第413話おもしれぇ

「おっ、やっとか……」


 ハクアを追い掛けて十分程、かなりのスピードで進んだ二人は街の端まで辿り着いていた。

 スピードを合わせるように、ラインが辿れるギリギリの距離を調整しながら移動していたハクアに、自分よりもスピードは上だろうと思考を巡らせる。

 その口元は迫る戦いの予感に口の端が上がっているのを自覚しながら追い掛ける。


 遅れる事数十秒程の、一分に満たない時間でハクアの待つ場所へと辿り着いたラインは、そこでようやく殺気を浴びせて来た相手、ハクアの姿を初めて視界に映した。


 勿体ない。


 仲間が居るならいざ知らず、一人でならば何においても、まず相手の強さを確かめずにはいられないラインには珍しく、最初に浮かんだ言葉が戦い傷付ける事が勿体ないというものだった。


 そう思わせる程の美しさを敵であるハクアは持っていた。


 夜の闇の中、黒を基調とする服を着ているにも拘わらず、その姿はステージのスポットライトで照らされるが如く映し出され、見るものを釘付けにする。

 淡い月明かりでも分かる透き通るような白い肌。

 月光が反射する事で光を放っているかのように神秘的に光る白髪。

 髪に隠れた切れ長の双眸は、全てを見通されるような感覚をラインに抱かせる。

 そして、月の光を集めたかのように淡く輝く額の角が、息を呑むような怪しげな美しさを更に引き立たせ、その美しさに飲み込まれてしまうような感覚をラインに感じさせた。


 Aランク冒険者ともなれば色々な人間が寄ってくる。その中には勿論、美女、美姫などと呼ばれる人間も居た。

 だが、女よりも戦いの方が重要なラインにとってそれは煩わしいものでしかなく、今まで誰を見ても、見惚れた人間などただの一度も存在しなかった。

 そんなラインをもってしても目の前に立つハクアは一瞬、全てを忘れて見惚れるほどに美しいと感じ、目を離す事が出来ずにいたのだ。


 それと同時にラインはふと目の前の人物が本当に、あの、実際に重さを感じるような、濃密な死を予感させる殺気を浴びせて来た相手なのか? 知らぬ間にスキルを使い入れ替わったのではないか? と、思考を巡らせる。


「まさかこんなに素直に来てくれるとはね」


 だが、そんな考えはハクアの放った一言と共に消え去った。


 軽口、まるで知り合いにでも話し掛けるような気軽な問い掛け。

 しかしその眼は、一挙手一投足を逃すまいと鋭く、纏う空気は一瞬で異質なものへと変化した。


 正直に言ってしまえばこの美しい少女を殺すのは惜しい。そう思ったのも事実だが、それ以上に相手の種族が鬼だった事に、ラインは少なからずショックを受けた。


 自分の持つ武器、鬼殺害は鬼という種に対して絶大な効力を発揮する。

 その効力はモンスターのオーガや鬼のモンスターだけでなく、鬼人種の人と同じく種族として扱われている者達にも効果が及ぶ。

 過去、裏の世界で生きてきた鬼人の男とやり合った時でさえ、その男は鬼殺害の前に為す術なく地面に倒れ伏した。

 パワー、スピード、テクニック、どれをとっても格上の相手でさえそうだった。

 目の前に居る美しい少女がどれ程の強さを持っていようと、その男を超える力を持っているとは思えなかったのだ。


 だが、目の前の少女の挙動は明らかに鬼殺害を警戒した動きだ。

 つまり──裏を返せばこの少女は、武器の存在を知っていながらそれでもラインに勝てる。そう判断して今ここに立っている。


 それを理解した瞬間、自分の中を歓喜が満たすのを感じる。そして遂にはハクアの美しさよりも、その異質な空気を持つ強さへの興味に塗り変わった。


 ラインも意識を切り替える。

 身から溢れ出る殺気を隠そうともせず、不敵に笑いながらむしろハクアへと殺気を叩きつけながら返事を返す。


「あんなに熱烈な誘い殺気を受けたら乗るしか無いだろ」


 目の前の相手が自分よりも上だとは思わない。だが、ハクアはラインの殺気を全身に浴びても顔色一つ変えずに、全身に闘気を満たしていく。


「さて、俺も予定を変更してわざわざここまで来てやったんだ。楽しませてくれよ」


 油断など微塵も見せず武器を構える。

 対してハクアはあくまで自然体で立っている。


 肌がひりつくような殺気の中、最初に動いたのはハクアだった。


 全身の力が抜けて前のめりに倒れるかのような挙動、その動きに一瞬警戒が薄れる。

 しかしその瞬間、脱力状態から一気にトップスピードに乗ったハクアは、ラインの想像を超える速度で迫る。

 その手にはいつの間にか白と黒の対の短剣が握られている。


「チッ!」


 その速度に驚きこそしたものの、流石と言うような速度でバックステップを踏むと、ハクアの目算をズラす僅かな間を作り出し武器を振るう。


 振り上げる時間は無い。


 そう判断した攻撃は、その範囲内全てを刈り尽くすような横薙ぎの暴風だ。

 横薙ぎに振るわれたハルバートはハクアの腹部に吸い込まれるように向かう──が、その瞬間、ハクアは更に体を沈み込ませもう一段階速度を跳ね上げた。


 幾ら強力な武器。強力な効果が付いていようと当たらなければ意味が無い。


 両手で振るわれたハルバートは元々の体格差も手伝い、懐に入り込まれれば沈み込んだハクアの上を通過する。


 暴風のような攻撃を避けたハクアはその瞬間、体をバネのようにしならせ上体を上げると、手に持つ短剣で首を狙う。

 だがその瞬間、ラインの口の端が上がるのを確かにハクアは見た。


 横薙ぎに振るわれた筈のハルバートは何故かその手の中に無い。

 そして振り抜いた腕とは逆の腕が、いつの間にか上段から何かを振り下ろすような形になっている。


 その姿を見たハクアの背筋を冷たい物が走る。ハクアはその瞬間直感に従い、首を刈り取る攻撃を即座に止めると、ラインの腹を押し蹴り自分の体を吹き飛ばす。

 不自然な体勢から放たれた一撃はダメージを与える事は無い。

 格上相手の千載一遇のチャンスを逃した行動は、目の前で起きた爆発のような一撃を回避するという結果で現れた。


 魔装。


 魔剣、魔槍等とも呼ばれる魔力を宿した装備の総称だ。

 その装備自体に強力なスキルが付いたそれらの装備は、その特徴の一つとして所有者の呼び掛けに応じ、武器が手の中に現れるというものがある。


 ラインはその力を使い、横薙ぎに振るったハルバートを手放し、上段に構えた左手に呼び寄せ振り下ろしたのだ。


 一瞬でも判断が遅ければハクアはその一撃で死んでいた。


 おもしれぇ。


 初見で完璧に避けられた必勝のコンボを打ち破ってみせたハクア。

 その力、その判断力にラインは心の底から歓喜を覚えた。


「お前、名前は?」


「……ハクア」


「そうか。この程度じゃ終わらないよな」


「さあ……な!」


 月下の中、再び交錯した二人の戦いは更に激しさを増していった。

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