第403話『シルフィン:イベント避けてもイベントの方から来るんですね』

「お前らまだゴブリンなんかとか言ってんの?」


「何か不味かったか?」


「不味いと言うか根本的に理解してない?」


「何をどう理解してないって言うのよ」


 ダリアの言葉に再び考え込む私。


 うーん。どう言うべきか……。


「まず、大前提としてなんで下に見てるの?」


「だってあのゴブリンよ。ステータスなんて子供と同じか低いのが当たり前だし、頭だって良くないでしょ?」


「うんまあ、それはそうなんだけどさ。全部含めて子供並ってのは確かにその通りなんだけど……。ぶっちゃけ、弓や武器を扱える奴がなんで馬鹿のままだと思えるの? 道具を使うのは知恵ある者の特権。それを出来る生物をなんで軽視出来るのかが私にはわからん」


 私の言葉に納得の行く部分があったのだろう。

 全員の息を飲む音が聞こえる。


 確かにゴブリンは弱い。


 頭だって良くはない。


 だけどそれは学んでいないゴブリンだけに限った話だ。


「「「学んでいないゴブリン?」」」


「そう。学んでないゴブリン」


「ゴブリンが何を学ぶって言うのよ」


「ダリアはゴブリンが生まれてからどれくらいで動けるようになるか知ってるか?」


「そんなの知る訳無いじゃない」


 何故胸を張る?


「確か……ゴブリンは成長が早いので一週間も掛からないと聞いたことがあります」


「うん。ヒストリアの言う通り本格的に活動し始めるのは大体それくらい。だけど動くだけなら生まれてから数時間で動けるようになる。だから巣の状況によっては二日もあれば人里を襲いに来るんだよ」


「そうなの!?」


「まあ、案外知られてないけどね」


 私が知っているのはもちろん実体験だからです。


「で……だ。ゴブリンは確かに馬鹿だけど子供並の知能はある。それくらい無いと弓とかまでは使えないしね。だが、長く生きれば経験も知識もゴブリンにだって蓄積されていくんだよ。そうやって知識と経験を積んだゴブリンが、巣穴に冒険者や村人を拐う」


「……じゃあ、ゴブリンにも人間並の知能があるって事?」


「それは個体差にもよるな。そこまで行くとゴブリンよりも進化してるのが多いしね」


「なるほど……」


 私の言葉に納得しているようだがそれでも理解が浅い。何故ならこれは前提としての話だからだ。


「「「前提?」」」


「そうだよ。これも知られてないけどゴブリンは夜目が効くからは暗闇の中でも見渡せる。そして嗅覚や聴覚も鋭いんだよ」


 中にはスキルとして持ってる個体もいるらしい。ユエ達は持ってたしね。そして私は無かったのだが、考えたくないがゴブリンとしても劣等生だったのだろうか……?


「更には、ゴブリンの依頼が回ってくるようなお前等みたいな新人は、基本ゴブリンの事を舐めてるから、罠に掛かって物量に押されて死ぬ」


 ついでに言えば武器は奪われ向こうの装備に、男は食料、女は兵隊生産に使われる。


 私から言わせれば、そこそこ強いモンスターよりも、ゴブリンの方がよほど厄介で凶悪だ。

 何せモンスターの中でも、人間を殺すだけでなく利用す事が出来るモンスターなんだからね。


「女が一人居れば数は加速度的に増えていく。そうすれば更に女を拐う。他のどのモンスターよりも戦えるようになるまでが早く、お前等が言う通り馬鹿だからすぐにムキになって突進してくる」


 数匹程度ならそれでも問題ない。


 だが、それが数百、数千匹にもなれば、集団心理も働き、死を恐れぬ突撃兵が誕生する。


 私の言葉にアベル達は顔を青くして身震いしている。

 どうやら私の言っている事が理解出来たのだろう。──そう、理解出来てしまうのだ。


 これがゴブリン以外の生物の話なら本当にそんな事になるのかと疑問を抱く。

 しかしこれがゴブリンの話となれば想像出来てしまうのだ。

 ここまで話したのは何も特別な情報ではない。

 少し調べれば冒険者ギルドの誰からでも聞ける話だ。


 ──だから特別ではない。


 特別ではないのに新人の冒険者は、自分が追い詰められる事態に陥るまでそれを考えない。


 それは何故か?


 答えはゴブリンが弱く、子供でも倒せるからだ。


 一匹のゴブリンが村に迷い込んでも、大の大人が農具の一つも手に持ち戦えば、簡単に倒せる事は皆が知っている。


 だから考えない。


 知っているから自分が死ぬ時まで思い出さない。


 私はむしろ其方の方が怖い。


 知っているのに、こんな突拍子も無いような事が簡単に想像出来るのに、弱さだけが際立ってそれを考えさせないゴブリンが──。


 皆が知っていて、皆が脅威を想像出来る。それなのにその程度として扱われるゴブリンは、私からすれば異常と言っても良い存在なのだから。


 アベル達は先程から喋らない。


 理解出来るほどの脅威を、想像出来るだけの脅威を、なんとも思っていなかった自分自身に衝撃を受けている。


 静まり返るテーブルでは私達の食べる音が聞こえる程だ。


 うん。私も澪も瑠璃もまだ食べてるんだよ。

 縫華はさっきギブアップした。昼に引き続き、久しぶりの人間向けの料理に満足そうだ。


「そもそもが、子供だって誰かを簡単に殺せるんだ。その子供並のステータスしか無いゴブリンとはいえ、物量に押されれば死ぬ時は死ぬよ」


「だな。しかも奴らの使う毒は糞尿を混ぜた特別製、新人でも安く買える毒消し草では治せない。治すには魔法か毒消しポーションじゃないとだからな」


「そうですね。新人さんに説明してもその辺は聞いてない事が多いですからね。アベルさん達も今知ったみたいですし」


 瑠璃の言葉にバツが悪そうに顔を背ける。


 実際、新人がゴブリン退治の依頼を受けても、ほぼ確実にゴブリンの方が先に新人を見付ける。

 そして澪や瑠璃が言ったように、毒の付いた武器を持ち奇襲される。

 下手をすれば毒矢で攻撃されて、手も足も出ないで殺される。


 何故なら冒険者の新人なんてものは、訓練なんてものを受けていない素人の人間がほとんどだ。

 受けていても戦闘訓練だけなんて人間の方が怖いくらい多い。


 するとどうなるのか?


 相手を見付ける術もなく。見付からない方法も知らない。奇襲を受けない位置取り、陣形、歩き方も知らない。

 罠の見つけ方、解除方法、足跡の消し方、探し方も分からない。

 襲撃に適した場所も分からないから、先回りして奇襲を仕掛ける事も出来ない。むしろそんな発想が出て来ない。


 相手がゴブリンだから。


 その一言で、当たり前の命の奪い合いという読み合いの舞台にさえ立たせて貰えない。

 獣ならば本能のままに行動する。

 そしてゴブリンも獣のような行動をするが、知恵のある獣だという事を皆考えない。


 そう、所詮ゴブリン。それがこの世界のゴブリンの評価だ。


 だが、これはゴブリンという油断があるからだけの話ではない。


 実戦を一言で表すなら隠れんぼ。

 戦闘をしない。戦わない状況を作り、戦う時も相手に何もさせないのが理想。

 汚いなんて言葉は勝って生き延びる事に比べればなんでもない。

 そう言った点では盗賊などの方がよほど冒険者に向いているとも言えなくはない。


 だからこそ地力を鍛えて経験を積む必要がある。

 罠を看破し解除する、足跡や小さな痕跡を見逃さない、狙撃場所、襲撃地点、待ち伏せを優位に出来る場所を見付ける情報収集。

 敵に追い付き、優位な位置に行ける機動力。

 敵を正面から叩き伏せる戦闘力。

 この三つが重要となるのだ。


「まっ、概ね間違った評価ではないよ。でも……正しくはない。さっきっ言った三つのうちお前等なら機動力と戦闘力は確実にゴブリンよりも上だ。だけど情報収集、この一点に置いてはほとんどの場合がお前等よりも新人よりも、ゴブリンの方が上なんだよ」


 ゴクリと唾を飲む。


「相手を過大評価しろとは言わないが、過小評価し過ぎて足元掬われないようにしろって事だ。それで支払うのが失敗の烙印ならまだしも命にもなりうる事なんだからな」


「そうだな……うん。ありがとう気を付けるよ」


「事前の情報収集も私の仕事の一つって事よね」


「そう。私個人の意見としては索敵ってのは情報収集も含めてのものだからね。相手を調べ、情報を集め、痕跡を探し、全ての動きを予測する。そこまでやった上で、その情報だけを信じずに行動時の一つの指針になるようにする」


「ちょっ!?」


「どうした?」


 なんかダリアが凄く驚いている。どうして?


「情報を完璧に把握して、相手の今の動きも探りきれって事じゃないの!?」


「そんなん無理に決まってるじゃん。全てを調べる事も、相手の動きを完璧に把握するのも土台無理な話だよ」


「それはそうだけど……」


「どんなにやっても完全も完璧も有り得ない。索敵も情報収集もその程度のものだ。けど、その程度の差が生存確率を引き上げる。予測不可能な事なんて起きるのが当たり前、その時にどれだけ調べ、どれだけ相手の動きを知っていたかが紙一重の差で命を失うか、今日も無事何事も無かったと笑えるかが決まる。そんなもんなんだよ」


 でもそれでもこの世界は楽な方だ。

 スキルなんてもので探知出来るし、罠も解除出来る。

 もちろんそれでも全て対処出来る訳ではないが、技能としてあるのはわかりやすいと言うものだ。

 本来なら斥候出して、相手の斥候を探し、更にそれらを警戒する斥候を見付ける斥候も出す。

 そんなイタチごっこなのだ。


「だけど、それだと索敵役が可哀想じゃないか?」


「アベル」


 私の言葉に反論したアベルの台詞にダリアは顔を綻ばせて喜ぶ。


 うん。他でやれ。


「可哀想だと思うのなら勝手に思っとけ。所詮戦闘になれば火力も回復も出来ないと取るか、全てを理解した上で感謝を持ち続けるか、それは自分達の中で考えるべき事だ」


 こればかりは周りがとやかく言うことでない。

 私が言えるのは精々、索敵役の有用性を説くことぐらいだ。


 索敵はパーティーの目と耳と言っても良いのに、その重要性というのはその時にならなければ分かりずらい。そして重要性が分かるその時は危険に陥っている時だ。

 そんな状態になっていれば、お前のせいだと言われるのが索敵というものだ。

 だからこそ新人の冒険者ほど索敵というのもを軽視しがちな傾向がある。

 中にはアベル達がカイルにしていたように、戦闘に参加出来ない雑用と考える奴まで居る。

 そうして報酬を減らしたりなどというのは新人には多い。

 もちろんベテランになるほど索敵の重要性を理解しているが、中には恵まれた環境で冒険して来た事で、戦闘以外の仕事と軽視する上級者も居る。

 それくらいには難しいものなのだ。


「まっ、お前等がそう思えるのなら上等だって事だよ」


 いやほんとに。

 軽視され続ければ仕事にたいしてやる気が無くなる。その結果パーティーが危険になり、更に軽視されるという悪循環も良くある話だからね。


 しかし私、なんかゴブリンの話しばっかりしてる気がするな? タイトルのせいかな?


『シルフィン:メタな話は止めなさい!?』


 おっと間違えた。元がゴブリンだからかな?


『シルフィン:どんな間違い!?』


 その後も食事を続けながら気になった所、改善点を皆であげていく。


 私一人の視点では分からない事、気が付かない事も、澪と瑠璃が上げてくれるので非常に楽チンだ。


「さて、じゃあそろそろ帰ろうか」


 食事も話も良い感じに終わった所で席を立つ。


 更に細かく指摘を受けたアベル達は、なかなかに思案顔をしている。


 いい傾向だ。


 そんな姿に満足しながら金を払っていると、何やら後ろの方がザワっとしたのが分かる。


 なんだ?


 視線の先に居るのは酒場には似つかわしくない女の子。


 ギルドへの依頼か?


 だがそれにしては周りの様子がおかしい。

 他の奴らは申し訳無さそうな顔をしたり、馬鹿にするように笑ったり、露骨に無視をしたりと様々だ。

 カウンターの向こうのおっさんも、ギルドの受付嬢のお姉さんも少し迷惑そうな顔をしている。


 そんな女の子は辺りをキョロキョロと見回すと、ある一点で視線を止め、深呼吸一つ意を決してヒストリアの元へと歩き出す。


 …………。


『シルフィン:イベント避けてもイベントの方から来るんですね』


 うるさいよ!?


 自分でも思った事を指摘されて悲しくなる私だった。

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