第368話誰がいつお前をリーダーにしたんだよ!
「納得いかない」
〈仕方がありません。マスターの今までの実績ですから〉
現在私は徒歩で竜車の乗合所に向かっている最中だ。
そしてそんな私には久しぶりにヘルさんがガイドとして意識だけ付いてきている。
それというのも昨日、ギルドに呼び出しを受けた件について皆に聞かれたので、やましい所が何も無い私は包み隠さず質問に答えた。
──だが、それを聞いた皆の反応は、満場一致で私を野放しにするのは危険という意見になったのだ。
そんな事は無いし一人で大丈夫だ。そんな私の主張は誰の耳に届く事も無く、ようやく私の話を聞いてくれて言った澪の言葉が「お前と転生者を混ぜたら何が起きるかわからんだろ」の一言だった。
解せぬ。何故に満場一致で頷くのだ……。
そんな理由で今回のクエストにはヘルさんが私のお目付け役として同行する事になったのだ。
因みにヘルさんは前回の戦闘で【分霊】というスキルを手に入れた。
これは自分の魂を分ける事が出来るスキルらしい。
霊体のモンスター以外では普通役に立たないスキルなのだが、機人種の身体に後付けで精神を付加したヘルさんなら、こうして私の精神に分けた魂を預け、本体とは別の端末としてフォローが出来るようになった。
因みにリアルタイムで情報は共有しているので、こちらで何かあればすぐに本体のヘルさんにも分かるという訳だ。
まあ、元々私の中から外に出たので出来るのは私に対してだけだが。
とは言え、これを有効的に活用すればヘルさん一人で機人種の身体を全て操る一人軍隊が出来上がるのでは? と、少し震えているワタクシでございます。閑話休題。
しかし、こうしてヘルさんと頭の中で会話するのも久しぶりである。
〈そうですね。何時も……と、言う訳には行きませんがこれからはなるべくマスターを一人にしないようこうします〉
あ……決定事項なんすね。
〈はい〉
言い切られた……だと!? しかし、いくら私でもそう毎度毎度騒動なんて起こらないと思うけどね。
〈ええ、ですが念の為です。万が一の場合のシミュレーションも万全なのでご安心を。魔王が攻めて来た際の対処も全員で考えておきました〉
うん。そんなの要らないよね!? こ、これはあれだよ。ヘルさんとかが心配性なだけで、私が一人で居るからとかってのは関係無いからな!
『シルフィン:必死ですね』
うるさいよ!?
と、和やか? に会話をしていると待ち合わせの場所へと辿り着いた。
竜車の乗客は居るけどこっちのメンバーはまだ誰も居ないみたいだな?
「よう。遅れたか?」
「ダグラスおはようございます。今日はよろしくお願いしますね」
「ああ、って、もうそんな感じで行くのか?」
中途半端だとボロが出るからやるなら徹底しないとね。
「あ、あの!」
そうして会話をしていると、竜車の出発を待っていた乗客の少年がこちらに話しかけて来た。
少し長いアッシュグレーの髪の少年は目深に被っていた帽子を取って頭を下げる。
うむ。礼儀正しい。
「私達に何か用でも?」
目線でダグラスに問い掛けるが、ダグラスも首を横に振ると何かを見極めるように、スっと目を細くして少年を見る。
コラコラ、そんなわかり易く警戒するんじゃないよ。怯えてるじゃないか。
「と、突然すみません。あの、今日はよろしくお願いします!」
「「今日は?」」
少年の言葉に二人揃ってオウム返しする。
すると後ろから少し怒鳴るような声で「カイル!」と、恐らく少年の名前であろう呼び声が聞こえた。
「勝手に何やってるんだ!」
「あっ、すみませんアベルさん。あの、先に挨拶だけでもしておこうと思って……」
「この隊のリーダーは俺なんだ。勝手な事はしないでくれ。一人の勝手な行動が隊の皆の危険に繋がるんだからな」
””おい、誰がいつお前をリーダーにしたんだよ!””
声を出してツッコミを入れたい衝動をなんとか抑えようとしたが、やはり抑えきれずに念話でツッコミを入れる。
どうやらダグラスも気持ちは同じようだ。
そもそも、リーダー気取りたいなら一番最初に来てみろよ。
「あの、アベルさん? この子はお知り合いで?」
「ああ、悪いねネロちゃん。こいつの名前はカイル。まだ冒険者じゃないけど俺の団に入りたいって言うから雑用させてる。まあ、団員見習いだな。将来人を率いる立場になるから今の内からこういう事も経験するべきだと思ってね」
アベルがそれだけ言うとカイル? 君はもう一度ぺこりと頭を下げる。
”おい、たかが最低ランクの自称団で見習いって……”
”普通はねぇな”
やっぱり。
「えっと、それで……今日はよろしくってどう言う意味ですか?」
「ああ、カイルはウチの雑用係だからね。今回の旅にも同行するし挨拶をね」
「つまり……、ギルドにも登録していない非戦闘員を、ギルドや私達になんの相談、連絡も無くメンバーに入れ連れて行くという事ですか?」
「そうだけど?」
コイツは……。
「何よ。リーダーの決めた事に何か文句があるの? そもそもリーダーであるアベルが連れて行くと言ってるんだから、あんた達はその通りにすれば良いだけなのよ」
「いや、ダリア。今回は俺が悪かったよ。リーダーとして仲間への報告をするのは当然の義務だったんだ。それを忘れた俺が責められるのは当然だよ」
などと沈痛な感を漂わせ言っているが全くの見当違いである。100%その通りだからもっと反省するべきだと思う。
可哀想だが今回は置いて行くか。そう思った私だがある物が目に入りその考えを改める。
「……分かりました。今回はそちらの要望通りにしましょう。それよりも……これ以上はこちらに話していない事はありませんね?」
「ああ、大丈夫。言い忘れた事は無いよ」
「……そうですか」
”おい! 本当に連れて行くのかよ!”
”あの子の袖口見てみろ”
”袖口? あれは……痣か”
”ああ、まず間違いなくつい最近出来たばかりの打撲痕だよ”
”そういう事か……。まあ、アンタがそう決めたなら従おう”
”悪いな”
「あ、あの、ありがとうございます!」
「その代わり、非戦闘員の貴方は私達が守る立場にあります。なのでこちらの言う事には従って下さいね」
「はい!」
素直な子だ。
よく見れば服のあちこちが擦り切れている。綺麗で新しいアベル達の衣装に比べてかなり長い間着ているのが分かる。
そして何よりも、最低限の防具だけ着けて現れたアベル達、カイルがこちらに駆け寄る前に居た場所に目を移せば、武器やアイテムなどが用意されている。
雑用係とは言っていたがこんな子供に全部一人で用意させたのか。
運ぶだけでも大変だろうに、それにこの態度今回だけの事じゃないだろう。確かあのポーションは、朝一なら割引きされてる物のはずだ。そんな物まで用意させて自分らは遅れて登場か。
とは言え、今の所私がとやかく言えるものでもない。
「それでは出発しましょう。時間が惜しい」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよネロちゃん。ゴブリン退治くらいこんなに人が居れば楽勝さ」
「流石アベルさん。英雄は言う事が違いますね」
「そうね。やっと冒険者らしい仕事が出来るんだもの。ここからアベルの英雄としての道が始まるのよ」
「よしてくれよ。英雄だなんて、まだ俺は低ランクの冒険者なんだから」
””はぁ……””
と、出発前から私達のやる気をガシガシと削ぎ落とし、既にマイナス評価を重ねながらもなんとか出発したのだった。
胃薬忘れた……。
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「やっぱり、道が舗装されていると違いますか?」
「ああ、全然違ぇな。街道を整備してくれた王女様には皆感謝してるよ。特に俺らみたいな行者や商人なんかはな」
「確かに揺れ一つとっても全く違いますからね」
出発から数時間、私は行者の隣に座り色々な事を聞いていた。
ちょっとした噂話しから、どこぞで何が高かった、逆に安かったなどだ。そしてそれをある程度聞いた私は次に最近アイギスが力を入れている街道整備の評判を聞いていた。
領内とアリスベル間だけとはいえ、街道の整備など、もしも攻め込まれた時はどうするのだ。と、貴族の反発は大きかったが、どうやら市民には好評なようだ。
まあ、貴族もなんだかんだと文句を言いながら大いに活用しているのは知ってるけどね。
因みに、攻め込まれるのに使われたら云々と言うのは構想段階から既に対策済みだ。
私的には攻め込んでくれれば面白いとすら思っている。内緒だけどね。
そんな風に話をしていると天気雨が降ってきたので私は竜車の幌の中に入る。珍しい事に今回の搭乗者は私達一行だけだ。
ダグラスは既にゲンナリしながら、入ってきた私を恨めしそうに睨んできたから、とりあえず笑顔で返してあげた。
さて、それじゃあそろそろ今回の旅の数少ないお楽しみといきますかね。
腰を降ろした私は、視線を向けてくるアベルを無視して荷物を取り出す。
そして中から店の中で一番安かった弓を取り出した。
品質最低の粗悪品。矢はちゃんとした物を買ったが改めてこれは酷い。
店売りとして最低限のヤスリはかかっているが逆に言えばそれくらいだ。この最悪状態の武器を魔改造して、威力を最大限高めるのが目的だ。
隣をチラリと見ればダグラスも同様に装備の手入れをするようだ。
何もしてないと暇だし手入れは大事だからね。まあ、私もコロに会うまでの短い間しかしてないけど……。さーて、楽しい楽しい魔改造のお時間だ。まずは──。
取り出した弓の弦を切り元の棒状に戻す。それを更に削り大まかに三分の一程にすると、丁寧にヤスリを掛けて表面を慎重に整える。
満足行くまでヤスリをかけると次は瓶に入った光沢のある液体を取り出す。
これは私特製の一品だ。
スキル【鋼鉄蜘蛛糸生成】で作り出した糸を溶かしたこれは、粘度や硬さを変える事で
最近、私製の物品が装備の質を上げる万能物質になって来ている件……。
一緒に入れてある刷毛で丁寧に塗り込み布で擦る。それを数回繰り返した後、風通しの良い場所に置いて自然乾燥させる。
更にもう一つ同じ弓を取り出し同じ作業を繰り返していると、夢中になって気が付かなかったがカイル君が興味深そうに見入っていた。
「あ、すみません」
「別に良いですよ。興味があるんですか?」
「は、はい」
ふむ。それなら。
「じゃあ少しやってみますか?」
「良いんですか?」
「ええ、仕上がりはチェックするので大丈夫ですよ」
「それならカイルじゃ無くて俺が手伝うよネロちゃん。良いよなカイル?」
「あ、はい……」
「ありがとうございますアベルさん。でも私の事よりもご自分の装備の手入れをなさって下さい。竜車に乗っているとはいえ、絶対にモンスターに襲われない訳ではないですから、装備くらいは整えておいた方が良いですよ」
「う、そ、それは……今やろうと……」
「そうですか。ならこちらはカイル君に手伝って頂くので大丈夫ですよ」
そうやって突き放せば渋々ながらに自分の武器の手入れを始めようとする。だがその手付きは普段から全く触っていないのは明白だ。
それなのに整備されてるって事は……。ま、そう言う事だな。
「あ、あの、良いんですか?」
チラリとアベルを気にしながら聞いてくるカイル君。
それに「大丈夫」と、答えた私はカイル君に塗り込みと拭き取り作業を任せ、次の作業に取り掛る。
先程の弓に使われていたよりも堅い板を取り出すと、弓の形に似せて大まかに切り出しそこから同じように形を整える。
そうこうしている内にカイル君の作業が終わったのでチェックした後、同じように自然乾燥させ最初に乾燥させた方のヤスリがけを頼む。
その丁寧な仕事は普段からやっている事が分かる。何よりも道具への真摯な態度は好感が持てると言うものだ。
その間に私は私で成形を完成させる。こっちは元の半分程の厚さだ。
こちらにも液を塗り込み同じく乾燥させ少し休憩だ。
「弓ってこうやって造るんですね」
「私のは独学ですけどね。一応失敗しても良いように予備も買ってありますし」
「そうなんですか?」
「ええ、前に使っていた物が使えなくなったのでそれなら……と、前々から自分の武器を作り変えるのに興味がありましたしね」
うむ。嘘は言っていない。前に作ったアリシアにあげた物と同じ弓は、このランクが持つ物にしては良いもの過ぎて使えないしね。
少し話をした後、乾いた最後の木を再びヤスリがけし、硬い木を真ん中に薄く削った弓で前後に挟み、粘度MAXで作った膠のような液体を接着剤にしてくっ付ける。
ある程度乾いたら私の糸で補強して、弓柄などまあ、色々な名称がある部分にも糸を使い細かく調整、更にヤスリをかけながらゆっくりと曲げていき、最後に弦を張って完成。
「よしっと」
「完成ですか!」
「はい。手伝ってもらってありがとうございます」
「そんな、こっちこそ手伝わせてもらってありがとうございました!」
こうして私の楽しい楽しい魔改造時間が終わった頃には、停車して野営の準備をする時間になったのだった。
因みに弓は私の満足出来る出来栄えだった。
満足満足。
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