第411話たった一人の為の英雄だ
野暮用を済ませた私が城に帰ると、治療したアベルがようやく目を覚ましたと聞き、アベルが担ぎ込まれた一室へと向かう。
ドアの外から既に漏れ聞こえていたが、中に入ればアベルがダリア達に引き止められている姿が目に入った。
既に粗方のドラマ展開は終わったのか、アベルは一人嗚咽を漏らしながら泣き崩れ、「助けるって言ったのに……」的な言葉を漏らしている。
その様子をダリア達パーティーメンバーは、自分達も気持ちは同じ。と、言う感じの表情でアベルを慰めていた。
うん。まあ、向こうが主人公サイドの物語なら、胸が熱くなる感じのシーンなんだろうけどね。
とりあえず──。
「安静にしろと置き手紙までしてやったのに暴れた挙句、勝手に悲劇の主人公してんじゃねぇ!」
「アベルー!」
はい。イラッと来たので蹴り飛ばしました。
いやいや、そもそも頑張って治したのに傷口開きそうな感じに暴れるなよ。
散らかり具合で大体わかる。
私の治療は魔法と外科手術の併用だ。
拙い技術と未熟な魔法を組み合わせる事で、一流に近い領域まで無理矢理押し上げる。言わば反則的な手段なのだ。
だから術後は魔法での治療と違ってすぐには動いちゃダメなんだよ。
そして一番重要なのが、男の涙など需要が無いんだよ。
全く、美少女になって出直して来れば良いと思います。
『シルフィン:横暴……』
シャラップ駄女神。
そもそもの事の発端は少し前の事だ。
アベル達は依頼からの帰り、追われている獣人の子供を見付け、追い回していた野盗風の追っ手を退けた。
安全を確保したアベル達は、その子供の事を治療しながら事情を聞いた。
分かったのはその子供は獣人だけが寄り集まって作った小さな集落の出身だった事。
そして、その集落が野盗に襲われ、女、子供は全員、生き残った男も無理矢理に奴隷にされたと言う事、その子供は親が隙を見て逃がしてくれたのだそうだ。
泣きながら話すその内容に、アベル達は義憤に駆り立てられその子を助ける事にする。
だが、事はそう簡単にいかなかった。
集落に辿り着いたアベル達は僅かな痕跡から野盗の後を追った。
そしてなんとか奴隷にされた住人を見付けたが、その時には既に住人は奴隷商に売られた後だった。
正当な手続きの元に売られてしまえば、例え違法な方法であっても手を出す事は難しい。
それでもアベル達はなんとか交渉した。
その結果、奴隷商はそう言う事ならば仕方が無いと言い、奴隷を破棄すると宣言した。
そこで油断してしまったアベル達は、奴隷商に奴隷の元まで案内すると言われ、案内されるままに屋敷へと招かれ部屋に入った。
しかし、そこには奴隷どころか誰も居なかった。
その段階でようやく騙された事に気が付いたが、その時には部屋の罠が作動し、落とし穴に落とされ、その先には大量のモンスター。
しかも飲み物に薬を混ぜられていたらしく、状態異常を抱えながら戦いを強いられ、それでも戦い抜いた。
そしてモンスターの隙を突き、帰還の巻物を使ってなんとか生き延びたらしい。
少し高かったが念の為渡しておいた、帰還の巻物が役にたったようだ。
帰還の巻物はダンジョン内では使えない。
街から遠すぎても使えない。
オマケに料金は高く、あまりにも使えないから売れないと言われているが、一応渡しておいて良かった。
「ちょっと、あんた怪我人になんて事するのよ!」
「いやー、だってうざったかったからつい……?」
「つい。じゃないでしょ!?」
そんな事を考えていると、案の定ダリアに食ってかかられたがスルッとすり抜け、アベルの前に立つ。
私を見上げるアベルは自分の無力感に苛まれた目をしている。
強くなった気でいた。
助けられると思った。
だが、結局失敗して返り討ちにあった。
そのせいで心が折れたかのような目。
見上げるその目にはそんなものが映り、私に何かを期待するような、縋るような目をしている。
しかし私はそんなものに応えてやる義理は無い。もっと言えばこれは他ならぬアベル達の問題で、どうするかはコイツ等が決めるべきなのだ。
「助けてなんて言葉は意外と人の耳には届かない」
突然発した私の言葉に全員がなんの事だと言いたげな空気を感じる。それでも私は構わずに言葉を続ける。
「自分がどれだけ大きな声で助けを求めているつもりでも、誰かに届く頃にはその声はほとんどが聞こえない。もし仮に届いたとしても今度はここに届かない」
アベルと視線を合わせ胸に手を置く。
「自分以外の誰かがやるさ、助けてなんて言う前に自分で努力しろ、関わりたくない、そうやって理由をつけて聞こえない振りをする。でも、お前には聞こえたんだろ?」
そう。コイツには聞こえた。
助けてと言う声が、気持ちが、思いを受け止めた。その結果がどうあろうとだからコイツは動いたのだ。
「それが絶対的に正しいとは言わない。状況も事情も人によって変わるからな。でも、聞こえて、応えた瞬間からお前等はそいつの希望になったんだ」
「俺達が希望に?」
「そうだよ。希望だ。それでお前はどうするんだ? どうしたいんだ?」
その言葉に迷い、戸惑い、ゆっくりと口を開き独白する。
過去の自分、この世界に来る前の自分に起こった事、人からすれば、この世界の不条理に比べればそんな程度と言ってしまうかもしれない話。
だが、それは本人からすれば全く重さの違う話になる。
そしてアベルは言う。
自分を助けてくれる人は居なかったから、その分自分は誰かを助ける事が出来る
その気持ちは私にも分かる。
私は運良く救って貰えた。
傍から見れば突き放したような救いの無い言葉だったが、師匠は……そして周りの人間は、そんな事を感じさせないくらい沢山のものをくれた。
だから私は皆に貰った分は誰かにチャンスを与える。
それを掴むか掴まないかは自由。掴んでどうするかも自由だが、それくらいの事はする。
だからアベルの面倒も見る事にした。
そして私と違い、助けられなかったのにその考えに至ったアベルを、私は凄いと思っている。
失敗もした。
間違いもした。
しかしその強さは本物だと思った。
だから失敗したら学べば良い。
間違えたなら正せば良い。
そして本物の強さを獲れば良いのだ。
それを獲るまでのフォローくらいは私がすればいいのだから。
独白を終えたアベルは私の顔を見ると、さっきまでと変わらず縋るように期待するように呟く。
「俺……英雄になれるかな?」
「アホか。そんなものは私が言える事じゃないし分かるかよ。でも、さっきも言った通り、お前は応えたんだろう? 失敗したかも知れないし、間違えたかも知れない。それでもそいつの助けに応えて希望になったお前は、もうそいつにとっての希望であり英雄なんだよ」
アベル達全員の視線が私に集まる。
こんな事を言うのは柄ではないがしょうが無い。
「別に皆を救う英雄じゃなくたっていい。転んでも、傷付いても、たった一人の為でも、震えながら、怖がりながら、そいつの希望を背負って立とうとしたお前達はたった一人の為の英雄だ」
アベルの瞳に光が灯る。
「だからもう一度だけ聞いてやる。お前はこれからどうしたい?」
立ち上がり、手を差し伸べながら私はアベルに問い掛ける。
「……助けたい。今度は大丈夫だって、助けてやるって言ってやりたい」
私の手を取り立ち上がったアベルは先程までとは違い、決意に満ちた目で私にそう宣言する。
「そか。ちっとはカッコ良くなったじゃん♪」
全く、手のかかる弟子だな。
でも、私も何度もこうやって師匠に助けて貰った。だからこれはそう言う事なのだ。
▼▼▼▼
「さて、お前らも異存は無いって事で良いんだよな?」
「ええ、きっちりやり返すわ」
「そうよ。やり返さないと気が済まないんだから」
「今度こそあの子を助けます」
ダリア、エイラ、ヒストリアがそれぞれ言い放つ。気合いは十分なようだ。
「んじゃ、これあげるよ」
私は一枚の紙を取り出してアベル達へと手渡す。
そこには奴隷商の屋敷の見取り図に、護衛している人間、雇われている冒険者の人数に詳細なステータスまで書かれている。
「これ……どうして?」
「まあ、ちょっと調べた? それと……だ。裏を言えばお前達の倒した野盗は奴の私兵だ。野盗に扮して獣人を襲い、何食わぬ顔で買い取る。まあ、自作自演だな」
「本当なのハクア?」
「ああ、そしてこの件には一部の冒険者や貴族も絡んでる」
そう、エイラ達から事情を聞いた時に何故、皆からあんな視線を受けたかと言うと、これこそがエグゼリアから言われていた事だったからだ。
曰く、奴隷商が一部の貴族、冒険者と組んで違法な奴隷取り引きを行っている。と、そんな情報だった。
でも私としても一つ言いたい。
今回の事はアベル達が持ってきたから私のカウントじゃ無いんだよ? 私は無実なんだよ? まあ、関わるけど……。
「貴族まで関わってるなんて……これでは私達では手も足も──」
「いや、好きに暴れて来い。ケツは私が持ってやる」
ヒストリアの言葉を遮るように言葉を被せる。
焚き付けたからにはケツ持ちくらいはちゃんとする。むしろ出来る限り暴れて損害を出して欲しいくらいだ。
そう告げると何言ってんだこいつ。みたいな目で見られたのが納得いかない。
「ついでにこれも持ってけ」
そう言って今度はアベル達に装備を渡す。
アベルには剣と盾。ダリアには二本の短剣。
エイラとヒストリアには腕輪を二個づつ渡した。
これは元々渡す気だった装備の数々だ。
アベルの装備には光属性を強化する効果を、ダリアの短剣には麻痺と毒の状態異常をそれぞれ付加した。
エイラとヒストリアの腕輪は魔力の伝導効率を上げ、消費MPを減らす効果と威力のアップ。加えて【結界】を強化する効果がある。
そして最後に全員に【全状態異常耐性、小】の効果が付いたアクセサリーを手渡す。
効果を全部説明したら驚かれたが、殴り込むには丁度良いくらいだろう。
それらの装備を受け取ったアベル達は礼を言って部屋を出て行く。
「さて、私も行くかな」
そんなアベル達を見送ると私も部屋を出る。するとそこには澪と瑠璃、アリシアが立っていた。
「全く、お前は意外に過保護なんだよな」
「なんの事か知らんが夜遊びに行くだけだよ」
「……はぁ、気を付けて下さいねご主人様」
「そうですよ無茶は駄目ですからね?」
「へーい。じゃ、ちょっくら行って来まーす」
こうして私は一人、夜の街に繰り出した。
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