第369話いやー、天才って怖いわぁ
今日これ以上進むのは危ないという事で、予定よりも少し早くなった野営の設置準備、その最中私とダグラスは有り得ない物を見ていた。
”マジかよ”
”マジだろうね。実際目の前で起きてる事だし……”
野営地に到着し準備をしている最中、冒険者組は寝床や食事の準備だけでなく、周囲の警戒もする事になる。
元々そういう契約で本来行く場所ではない村に寄って貰う事になっていたのだが、ここで馬鹿どもが馬鹿な事を言い始めた。
「カイル。周囲の警戒は君一人で充分だろ? 俺達は諸々の用意をしなきゃいけないからいつものように頼んだ」
「これくらいしか出来ないんだからしっかりやりなさいよ」
「さあアベルさん。お疲れでしょう早く設置して
「と、言う訳で警戒はカイルがやるから。ネロちゃんとダグラスさんも準備をしていいよ」
「……何を言ってるんですか? 警戒を一人でやらせる? しかも非戦闘員の冒険者でもない子に?」
「またなの? アンタいい加減にしなさいよ! カイルにはいつも同じようにやらせてるカイルの仕事なのよ。索敵、警戒、荷物運びから食料の確保まで雑用しか出来ないんだから当然でしょ! それに何度も言ってるけどこれはリーダーのアベルが決めた事なのよ! 私達にくっ付いて来てるだけのアンタ達が偉そうに指図しないでくれる!」
””だからお前をリーダーにした覚えはねぇよ!””
今の立場上揉めるのは良くないが譲ってはいけない部分もある。
そもそも非戦闘員にやらせる事も気に食わなければ、それが冒険者でもない子供だというのなら尚更だ。
それでもまだ食い下がろうとすると、カイル君が「大丈夫です!」と、慌てて私達を止めに入る。
そしてすぐに指笛を鳴らすと、森の中からいくつかの気配がこちらに来ているのが分かる。
なんだ……動物?
ガサゴソと動く茂みの中から出て来たのは、私の想像通り動物や蜂だった。
それらは茂みから飛び出すと私達には目もくれず一直線にカイル君へと向かって行く。
害意や敵意が無い事から一応見守るが、ダグラスと視線を合わせていつ何が起きても即座に対応する出来るように、足に力を込めて成り行きを見守る。
集まって来た動物達は、カイル君の目の前まで近寄ると何かを期待でもするかのように立ち止まる。
そんな動物達を前に自分の指を噛み血を少し出すと手に魔法陣を描き、前に突き出し魔法陣を発動させる。
そして──。
「我が名はカイル。今ここに汝らとの縁を結びその力一時借り受けん」
そしてカイル君は集まって来た動物
「「なっ!?」」
”俺はあまり詳しくないがあんなに沢山の動物と仮契約って出来るものなのか?”
”いや、普通仮契約といっても一体が限度だと思う”
どうなってる?
通常、如何に優れたテイマーと言えど契約を結べるのは一体のみだ。
契約のような生涯を共にするものではない、一時的に力を借りて、時間が経てば契約が切れてしまう仮契約といえどそれは変わらない。
私がアクアやユエ達、リコリス等サキュバス達と複数の契約が結べているのは、私がモンスターだからこその裏技のようなものだ。
格上のモンスターは格下の同一種のモンスターを配下に出来る。それの応用でしかない。
しかし、今私達の目の前でカイル君はその制約をいとも簡単に突破して見せたのだ。
これ、もしかしたらチート野郎よりもよっぽど才能あるんじゃね?
〈かもしれませんね〉
『シルフィン:どうやら彼は生まれながら魔物使いの才能があるようです。たまに神の恩恵を強く受けた子って居るんですよねー』
人事のように言いやがって。とは言えこの才能、アベル如きの所に置いておくのは勿体無いな。まあ、どうにも出来んけど……。
そんな風に驚いている間にも、カイル君は仮契約した動物達に素早く指示をだし辺りの警戒に向かわせる。
「これでわかったでしょ。警戒なんて雑用仕事カイル一人で充分なのよ」
「さっ、それじゃあ俺達はさっさと用意しちゃおう」
「確かにその通りかもしれませんね。でもそれとこれとは話が別です。ダグラス、私はカイル君と周囲の散策をしつつ、焚き木を集めて来るのでこちらはお願いします」
「ああ、わかった」
「それなら俺も──」
「警戒は一人で充分なのでしょ? アベルさん達はご自分の準備をなさっていて下さい。行きましょうカイル君」
「えっ、その、はい」
こうしていかにも付いて来そうなアベルを無視して、カイル君だけを連れてさっさと森の中へと入って行くのだった。
面倒な奴はノーサンキュー。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼
息を殺して気配を完全に断ちながら弦をゆっくりと引き絞る。
「ふっ」
一拍の呼吸と共に放たれた矢は空気を切り裂き、今まさに飛び立とうとしていた鳥の胴体を貫く。
よし良い感じ。
「僕が行きます」
射落とした獲物を回収しに行こうとしたらカイル君が先に行って取ってきてくれる。
よく働く事で。
「では、周辺に危険な魔物も居ないようですし。枯れ木も充分なのでそろそろ帰りましょうか」
「そうですね」
ふふふ、鳥の数もまあまあだ。これで外の食事ならではのジビエが楽しめる。惜しむらくはカイル君に協力してる猪が食えない事だが、その分、鳥は四羽もGET出来たから良しとしよう。
「ネロさんは凄いですね。こんなに沢山色々な事が出来て……」
「私からしたらカイル君も凄いですよ」
「僕がですか?」
「ええ」
これは本当に心の底からの言葉だ。
調べた所カイル君は、生まれながらにクラスを持っている才能の持ち主らしい。
通常、クラスはレベルが10を超えて初めて取得出来るが、中にはカイル君のように生まれながらに持っている人も居る。
これは神にランダムに選ばれたり、気に入られていたり、本当に才能があったりと様々な要因はあるが、割と多い事らしい。
そう言った人間は、その持っているクラス系統の育ちが早く、派生クラスや上位クラスを取るのに必要なクラスも習熟が早いのだそうだ。
難点としては元々のクラス系統以外は育ちが悪かったり、どんなに努力しても取得出来ないものが多いくらいなのだ。
それにこの複数の仮契約が出来る能力。鍛え上げれば相当な使い手に育ちそうだな。
私の言葉に首を傾げながらも微妙に顔を赤くして照れている。
どうやら褒められ慣れてはいないようだ。
そんなカイル君だが、この旅の途中たまに私の事をじっと見ている事に気が付いていた私は、この機会にその事について聞いてみる。
ちょうど誰も居ないしね。
「す、すみません!」
「ああ、謝らなくても良いですよ。ただ気になっただけですし。正直アベルさんの視線のように不快ではありませんでしたから」
同じく何故か私の事を見て来るアベルの視線は、なんと言うかネットリとしていて正直に言う不快だった。
それに比べてカイル君の視線はあまり気にならなかったのは事実なのでそう告げる。
「それで?」
「あっ、その……ネロ、さんは……」
「はい」
「本当に人間……人種なんですか?」
「ええ、そうですが? 何故ですか?」
「その、何故だか分からないんですけど……ネロさんならテイム出来そうな気がして」
「ふっ、あははははは! そんな告白は初めてされましたよカイル君」
「えっ、あっ!?」
私の言葉を聞いたカイル君は、自分の言葉がナンパの台詞のように取られたのだと思って顔を真っ赤にする。
「えっ、あ、ち、違くて!?」
「あはははは、私だから良いものの他の女の人に、今みたいな事を言ったらダメですよ。下手したら捕まっちゃいますからね」
「う、はい。すみません。うわー、僕……なんでこんな事を言っちゃったんだろう」
「そうだ。カイル君は先に戻って貰ってても良いですか? 私は狩った獲物の血抜きと解体をそこの川で済ませてから行きますから」
「それなら僕も手伝いますよ」
「大丈夫です。それにそろそろいい時間ですしね。先に焚き木を持っていかないと」
「あっ、そうですね。じゃあ一匹だけ置いて行くので気を付けて帰ってきて下さい」
「はい。ありがとうございますカイル君」
そう言ってカイル君を見送った私は、彼の背中が見えなくなると木に身体を預け、大量の冷や汗が流れるのを感じながらゆっくりと身体に入っていた力を抜く。
〈マスター大丈夫ですか!?〉
「うん。平気だよ。しかし、あー、怖かったぁ。あれが天才って奴かね」
〈どう言う事です〉
「多分だけど、あの子が言った事は本当だよ」
〈まさか……マスターは一応神の領域にまで踏み込んだ存在ですよ。それをあんな子供がテイム出来るなんて……〉
「だよね。でもさ、私の中の全部があの子の言葉に反応したんだよ。あの瞬間、あの言葉を放った時にね。殺せ。逃げろって……全身の細胞が警戒を促した。私自身が少しでも気を抜いたら脅威を排除しそうな程にね」
〈信じ難いですね〉
「うん。でも、本当の事だよ。恐らくあの子がその気になったら本当にテイムされてただろうね。いやー、天才って怖いわぁ」
こうして一瞬で臨戦態勢に入った。入らされた身体の力を抜き、汗が引くのを待ってから、狩り取った獲物に【解体】を使い処理を施してから皆の元へと帰るのだった。
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