第401話遂に胃が異次元と繋がったか?

 上々な結果を残した私達は現在、店の一番端にあるテーブル席で頼んだ品物の数々に舌鼓を打っている。


 テーブルの上に所狭しと並べられた大盛りの品々は中々に壮観で、心も腹も満たされる風景である。


 うん。中々に美味しくて大満足なんだよ。


 気になっていたガラム焼きの香草包みは、ついこの間まで魔境の森の生態系に組み込まれていた、巨大な牡鹿の肉を香草で包んだ物だった。


 ガラムとは牡鹿のモンスターの事だったのだ!


 一口毎に肉汁が溢れ、肉と共に香草に包まれた塩と胡椒が良い感にピリリと舌に来る。


 ヌポのスープのヌポは沼に生息するナマズのような生物らしい。捌く前の状態を見せて貰ったが、地球のヌタウナギのような、ヌメっとした液を全身に出す生物だった。


 ヌメリの処理は時間が掛かるらしいが、それさえ終われば独特な出汁を出すヌポ。シンプルな素材の味を生かしたコンソメスープのような上品な味わいだ。


 タタンの叩きは期待した魚介ではなく、ネズミのようなモンスターの肉だった。

 倒すと同時に血抜きをし、新鮮な状態でしか提供出来ず、その日の朝から夕方にかけて仕留めた物だけが出てくるのだそうだ。


 表面を炙った状態で出て来たタタンの叩きは、炙りマグロと言うよりはローストビーフに近かった。

 小さい動物ならではの肉の歯応えと、グレイビーソースのようなタレが絶妙な一品だと、私は声を大にして言いたい。


 因みにモヒカン共はミルク代を払うので勘弁して下さい!! と、見事な土下座を決めてきたので、その見事な土下座に免じてミルク代だけで勘弁してやった。


 それだけでも今日の稼ぎが消えたらしい。この世界のミルク意外に高いんだよ。いやほんとに……。

 でもそうは言っても、奢りだって言ったのに撤回させてあげたんだから寛大な処置だよ。うんうん。


 さて、そんなこんなで料理を食べて満足している私の目の前には、何やら何か言いたげな顔が並んでいる。


「えっと……本当に良かったのか?」


 私の視線に気が付いたのか、アベルが何とは言わずにそう聞いてきた。


「良いんだよ。先行投資の一環だ。それよりもちゃんと顔売っておけよ」


「ああ、わかってるよ」


 ふむ。わりとすぐに輪の中に入って行けるのはアイツの長所かもな。アイツ本当に陰キャだったのか?


「それにしても……こんなの本当に必要なの? なんならこのお金で装備を更新した方が良いと思うんだけど」


「まあエイラの言いたい事は分からんでもないがな。だがまあ、こういった行為は割と印象に残るからな」


 エイラ達が納得のいかない顔をするのも無理は無い。

 それと言うのも今回私達は、アベルが奢ったという体で、今ここに居る全員分の食事代を奢ったのだ。

 その金額たるや、優に一ヶ月は遊んで暮らせる金額になっている。

 そんな金額を払う位なら装備の更新を。そう言うエイラの気持ちは痛い程よく分かる。


 だが──。


「澪の言う通りだよ。好意って言うのは大抵の人間が無視出来ないしこりになる。あの時ああして貰った、こうして貰った。そういったものはふとした時に出て来るんだよ。もちろんそんなの関係無い人間も居るけどね」


 それでもふとした時に好意を思い出す人間は居るものだ。

 窮地に陥った時、助けを求める時、そういった小さな積み重ねが誰かを助けようという気持ちに繋がる。

 ましてやここにいるのは魔境の森に来て、レベリングや素材を集めようとしている集団だ。

 これから先、高ランクのクエストを受ければ、嫌でも他の冒険者と関わり、協力しなければいけない場面はざらにある。

 そうした時に前もって少しでも顔を売っておけば、これから先も優位に働くだろう。


 その他の色々なメリットを話すとエイラ達も納得の色が濃くなった。


「はぁー……。でも、これだけのお金払ったら流石に全員分の装備を更新する分は残らないわね」


「確かにダリアさんの言う通りですね。と、なると前衛のアベルさん、ダリアさんの装備を先にした方か良いですね」


「そうね。私とヒストリアは後衛だし、自分達の装備を後に回されるよりも、前が突破される危険性の方が重要ね」


「ん? 何言ってんだお前ら?」


 いきなりそんな話をし始めたエイラ達に私は首を傾げてそう投げかける。

 するとエイラ達も何を言っているのか。と言う雰囲気を滲ませ、だって。と話を続ける。


「査定がまだ出てないとはいえ、流石にここのお金を払ったら残らないと思うわよ?」


 エイラの言葉に二人も頷く。


 ああ、そういう事か。


「大丈夫ですよ。ここの払いは全額私達が持ちますから。ね、ハーちゃん」


「嫌だ! と、言いたい所だけどね」


「本当に良いの? 結構な額よ?」


「言ったろ。必要経費だって。私の契約はお前らのパーティーを英雄に祭り上げる事、だからさっき言ってたように、お前らの金はお前らの装備を更新する分に回しとけ」


「それは有難いのですが……ハクアさん。ハクアさんは本当に私達が……アベルさんが英雄に成れるとお思いですか?」


「残念ながらそれを成せるかどうかはお前ら次第だ。ぶっちゃけて言えば英雄……と言うよりも強くなってくれればそれで良い。だが、少なくとも英雄に成れる素養がまるで無いという程でもない」


「当然よ。アベルだもの」


「そこはあんまり関係ねぇなぁ」


 むしろアベル要素がマイナスと言う意見もあったり無かったり。言わんけど。


「まあ、面倒だから詳しくは言わないが、転生者にはある種のボーナスがあるからな。それだけでも大成する可能性が他の奴よりも高い。ましてやあいつは、ガキの頃から大人の知識で訓練していたんだ。今ここで、この段階で基礎を叩き込めば上に行くくらいは出来ると思うぞ。勿論、その先も努力出来れば更に上にもな」


「案外買っているのね? アベルの事」


「当たり前だ。なんの素養も無いと思ったら英雄になんて言わないよ。それに単純な戦力評価としては、あいつ結構高水準に纏まってるからな」


 パーティーの編成的にアタッカー兼タンクをさせては居るが、ガキの頃から鍛えた魔力はむしろ魔道士寄り、言い換えれば適性ではないポジションでも、格上と戦える実力を持っていると言ってもいい。

 だからこそ更にここで強制的に近接戦闘の方法も教え込めば──。


「教え込めば?」


「ステータスだけならすぐに私を越すぐらい強くなれるだろうよ」


 息を呑む音が聞こえたが何をそんなに驚いて居るのだろうか。私なんてステータスだけで言えば、やっとヒヨっ子を卒業した程度の虚弱っ子なのに。


 そんな話をしていると、ようやく戻ってきたアベルも話に加わり食事をし始める。

 どうやらアベルもまた、ここの払いは割り勘だと思っていたらしい。


 私、そこまでがめつくないんだよ。先行投資は先行投資でちゃんとそう言ったら払うんだよ。

 この件に関してはお金の請求すればちゃんと貰えるからね。

 ……まあ、元が私の稼いでるお金と言う噂もあるけど、いや、噂じゃなくて私の金だけどね。何故か自由に使えないんだもん。


 そんな可哀想な私は、一通り食べ終わったメニューの中から、特に美味しかった物をピックアップして、四皿づつ注文する。


「まだ食べるの!?」


「うん。もちろんなんだよ」


「ハーちゃん。最近本当によく食べますね?」


「前からだったが、遂に胃が異次元と繋がったか?」


「失礼な事言わないでちょうだい!?」


 まっ、理由は急激な成長だって事はガダルに聞いて分かってるんだけどね。

 その割に本当に戦闘は楽にならねぇな。

 強いの倒したらもっと強いの出てくるなんて、少年漫画方式止めてくれないかな?


 頼んでいた品々が来た頃にはアベル達の食事は終わっていた。

 それを確認した私は、魔道具屋で買った盗聴防止の魔道具を使うと本題の話を切り出す。


「さてと、それじゃあそろそろ今回の修行で何を思ったのか、なにを学んだのか、反省会でも始めようか?」

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