第404話さっきの仕返しだろうか。この野郎

 さて、どうしたものか。


 件の女の子はこれまで相当断られて来たのか、いざヒストリアの前に立つと服の端を掴んで立ち尽くしている。

 それには流石にどうしたものかとヒストリアも困惑気味だ。

 話し掛ければ良いのだろうが、周りの作り出す空気がそれを躊躇わせている。そして少女もまた、同じ理由で更に話し難くなっているようだ。


 うーむ。


(おっちゃん。説明出来る?)


 いつまでもこうしていてはしょうがない。

 私は事情を知っていて公正に判断出来そうなおっちゃん。つまりバーカウンターの店主に話し掛ける。


 するとおっちゃんは溜息を吐くと私達に事情を話し始めてくれた。


 そんなおっちゃんの話を要約するとこんな感じ。

 この少女はこの村の外れに弟と住んでいるらしく、両親はモンスターにやられ居ないのだそうだ。


 そんな少女が何故こんな所に来たのか?


 それは二週間ほど前まで遡る事になるらしい。

 その日も姉弟二人で何時ものように冒険者ギルドから受けた、村近辺で取れる薬草採取の仕事をしていた時、モンスターに襲われたのだそうだ。


 冒険者ギルドは場所によるとは言え登録に制限は無い。

 それはこの世界がモンスター蔓延る世界だからだ。

 今目の前に居る少女のように、両親を殺されるなんて話はこの世界ではありふれた悲劇の一つでしかない。

 そんな世界で親を亡くした子供だけでも生き抜ける。冒険者ギルドはそんな機構の一つにもなっている。


 だが、それでも暗黙のルールと言うものは存在する。


 最下級の冒険者ランクでも親を亡くし生きる為、仕方が無く冒険者になったような子供には、街の中で出来る安全な仕事を斡旋するというのもその一つだ。

 そして今回のような大きくない村の場合は、ギルド内の仕事をさせたり、薬草採取をさせる事もある。

 ただその場合でも、子供が逃げ切れる程度のモンスターしか出ない場所に採取に行かせるのが通例だ。


 そんな意味合いを含めて睨み付けると、おっちゃんはこの村の辺りは魔境の森の影響で本来モンスターは出ない筈。と、顔を青くして教えてくれた。


 まあ、そんな訳でモンスターに襲われた姉弟は、ありふれた展開のように間一髪の所で助けられ、これまたありふれた展開のように、怪我をしていた恩人を助ける為にこうして冒険者を頼っているのだそうだ。


 うん。良くある話だ。ありふれた展開の良くある話だ。

 具体的に言えばどこかの勇者も似たような事をしてる位にありふれてる。

 隣の親友共も同じ事を思ったのだろう片方はニマニマと、片方は顔を逸らしている。


 まあ、それはともかくとして。それならこの空気も分からなくはないか……。


 少女の手には小さなボロボロの袋がある。恐らくその中には恩人を助ける為の金が入っているのだろう。

 だが、子供二人が薬草採取の仕事で得られる金額などたかが知れている。ましてや生活費を自分達で稼いでいるなら尚更だろう。


 そしてそんなはした金では依頼として受理する事も難しい。


 人を治す。


 簡単に言えばそれだけだが、そんなに簡単な話ではない。

 実は回復魔法を使える人間と言うのはそんなに多くない。元々回復魔法の適性というものはかなり希少な部類に入る。

 そしてそんな人間が冒険者をしているのは更に少ない。何故なら多くの回復術士は教会が囲っているからだ。

 もちろん教会に所属していない人間も沢山いる。

 だが、彼等彼女等も大抵は自分で治療院を経営、もしくは所属している人間がほとんどなのだ。


 誰だって自分の命は大切だ。命を掛けずに稼げる手段があるのならそちらを選ぶ。

 教会に居る者だってそんな人間は多い。


 そして教会に所属していない冒険者の回復役は、そのほとんどが他の役割をこなせる人間。しかも専門という訳ではない者が多い。

 何故なら高位の回復魔法になると、通常は信仰心というものが必要になってくるらしいのだ。


 まあ、実際は回復に適した魔力に矯正していくから、高位の回復魔法が使えるんだろうけど。

 回復魔法は通常の攻撃魔法とはまた違った魔力の使い方をする。そのコツを教わるだけでも大分違うし、何よりも教会ともなれば蓄積されたノウハウが違い、高位の回復魔法も教われる。

 それが大きな差に繋がるのだろう。


 回復魔法は熟練度が上がりにくいからね。


 どんな冒険者も回復魔法だけを頼りにする訳じゃないし、むしろもしもの時の為に温存するのが常だ。

 毎日毎日回復しまくっている、教会や治療院に比べたらそりゃ育ちにくいだろう。


 更に言えば回復魔法の適性がずば抜けて高い人間は、通常の攻撃魔法の適性が低いらしく、それもまた育成に支障を来たしている。

 それに低レベルの素人回復術士なんて、回復出来る回数も癒せる傷も多くはないから、ただの荷物になる事が多い。

 大成するには時間がかかるから、大成する頃には結局専門家になるよりも、より多くの技能を使えるように訓練に時間を割くのが当たり前だ。


 中には大成するまでちゃんと育ててくれる所もあるけどね。


 そしてなぜ冒険者の中に神職者が居るかと言えば、モンスターに苦しむ人々を救う為、もしくは破門された人間、そして最初から冒険者になる為に教会に所属したかだ。


 冒険者になる為何故教会に入るか。


 それは先程も言ったノウハウもそうだが、教会は回復魔法を使える者に、幾ばくかの資金で一通り修行させてくれる訓練所もやっている。

 その為、教会でノウハウを学んだ新人は、素人回復術士と比べると天と地ほどの差が生じる。

 そして何よりも、教会の訓練所出と言うだけで一定の信頼と信用を、最初から所有している言わば資格のようなものになるのだ。


 だからこそ、最初から冒険者を目指している人間も、教会の門を叩いてから来る人間が多い。


 だが、それが人を治療するのとどう関係があるのかと言うと、教会に所属していた神官がはした金、もしくは無償で回復すれば、自分もと言う人間が必ず現れるからだ。


 だからこそ教会所属の人間は依頼でもないのに簡単に人を治療出来ない。

 教会からの破門、更には審問を受ける場合もある。それだけではなく、一人の正義感で教会全体にも街の治療院にも迷惑が掛かるかも知れない。そう思えばこそだ。

 万が一、一度治療を受けた者、その噂を聞いた者があそこではこの値段だった。ここではタダだった。そう言って問題を起こすことも十分有り得る。


 そしてそれは命が掛かっていれば無視してもいい事でもない。


 薬草の採取、回復魔法の取得もタダではない。


 その対価を踏み倒していい言い訳にはならないのだ。


 これが依頼中の出来事で、必要な事ならば必ずしもその限りでもないんだけどね。


 そしてまた、ギルドとしても教会所属の回復術士にはした金で依頼を出す事が出来ない。

 下手をすれば教会が敵になる可能性も出てくるからだ。

 更に言えば、明らかに依頼の難易度と報酬が釣り合っていない場合も、ギルド全体の決まりとして受ける事が出来ない。


 ギルドへの依頼としては最初から少女は詰んでいた。


 もちろん教会の事情など少女は知らないだろうし、ギルドの問題は職員が話しているだろう。


 そしてその抜け道も……。


 だが、ここでも問題がある。


 それが少女の恩人が、自分では歩けなくなるほどの重症だと言う事。


 先程までの話はギルド、そして教会所属の神官では受けられないというもの。ならばそれ以外の人間に頼み、個人的に受けてもらえれば良い。

 だが、教会に所属していない回復術士で、それほどの怪我を治せるのははっきり言ってそうは居ない。


 だからこそ、ここの人間は受けられない申し訳無さと、そんなはした金で受ける訳が無いという馬鹿にした表情をしている。


 この話を聞いているヒストリアもそれが分かったのだろう。


 だが、ここで自分が依頼を受けるのも悪手と言うのが分かるから動けずに居る。


 少女もそれを察したのか悲しそうな顔をすると、ぺこりと頭を下げて去っていこうとする。


 はぁ、しょうがないか。


「待って、それは私が受けるよ」


「おい、嬢ちゃん」


「本当ですか?」


 カウンター向こうのおっちゃんから咎めるような声。

 しかし私は大丈夫だと視線を送ると、期待を込めた瞳で私を見る少女と向き合う。


「ただし私は神官でもなければ、専門の回復職と言う訳でもない。治せる保証はどこにも無いよ。それでも良い?」


「……はい。それでも……それでもお姉さんだけが受けてくれるって言ってくれた人だから」


「そっか。じゃあ先に外で待っててくれるかな。ここの払いだけしちゃうから」


 そう言って少女を先に行かせるとおっちゃんが話しかけてくる。


「ギルドの人間として言うべき事ではないが……ありがとう。可哀想だが私達ではどうにも出来なかった」


「だろうな。まあ、受けたのは私の勝手だ」


「良かったのか?」


 澪がニヤニヤしながら聞いてくる。


 さっきの仕返しだろうか。この野郎。


「私は神官じゃないからね。治せなくても知らん」


「ふっ、まあ、そういう事にしておくか」


 並の回復術士よりも技量が上の癖に。と、小さく言った言葉を聞き流し、ニヤニヤと嬉しそうに笑う親友二人を無視して、皆を置いて少女の待つ外にサッサと向かう私だった。


 おい誰だ今ツンデレとか言ったの! そんなんじゃないんだからね!

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