第405話わかりみが深い

 件の少女、中学生くらいのアズサちゃんと合流した私達は早速彼女の家へと向かった。


 と、向かったのは良いのだが……。


「やっぱりそうだったかぁ」


「あの、どうしたんですか?」


「いやー、なんでもないよ?」


 アズサちゃんの案内で訪れた彼女の家は、やはりと言うべきかまさかと言うべきか、宿屋に行く前に不穏な気配を感じた方向にあり。

 更に言えば今目の前にあるこの家の中から、現在も嫌な気配が漏れ出していた。


 どうやら世の中というものは、どれだけフラグを華麗に折って、イベントから逃げようとしても、イベントの方から近寄ってくるように出来ているらしい。


 世の中とは無情也。


『シルフィン:貴女だけですよ、イベントの方から迫って来るの』


 うるせぇよ! お前が渡して来たスキルのせいでもあるんだからな!?


『シルフィン:女神様が退室しました』


 ……貴様。


「やっぱりイベントは発生しましたね」


「流石、イベントを愛しイベントに愛された女」


「愛してもねぇし愛されてもいねぇよ!? イェーィなんて死んでも言わねぇからな!? 私のジャスティスはスローライフ系だ」


「「またまた」」


「なんだその反応は!」


「いや、なぁ?」


「ですよね?」


「昔から騒動のど真ん中に居るじゃないですか」


「どれほど私達が苦労したか」


「そんな事無いもん!?」


 くっ、なんて失礼な親友共だ!?


『シルフィン:やっぱり私のせいじゃないじゃないですか』


 戻ってくんなよ!?


「もう、騒いでないで早く行きましょうハーちゃん」


「私の尊厳がかかってんですけど!?」


「じゃあ大した事じゃないな」


 なん……だと!?


「これは……」


 家に入って最初に感じたのは底知れない悪意。

 それと共に開いたドアへと吹き抜ける黒いモヤのような物がすり抜けて行った。


 今のは……瘴気か?


「相当だな」


「ですね。怪我だけでは無さそうです」


 一緒に来たアベル達も瘴気だと分からなくとも、異様なものを感じたのか両手で肩を抱き、冷や汗をかいている。


「これ……なんなの」


「恐らく瘴気だよ」


 エイラの言葉に簡潔に答えた私はアズサちゃんの案内で怪我人の元へと向かう。


 なるほど、これだけ瘴気に溢れてればアズサちゃんの顔色の悪さも納得だ。


 私が引き受けた理由の一つにはアズサちゃんの顔色の悪さがある。身体に変調をきたしている訳でもなさそうなのに顔色の悪かったアズサちゃん。

 身体に纏わり付くように付いていた黒いモヤは喰った・・・が、その原因はやはり家……と言うか、これから診る患者の方に有ったようだ。


 瘴気とは簡単に言えば悪い空気の事だ。


 まあ、正確に言えば世界に点在する澱みなのだが、正確さに意味は無いし魔眼の類が無いと見えないのだからしょうがない。


 とにかく瘴気はその場に永らく負の力が溜まっていると発生する。

 そして長い間瘴気に侵された人間は次第に体調が悪くなったり、精神に異常をきたす事もある。

 人種以外だと凶暴化して理性を失う事まである危険な物だ。


 そんな物の原因になっている患者なのだが…………。


「……驚いたな」


「はい……驚きました」


「私はむしろ作為的な世界の意志を感じる」


 いや、マジで。

 つーか、本当にイベントだったなこれ。


 案内された部屋に寝ていたのは見覚えのある……と、言うか地球では私達が普通に着用していた制服を着た私達の元クラスメイト巫 千景が布団に横たわっていた。


「知り合いなの?」


「まあな」


「クラスメイトです……」


「じゃあ友達だったのか?」


「友……達。と、友達とか言っても良いのかな?」


 えっ、ちょっとドキドキするんですけど。


「いや、どもるなよ。別に良いだろ友達で」


「そうですよ。一緒に遊びに行ったりとか、ゲームしたりもしたんですから」


 くっ、これだからコミュ力高い奴らは簡単に友達とか言いやがって!

 どうすんだよ。一緒に遊んだりはしたけど友達の友達としか思ってなかったとか言われたら、大分痛い子じゃないか。

 しかも澪も瑠璃も人気あったし、取り巻きの背景くらいにしか思われてなかったら、私だってちょっと、少し、かなり落ち込んじゃうんだぞ。


「……お前、今更コミュ障の設定とか持ち出すなよ」


「……ハーちゃん。こっちの世界ではまともになったのに、地球関係ではまだこんな感じだったんですね」


「うくっ、しょ、しょうがないじゃん。友達の境目とか分かんないんだよ」


 ほら、この世界ならパーティー組んで仲間とか、一緒に戦えばそれなりの仲って事になるけど、地球関係ではそうはいかないじゃん?


「分かる。友達の友達と一緒に遊んだら知らない間に友達認定されてたり、逆にえっ? って、言う空気の時とか」


「アベル……」


 ガシッと固い握手を交わす私達。


「今、初めてアベルと仲良くになれた気がする」


「俺もだよ」


「貴方達、まだそんなレベルだったの!?」


「もう結構仲が良いと思ってました」


「そう言えば、昔アベルも村では私以外の子と遊んだりしなかったっけ」


 私達の言葉にエイラ、ヒストリアが驚きの声を上げ、最後にダリアが納得の言葉を放った。


 わかりみが深い。


「別に軽い感じで良いじゃないか。それにむしろ普通は友達よりも仲間とかの方がハードル高くないか?」


「「えっ? そう?」」


「お前ら絶対距離感下手くそだからダメなんだろ!? 死線越えないと友達として認識出来ないとか重症すぎるぞ」


「アベルさんもハーちゃんと変わらなかったんですね」


「まあ、異世界に憧れるイキリだったらしいからな。基本的には引きこもり要素有りだったんだろう」


「いやまあ、その通りだけど人からはっきり言われると堪えるな……」


 アベルが地味に落ち込んでいる。


 しかしこれは……。


「【禍魂かこん】ね」


「っ!?」


「ヒストリア知ってるのか?」


 私の言葉に反応したヒストリアに聞くと、ヒストリアは詳しくは知らないと前置きして話し始めた。


「私の知っているものと、ハクアさんの言っているものが同じかは分かりませんが、私が聞いた【禍魂】と言うのは呪いの一種です。それも……禁呪の」


「ほう」


「普通の呪いが身体や精神を蝕むのに対して【禍魂】は魂その物を蝕むと言われています」


「ちょっと待て、魂を蝕むと言ったが具体的にはどう違うんだ?」


 確かに、澪の言う通りではある。でも、私の予想が当たっているのなら──。


「それは私にもよく分かりません。私が知っているのは、教会で普通の方法では解呪出来ない呪いとして教わったものの一つとしてだけですから」


「なるほど……で、お前はある程度の予想が出来てるんだろ」


「そうなんですかハーちゃん?」


「……。あくまで予想だが、普通の呪いと違って対象の根幹から壊していくものなんだと思う。呪いは呪い。あくまで解呪出来れば、時間をかけて元の状態へと戻したりってのも魔法のある世界だから可能だ。けど魂となれば話は別。身体と精神両方を壊す……恐らく神ですら救い取れない程、完全に世界から消滅させる物なんだと思う」


 恐らくほかの世界への転生や、功績を称えて神々に近しい存在にしたりとそう言ったものも出来なくなるのだろう。


「世界から?」


「うん。つってもまあ、認識としては凶悪残忍、呪われたら元に戻らない可能性が高いって思ってくれれば良い」


「──っ!? じゃあ、千景ちゃんは……」


「いや、うん。助けられるんだけどね?」


「いやお前、今のは言い方だと」


「だって、ヒストリアも普通の方法ではって言ってたじゃん」


「凄いですね。物凄く説得力あります」


「確かに……非常識の塊だから納得出来るな」


「お前等の言い方よ」


 と、それよりも──。


「確か弟くんが居るって言ってたよね? もしかして弟くんも具合い悪くなってない」


「なんでそれを」


「先にそっちから対処しよう。後には回せないからね」


「でも……」


「大丈夫。こいつもちゃんと助けるから」


 地球では世話になったしね。世話になった分位は返すさ。


「わかりました。こっちです」


 千景への処置をすると弟くんにまで手が回らなくなる。その為弟くんの処置を先に行う事にした私は、アズサちゃんの案内で弟くん元へと向かう。


 向かった先の部屋で寝かされていた弟くんは、見た目は熱を出して寝込んでいるだけだったが、その実かなり危険な状態だった。

 もともと身体が弱くたまに寝込んでいるから、今回も同じ理由だとアズサちゃんは思っていたらしい。

 恐らく一週間もすれば状態はより酷くなり衰弱死していただろう。


 間に合って良かった。


 正直に言えば、決して衛生状態が良いとは言えない家。

 そんな所にこれ以上患者を置いておく訳にもいかない私は、アズサちゃんと弟くん二人を宿屋に泊める事にした。

 アベル達には二人が泊まる為の金と弟くんの体力を回復させる回復薬を渡し、二人を先に連れて行って貰う。


 そして私は澪、瑠璃、ヒストリアの三人を連れ、再び千景の元へとやって来た。

 ヒストリアを連れて来たのは治療を見せる為だ。


 やっぱりひどい状態だ。


 千景の状態はかなり危険なものだ。

 まず一番酷いのは肩から腰に掛けて袈裟斬りに斬られている傷、そして全身にある打撲と裂傷だ。所々で骨折もしている。

 そして最後に【禍魂】の呪い。


 正直この状態で持っているのは、千景のクラス劍巫女というもののお陰だろう。

 それのお陰で呪いへの抵抗値が上がり、傷も自動回復が働いている。


 とは言え、傷の大きさが回復力を大きく超えているから治りはしないけど。

 それに魂を蝕まれる事で恐らくスキルにも影響が出てるはず。このタイミングでココに来れたのは僥倖か。


「何故そんな方法を取るのですか?」


 処置をし始めた私の行動に疑問を感じたヒストリアが質問してくる。


 それもそうだろう。

 通常、回復系の魔法が使えるならただそれを使うだけだ。それなのに私は傷口の状態を細かく調べている。


「回復系の魔法は確かに便利だけど万能じゃない」


「それは知ってます」


 それならと前置きしてヒストリアの疑問に答えていく。

 まず回復魔法をかけるだけでは前のような死病になってしまう場合がある。

 処置をしながら死病や異物の混入、骨の位置を直した治療の仕方についてもヒストリアに教えていく。

 フープでは知られてきているがやはりまだ浸透しきっている訳ではないようだ。

 その証拠にヒストリアはしきりに感心している。


「ではなぜ死病になる場合とならない場合があるんですか?」


「良い質問だね。幾つか原因があるけど最たる物は魔力だ」


 魔力を使って怪我を治す。

 言葉としてはそれだけだが、使う者の魔力操作に魔力量、更に言えば傷をどれだけ熟知して治しているのか。それらも深く関係してくる。

 見える所しか治していなかったり、魔力が足りなかったり、過度に魔力を注ぎ込めば良いと言う訳ではないのがまた難しい。


「なるほど、ちゃんと治すには傷の状態、身体の状態はを把握して、適切な魔力量が必要なんですね」


「ああ、凄腕になればそれらを感覚だけでやって完治させられる。それに回復系の魔法は治したいと想う心も必要になってくる」


「そうですね。相手を癒し助けたいと想う心が強い人は回復力も大きいと習いました」


「ああ、けどそれだとムラがあり過ぎる。だからこそこの方法だ」


 内臓だろうがなんだろうが、傷口を見て一箇所ずつ治していく。

 回復魔法だけに頼れば体力をが持たないから、私の場合は人体に影響がを与えず、身体の中で自然に溶け栄養になる糸も使って縫合していく。

 最後に剣で傷付けられた傷を魔法で治せば傷への処置は一通り完成だ。


「ふう、とりあえずこれでOKだね」


「お疲れ様ですなハーちゃん」


「骨折とかの治療は後でやっておく」


「うん。頼んだ」


 骨折とかも私が治したいが、これからやる事に力を使うから私としても温存したいしね。


「さてと……それじゃあ最後の仕上げ。呪いをなんとかしますかね」

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