第400話私、悪いモンスターじゃないよ? 良いモンスターだよ?
宿を確保出来たまでは良かったが、時間が遅い事もあり宿屋の食堂はやっていなかった!
大変だ。由々しき事態だ!
そんな私の焦燥を感じ取った澪は「暴れられると面倒だ」との事で、女将さんから聞き出したこの村唯一の食事処へと行く事となった。
暴れるとか失礼な。
女将さん曰く、なんか今はガラの悪いのが滞在しているらしく、この時間にはたむろして居るから止めた方が良い。とも言っていたのだが、人間食欲に勝てる訳も無く……と、言うか正直そんなのどうでも良いんだよ。
私の食事の邪魔をするなら怒っちゃうよ?
そして……相変わらずと言うかなんと言うか、未だに異様な気配をビンビンと感じるのだが行かないと言っているんだよ。
イベントを進行したいなら私の居ない所で勝手に進行しててくれ。
などと考えながら食事処に辿り着いた私達。
はい。そこは食事処ではなくて冒険者ギルドでした。
この世界、このぐらいの数百人規模の村になら冒険者ギルドはちゃんとあるらしい。
そしてそのくらいの規模の村だと、冒険者ギルドに併設して食事処と言うか、飲み屋と言うかそんなのも同時に経営して、村の稼ぎになっているのだそうだ。(元ギルド職員の瑠璃談)
しかし……ここは魔境の森に一番近い村にも拘わらず発展してない。
魔境の森はその時々で当たり外れがあるとはいえ、修行の場としても、素材集めの場所としても優秀だ。
だからこそ、女将さんが言ってたようなガラの悪いのがこの村にも居るのだが、冒険者が集まりギルドもあるならもう少し発展出来そうなのだが。
そこまで考えたは良いが、私の裁量ではどうにも出来ないレベルなので考えるのはこの辺にしとこう。
で、着いたは良いけど──。
「男一人で女七人連れとは羨ましいねぇー。一人くらい分けてくれよ」
「俺達は食事をしに来ただけなんだ。勘弁してくれ」
はい、早速アベル君が酔っぱらいの男五人組に絡まれました。
大柄なモヒカン男に魔術師風のローブの男、盗賊風のバンダナ男に軽装剣士の男、そしてリーダーらしきフルプレートアーマーの男の五人組。
身のこなしと装備からして恐らくC~Bランクだろう。
まあ一応、女七人連れだししょうがないと言えばしょうがない。
今回は私じゃないから別に良いんだけどね。もし絡んで来て食事の邪魔をするなら、その時には
そんな訳でテーブル席が空いてなかったから、早速カウンターに座り注文を開始する。
「すいませーん。えーと、
因みにこの世界には未成年という概念はあまりなく、子供でも金さえ払えば酒が飲める。
とは言え私が頼むのはミルクだ。
この世界に流通しているミルクはとても美味い。ただしなんのミルクなのかは誰も教えてくれないのでちょっと怖い。
どこかで一括管理されているらしいし、何か秘密でもあるのだろうか。
だが、私がミルクを頼み飲んでいると、今までアベルに絡んでいたモヒカンが私の方へとやって来た。
「そんなモノ飲んでないでこっちで楽しく飲もうぜお嬢ちゃん」
ガハハと笑いながら肩に置いて来た手を払い、メニュー表に視線を落とす。
瑠璃と澪の殺気が膨れているが気にしない。だって知らない名前のメニューが盛り沢山なのだ。
酔っぱらいのバカを相手にしている時間は一秒たりとも存在しないのだ!
沢山頼むと頼み過ぎだと怒られそうだから、メニューを見て厳選しているのだが、如何せん名前からして想像が出来ない物ばかりなので大層悩ましい。
うーん。どうしよう。
知らない場所の知らない料理。
どんな食材をどう調理した物なのかを想像しながら悩む時間というのは存外楽しいものだ。
だが、どんな所にも空気の読めないバカというのは存在する。
私のひと時の楽しい時間をモヒカンがまた邪魔してきたのだ。
「なんだよつれないな。こんな男なんかより俺達の方が稼いでるんだぜ」
「……ああ、うん。そんなん興味無いから」
シッシッと払い、更に膨れ上がった瑠璃と澪の殺気も無視して、ミルクをちびちび飲みながら再びメニューに視線を落とす。
ガラム焼きの香草包みとか、超美味そうな名前なんだがガラムとはなんぞや?
ヌポのスープとか名前も気になるし、タタンの叩きとか魚系だろうか? 魚だよ魚! まだこの世界ではあんまり食べてないんだよ!
しかしそんな私の態度が気に入らなかったのか、モヒカンは強引に私の手を取り振り向かせる。
ここで遂に瑠璃と澪が我慢の限界を超えたのか、露骨にイラつきながら立ち上がる。
私も手を引かれた拍子にミルクを落としてしまった為に少し、ほんの少しだけイラついてるんだよ。
ほんの少しだけだからモヒカン引っこ抜くか、燃やすかどっちかにしてあげよう。
いや、やっぱり燃やしてから短くなった髪を引き抜くか?
そんな事を考えながら見上げて居ると、モヒカンはニタッと笑い。
「そんなにミルクが飲みたいなら俺達が幾らでも奢ってやるよ。なあ?」
と、こんな事を言ってきた。
その言葉に連れの男達も口々に同意の言葉を吐いてる。
中には「ミルクなんて言わずに飯だって」と言っているのも居るくらいだ。
その言葉を聞いた瞬間、瑠璃と澪の殺気が消失し、興味が無くなったように二人ともメニューを選びたした。
さっきまでは今にも飛び掛りそうな程殺気の篭った目をしていたのに、今は心無しか憐憫の成分が混ざっている気がするのは何故だろう?
だがそれも、今の私にはそれはどうでもいい事だ。
「なっ? だから嬢ちゃん達も俺達のテーブルで一緒に──」
「奢ってくれると言うのなら喜んで奢られるんだよ」
あまりにあっさとりと受け入れられたからか「へっ?」と、間抜けな声を出したモヒカンの手を外して、止める間もなくカウンターを飛び越える。
「いやー、実はやってみたかったんだよね昔から」
この世界にもミルクの保存用容器として、農業系の番組で観たような鉄製のミルク缶がある。
しかもプロの農家の方が愛用しているような、大の男が両手で抱えて持ち運ぶようなデッカイのがだ。
カウンターに座った段階でそれがあるのは見えてたんだよ。
奢ってくれると言われた私は、そんなミルク缶の蓋を外して開けると、両手で掴んで一気に煽り飲み始める。
あっ、残念。三本あった中の一番近いの選んだけど三分の二くらいしか無いや。
ふと気が付くと、さっきまでは三三五五にそれぞれの席で談笑したり、こちらの事を酒の肴に眺めて騒いでいた連中も今は何故か黙り、グッグッグッと私がミルクを飲む音だけが異様に響く室内。
澪と瑠璃は呆れ気味、アベル達も何やらモヒカン達と一緒になって呆然としている。
「くはっー。うん。美味しかった」
飲み終わったミルク缶をガンッと音を立てながら置き、口元を拭いながら次の缶に手をかける。
「おっかわり、おっかわり♪」
「えっちょっまっ──」
おっと、今度は満杯だ。ラッキー。
なんか途中で聞こえた気がしたが、主人公の難聴スキルを利用してそのまま続行だ。
先程の焼き直しのような光景に、やはり誰も声を挟まない。
聞こえて来るのは澪と瑠璃のこの料理はどんなのだろう? 的な話声だけだ。
待って、その会話には私も混ざりたい。
飲むペースを更に上げ、一気に飲み干した私は話に混ざるべくもう一度カウンターを飛び越える。
「ふう。昔からの夢、ミルク缶一気飲みがまさか異世界で叶うとは思わなかったよ」
「お前……そんな夢抱いてたのか」
「ハーちゃんらしいですけど、よく飲めましたね? しかも二本も……」
「向こうじゃ無理だけどこっちでなら行けるんだよ。やー、異世界さまさまですな」
「いや、普通はどっちの世界でも無理だろ」
「人間サイズではハーちゃんだけですよ?」
笑顔で言われた!? しかも人間サイズではって……。
ショックを受けながらもお腹は空いてるので早速注文する。
「えーと、とりあえず……メニューに載ってるの全部下さい」
うん。話には混ざりたかったけど実は全部頼むつもりだったから意味無い事に気が付いた。
まあ、待ってる間にそんな話をするのも楽しみの一つだしね。
なんか「ぶはっ!?」とか聞こえたけどそれも気にしないんだよ。
三本あったミルク缶を一本残したのだって、料理に使う可能性があったからだ。
ミルクを使う料理がどれだけあるか分からないしね。それが無ければ三本目も飲めたんだけどなぁー。
「じゃあ、向こうのテーブル席譲ってくれるって言うし移動しよ。カウンターじゃ乗り切らないし」
「そうだな」
「ですね。アベルさん達も行きましょう」
「えっ、ああ、うん」
と、譲ってもらったテーブル席に移動しようとしたら、真っ赤な顔に怒りの形相を湛えたモヒカングループが道を塞いだ。
はて? どうした?
「馬鹿みたいに頼みやがって。ここまでしたからにはそれ相応の対価を貰わないとな」
「うん? だから向こうの席で一緒に食えば良いんだろ? 大丈夫大丈夫。ちゃんと分けてやるから」
「そんな事を言ってんじゃねえんだよ。まさかそれだけで代金出して貰えるなんて思ってるんだじゃねぇよな!!」
「それだけも何も、それしか言わなかったのはお前だろ? ねぇ、向こうの席で一緒に。それ以外何か言ってるの聞いた人居る?」
「「聞いてませーん」」
澪と瑠璃から望んだ言葉を聞くとアベル達へと視線を移す、するとアベル達も何やら懸命に首を振る。更にその後、店に居る他の客を見渡せば苦い笑いをしながら、モヒカングループ以外の全員が首を振った。
「ほら、全員聞いてないって」
「ふざけんな! 何も聞かずにお前が勝手にやったんだろ!」
「うん。そうだけど? でも最初に強引に話を進めて来たのはそっちだよね? 人の話を聞かない奴が聞かなかった奴に文句垂れる資格あるとでも思ってるの?」
「このっ、クソア──な、んだ、身体、動か……ねぇ」
そりゃそうだ。私の邪眼のせいで鈍重と麻痺に掛かってるからね。
意外な事に高位の冒険者や実力者でも、状態異常への耐性というものは意外と少ない。
ほとんどの者がスキルは保有しておらず、装備品で耐性を上げているのが現状らしい。
私……まさかの対人仕様になっているのだとか?
おかしいな? モンスターとの戦闘を楽にこなす為の進化経路だった筈なのに、なんで対人仕様に仕上がって来てるんだろう?
私、悪いモンスターじゃないよ? 良いモンスターだよ? 絶賛人に対して使ってる最中だけど。
「さて、無理矢理暴力まで振るわれそうになった善良な私は、自衛の為に正当防衛を行うんだよ。とりあえず、有り金全部で許してやるから安心してね?」
ニコリと笑って安心させようとしてあげたら、何故かモヒカン達は全員が一気に青ざめた。
何故私が優しく笑いかけてやると、どいつもこいつも青ざめたりするんだろう? 解せぬ。
しかしそこで、そんな私を引き止める人間が現れた。何を隠そうアベル君である。
「あー、そのハクア? その辺で許してやってくれないか。ほら、可哀想だし。な?」
「なんで私が許さないといけないのか分からないんだけど? 私は一応被害者なのにさ」
「それはそうなんだけどさ」
と、こんな会話をしているが実はこれ。打ち合わせ無いけど仕込みである。
Bランク相当を黙らせる私とそれを止めるアベル、それを見せ付けてアベルの格を上げようという草の根運動の一環だ。
「──じゃあ、だれがここの代金払う訳?」
「それは、俺が払うよ」
そう言って右手を突き出したアベルの前に魔法陣が現れる。そしてその魔法陣から次々とモンスターの素材が現れた。
「あれは空間魔法!? それに、なんて数のブレードマンティスとブラッティベアーだ……」
空中から吐き出されるように出て来た大量の素材に周囲がざわめく。
もちろんこれはアベル達の倒した分もあるが、大半は私達が倒したモンスターだ。
そしてアベルがこれ見よがしに使った空間魔法、これももちろんアベルの動きに合わせて私が使ったものである。
訓練の結果、異世界転生者のアベルもやはり覚えられたが、私の魔法よりも容量がかなり小さいので今回は私が出した。
まっ、近い内にはこれと同じ事は出来るようになるはずだしね。
私を止め、大量の素材を出した事で周囲のアベルに対する態度が、女を引き連れた若い男というものから、見極めるような視線に変わった。
こうして英雄としての実力を見せる売名行為は思った以上に上々な戦果となったのだった。
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