第393話没個性はいつの世も肩身が狭くて困る
私達の目の前に現れたのはアラクネだった。
正確には私達がアラクネの元までやって来たのだが、それでも私達の目の前に現れたのはアラクネだったのだ。
因みにだが、モンスターとして出て来る作品のような上半身裸ではなく服は着ていた。大事な事だからもう一度、服は着ていたんだよ!
べ、別に期待してたとか、残念だったって訳じゃないんだからね!
はっ!? 殺気が増えた!? しかも囲まれているだと!? 違うよ。敵さんはあっちなんだよ? そしてまだ私はセリフを一言も発してないんだよ? セリフを発してないから無実と言うか、発した事実が無いんだから、やっぱり私は悪くないんだよ? だからその武器は敵に向けよ? もう一人は呆れてないで止めてくれません?
そのアラクネだが、下半身の蜘蛛の部分は凶悪な程に黒く、禍々しい。短い体毛に覆われた蜘蛛の身体は見ようによっては、髑髏の形が浮かんでいるようにも見える。
と、言うかあれは確実に髑髏の模様が浮かんでる。ちょっとカッコイイじゃないか羨ましい。
そして、それに反して上半身は白い。雪のような白い肌に白い髪で瞳の色は金色だ。顔はとても整っていて人間で言えば二十代半ばほどに見える。
きっと下半身を見せないで、上半身だけで人を誘えば入れ食いに違いない。
うん。私も手招きされたら行っちゃいそうだから、そうに違いない。
それにしても、上半身真っ白とか少しキャラが被ってるんだよ。
ここまで髪が白い人間は出て来なかったから油断してたらこれだよ。しかもこっちは普通なのに、向こうは魔物っ子の美人さんと属性盛ってきた。
私ももう少し、ゴブリン感とか鬼っ子感を前面に出すべき時が来たのだろうか?
でも、どうやって出せば良いのかは分からないんだよ。そしてゴブリン感ってなんだろう? 虎柄ビキニでだっちゃとかは嫌なんだよ?
全く、こっちはとりたたて個性の無い一般ピープルだと言うのに、こんなキャラ被りの個性の塊をぶつけて来るとか、この世界は私の事がやはりお嫌いなようだ。
こちとら個性的な仲間の中で、没個性代表として日々モブにならないように頑張っていると言うのに、没個性はいつの世も肩身が狭くて困る。
何故か方々からツッコミが来ている気がするが、きっと気のせいだろう。
私が一般人代表だと言うのは真実だからな!
だから横の二人、そんなジト目でこっちを見るんじゃないんだよ。そんな目をされる謂れはどこにも無いんだからね!
「……強いな」
「はい。しかもどうやら亜種個体みたいですね。通常のアラクネ種よりも強そうです」
そう。目の前のアラクネは亜種なのだ。だから白い。そして何よりもその身体から溢れ出る殺意は、この間の黒オーガよりも確実に強い気配を放っている。
まともに戦えば怪我は免れない。三人で戦っても確実と言う物は得られない。
それほどに相手は強い。
アラクネが相手では私程度の糸の攻撃では分が悪いだろう。
私達がアクションを起こさなくてもアベル達が狙われないのなら、このまま睨み合いを維持し続けるのも良い。
だが、どうやらそれも無理なようだ。
私達を視界に捉えたアラクネは、今すぐにでも飛び掛って来そうな程に臨戦態勢だ。
種としての本能なのかなんなのか、戦闘は避けられそうにない。
私達だけならば、逃げる事に全てを割けば確実に逃げる事は出来るだろう。
しかし今は間が悪い。
私達が逃げ延びた後は、確実にその殺意はアベル達に向くだろう。そうなれば、アベル達が逃げ切れる可能性は絶対に無い。
そしてここでアラクネを迎え撃たなければいけない理由はそれだけではなく、アベル達を庇いながらの戦いになれば確実に私達も危ないからだ。
守勢に出れば殺られる。攻勢に出て、殺られる前に殺れば何とか殺れるのだからそうするしか無いだろう。
「どのみち庇いながらでは私達が圧倒的に不利だ。ここで殺るしか無いな」
「うむ。昔から殺れば出来る子と言われてるからね。殺るだけ殺ってみよう」
「二人とも殺る気満々ですね」
ツッコミ不在でお送り致します! いざとなったら澪を囮に逃げよう。
しかし、肉壁を育成する為にこうしてるのに、そいつら守る為に危険を冒さないといけないとか……本末転倒な気がするよ。
アラクネの殺気が更に膨れ上がり肌に突き刺さるようだ。それに触発されこちらも一気に警戒度を引き上げる。
しかし、その時ふと私はある物が視界に入り、目を奪われる。
あ、あれは……。
「ん? おい!?」
「ハーちゃん!?」
それを見た私は構えを解くと二人の制止を聞かず、いっそ無防備と言ってもいい程に無警戒で、アラクネの攻撃圏内に侵入する。
あまりにも無警戒で攻撃圏内に侵入した私を訝しみ、アラクネも警戒態勢は解かないものの、攻撃する気配は今の所感じられない。
うん、やっぱりだ。
アラクネに視線を集中したまま必要な情報を集める。結果は思った通り。それならばやる事は一つだけだ。
私が動くとアラクネの警戒心も一気に上がり殺気が吹き荒れる。
だがそんなものはどうでも良い。
両手を上げ前に出すと集中する。
いつも通りのイメージ。練り上げ、編み、完成を創り出す。
「出来た」
産み出されたのはただの布。
しかしそれは私の【鋼鉄蜘蛛糸生成】で作った布だ。
未だに警戒心を解かずに私を眺めるアラクネに、出来上がったばかりの布を差し出す。
呆気に取られたような雰囲気を醸し出すアラクネだが、差し出した布をさらにグイッと差し出すと、興味深い物を見るように私を眺め、ついに作った布を手に取って見始めた。
良し!
最初は布をジーッと眺める。更に両手で様々な方向へ引っ張り、捻じる。そして──。
フッと鼻で笑って布を捨てた。
「みゃっ!?」
うん。鼻で笑われて捨てられるとか地味にショックだよ。しかも結構良い出来だと思ってただけにショックがでかいよ。
そんな私のショックなど意にも介さず、手の平を上に片腕を上げると、中指をクイクイっと動かして私に近付けと指示を出す。
挑発された事はあるけど、モンスターに指クイで呼ばれる日が来るとは……。
アラクネに敵意は無くなっている。
私が近付くと満足そうに頷き、同じように目の前で同じ大きさの布をあっという間に作り上げ、投げ寄こして来た。
なん……だと……。ここまで違うのか。
完成度の差は歴然。心無しか輝いてすら見える芸術品の様な完成度だ。
速さが違う。
編み方が違う。
強度が違う。
柔軟さが違う。
品質が違う。
何より糸その物が違い過ぎる。
私の作り上げた布に使ったのは【鋼鉄蜘蛛糸】だ。しかし、アラクネが使ったのは魔力すら込めていない普通の糸。だが、その糸は私がただスキルで作った糸とは明らかに一線を画していた。
そしてその糸で私の作った布以上の強度と柔軟さ、何よりも品質を上げてみせた。
街の工房で編み方を色々と習ってきたが、そのどれとも違う独自の編み方。しかしその洗練された技術は私の知るどの工房よりもレベルが高い。
これが本気の糸を使って作られれば、どれ程のものが出来上がるのだろうか?
ゴクリッと唾を意識的に飲み込む。
今私の目の前に居るのはあらゆる意味で本物のアラクネだ。
どうやらこの世界のアラクネは、モンスターとしてのデザインの他にも、逸話の方の流れもちゃんと組み込まれているようだ。
機織りを司る女神アーテナーを超えると豪語し、勝負の果てに女神怒らせなんやかんやで自死を選んだ。だが、死んだ後にもアーテナーに呪われ、トリカブトの汁を撒いて蜘蛛にされたと言うアラクネ。
しかしその腕は非の打ち所の無い見事な腕前で、勝負をしたアーテナーでさえ素直に認めたと言う。
もしも……もしも今の目の前に居るアラクネが、その流れを汲んで設計されているのだとしたら、それに近しい腕を持っていてもおかしくはない。
そこまで考えた私は、それと同時に気持ちは固まった。
「私に縫製を教えて下さい!」
土下座。それはもう見事な土下座でお願いする。
太い枝の上、満足な足場も無い場所での土下座だからとても難易度が高い土下座だ。芸術点も加味されてもいいかも知れない。
返事の無さにチラリを上を見ると、腕を組んで私の事をジーッと睨み付けている。
うん。正直に言う怖い。私の素の防御力だと頭踏み潰されたら、トマトのように潰れちゃうんだからね!?
「キビシイゾ」
「上等!」
てか、喋れたんっすね!?
こうして、私の修行が始まった!
「……おい、なんでこうなった?」
「ハーちゃんですからね……」
もう君らそれ言えば良いと思ってない?!
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