揃えた赤毛の髪、装備は薄く見えるが、その実中々の防御力がある軽鎧を付けている。傍らに身の丈以上のハルバートを立て掛け、腕を組んでつまらなそうに指示を出すその姿は、一見すると隙だらけに見えるが全く隙が無い。


「ふむふむ。予想通りヘグメスの駒で厄介なのはアイツだけみたいだね。さてさて、釣れるかな?」


 屋敷の索敵を終えたハクアは、自分が調べた通りAランクの実力を持つ人間が一人なのを確認する。


 ハクアの目的、それはアベル達では敵わないAランクの実力者を自らが排除する事にある。

 屋敷に配置された全員の確認が済んだハクアはその男に視線を向ける。すると、視線の先に居た男は弾かれたように辺りを見回し、ある一点、ハクアの方を見て獰猛に嗤う。


 それを確認したハクアもフッと微かに笑うと、もうここには用は無いとその場を立ち去った。

 その後を追う男を引き連れて……。

 ▼▼▼▼▼▼▼

 Aランク冒険者ライン・ナグレスト。


 かつて近くのダンジョンのモンスターが一定数を超え溢れ出し起きたスタンピード。その中でジェネラルオーガが率いるオーガ軍団を退けた事でAランクへと上がった猛者だ。

 だが、最近では一部の人間と契約を結び護衛のような仕事をしている。


 理由の一つには、同じ護衛の依頼を受けるにしても、ギルドの仲介を通さない方が、中抜きが無い為、互いに儲かるというのもある。

 しかしそれ以上にラインにとっては、華々しい表の世界に生きる強者よりも、裏に生きる強者との戦いに惹かれていたからだ。

 正々堂々では無い。汚い手も、卑怯な手も使うギリギリの命のやり取り。

 それに魅入られたラインは好んで裏の仕事に関わった。


 今回の仕事もその中の一つだ。


 しかし、ラインはどうにも気が乗らなかった。


 その理由が……。


「チッ、今回も雑魚の始末か」


 そう、ココ最近ではあのひりつくような戦いに出会えていない。

 相手にするのは一般人や格下ばかり、それが戦いを生業とし、命を削るような戦いを望むラインにとっては非常につまらないのだ。


 だが、それでも流石貴族と繋がる奴隷商と思う程に今回の仕事は実入りは良い。

 この奴隷商が何やら汚い事をやっているのは知っている。更に最近では貴族も巻き込んで何かをしているようだった。


 だが、そんな事はラインには何も関係が無いし、興味も無い。

 深く探って巻き込まれるのも面倒。

 知らなくて良い事を知るのも面倒臭い。


 ラインは性格こそ粗野だが、愚かでも馬鹿でもない。むしろ性格で損をしているが頭の回転は早い方だ。

 むしろそれこそがラインをここまで生かしている最大の強みかもしれない。


 あくまで仕事として表面だけで付き合う。

 それが奴隷商や貴族、後暗い事をしている人間達がラインのクランを重用する一番の理由だった。


 しかし、それでもつまらないものはつまらない。


 仕事は仕事だが戦いに対する欲求が日々溜まって行く事を自分でも自覚していた。

 だからこそ今回の仕事も気が乗らず、ラインはイラつきながらつまらなそうに指示を飛ばしていた。


 だが次の瞬間そんな考えは吹き飛んだ。


 自分に向けられた濃密な殺気。実際に身体の重さが増したかのように錯覚する程の強烈なものだ。

 ラインは長年の経験から即座に臨戦態勢に入り、弾かれたように辺りを見回す──が、自分以外にこの濃密な殺気を感じて居る人間は居ない。

 これ程の濃密な殺気を周りの人間には一切悟らせず、ターゲットのみに絞る程の実力、それを理解したラインは自分が意識せず獰猛に嗤うのを感じる。


(クク、まさかこんな面白い相手まで居るとはな)


 視線の先、殺気の方向に目を向ける。

 姿は見えない。だが、自分が捕捉した事を相手も気が付いた。

 その瞬間、濃密な殺気はなりを潜め、敵は気配を消す事も無くその場を立ち去る。


 罠だ。


 経験が、感が、全身に警告を告げてくる。

 だが、それでもラインの身体は周りの制止の声も気に止めず、突き動かされるように敵への追走を開始した。


 この相手とならば、あのひりつくような命を削り合う殺し合いが出来ると、どこかで予感めいたものを感じながら。

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