第360話愛
王城のとある一室の窓から、剣を振り続ける柊 勇也をじっと眺め続ける人物が居た。
窓辺からそっと慈しむような瞳で勇也を見続けるアルフィーナの姿は、人類の至宝とも評されるその美しさに金糸のような髪もあいまって、見る者を魅了する不思議な雰囲気を醸し出している。
──だが、そんなアルフィーナの至福のひとときを邪魔する様に自室のドアが叩かれ、アルフィーナは近しい者しか分からない程度に眉根を一瞬寄せながら返事をしドアを開ける。
その時には既にいつも通りの表情に戻り、何事も無かったかのように来訪者を迎え入れ、椅子に腰掛けるように促し会話を始める。
「ローレンスお兄様にクリストフ公爵こんな時間にどのようなご要件で?」
「ふん。白々しい。分かっているのだろう」
「フフッ、私にはなんの事やら」
「チッ! まだるっこしいのは好かん。俺に付けアルフィーナ。そうすればあの勇者を迎え入れてやる。ついでに……その気色の悪い笑い顔も止めろ」
「乗りました」
「「っ!?」」
ローレンスが笑うのを止めろ。そう言った瞬間、今までの笑顔がまるで仮面でも剥がしたかのように、顔から表情が剥がれ落ちた事に息を詰めるクリストフ。
そして、こう言えばこの妹は乗ってくるだろう。そう考えての交渉だったが、そのあまりの即決にローレンスもまたたじろぐ。
「随分と即決だな」
「ええ、私も勇也様と結ばれる為にどうすべきかと色々と考えていましたから。ですが、どうやってどのルートを辿ろうと結局は私の血筋が邪魔になってしまいますの。その点、お兄様に協力して頂けるのでしたらほとんどの障害は無くなりますわ」
「ふっ、確かに親父殿ならお前を国の為、自分の為に使うな。そしてあの勇者も……」
「向こうの世界から来た方達が話していたように、世界を救った勇者様と召喚した姫が結ばれる。そんな御伽噺のような事が本当に起きれば問題は無いのですが、現実にはそんな事は起きませんからね」
「……ほう。向こうの世界ではそんな事が起きるのか? 中々面白いな。とは言えこちらでは違う。親父殿なら脅威が無くなれば魔王を討つ程の力を持った人間を生かしておく理由が無いからな。ましてや勇者にはお前の力も効かん。完全な制御が出来ない駒は不要と断ずるだろう。もしくは取り込むにしても有力な貴族の娘を与える事ぐらいだろうな。お前の目は無い」
「ええ、ですからお兄様のお話は私にとっても渡りに船と言う訳です」
「クク、なるほどな」
「まあ、お兄様もそれがお分かりになるからこそ、今ここで交渉のカードとして切ったのではないですか」
「まあ、その通りだがな」
そんな二人の会話を今まで黙って聞いていたクリストフは、実の親を追い落とす算段を楽しげに話す二人に恐ろしさを感じながら、どうしても気になったことを尋ねる。
「アルフィーナ様。失礼ながら何故そこまであの若者に固執を?」
「そう……ですわね。彼が私の待ち望んだ勇者様だからですわ」
勇也の事を話し始めるとアルフィーナはどこか浮かれたような空気を醸し出して語る。
「彼が……ですか? 確かに戦士としての力は有りそうですが、所詮争いの無い平和な世界からやって来て力だけを持った子供。正直な話、そこまでとはとても……」
「フフッ、私の力、誘惑師の特殊クラスはご存知でしょう?」
「ええ、その……人に呪いを掛け意のままに操る。ですよね?」
「ええ、細部は違いますがその認識で合っていますわ。だからこそ私が本当に欲すれば、ほとんどの人間は私の事を受け入れてしまう。それではダメなんですよ。
「愛せない……ですか?」
人類の至宝。そう呼ばれるに値する美貌を持った彼女の突然の変化。
部屋に訪れてすぐの見惚れるような笑顔とは違う。どこか狂気を感じさせるように嗤いながら、その言葉を、想いを加速させていく。
「ええ、そう、そうです。愛です。全てを私に合わせるのではなく互いに感じて、与えあえる関係こそが真実の愛なのですよ。ああ、早く、速く、疾く、早く速く疾く早く速く疾く早く速く疾く早く速く疾く早く速く疾く、勇者様と愛し合いたい。
人類を救う筈の矛であり盾でもある勇者。だからこそその行いに一々疑問を持っていてはしょうが無い。
自分の行動を全て正しいのだ。と、愚直に信じ行動し、自分は正義だと最後まで言えるのは、なるほど確かに正しく勇者なのかもしれない。
だがそれはあまりにも歪で危うい。
ともすれば国も人も、自分自身でさえも破滅しかねないそんな人物を、待ち望んだと、美しくも妖しく狂ったように嗤うその姿に恐怖を抱かない者など居るのだろうか?
垣間見たのはあまりにも大きく深い狂気。
その狂気に当てられ言葉を失うクリストフに気が付いたアルフィーナは、最初部屋に来た時のような微笑に変わる。
──しかし、既に一度アルフィーナの狂気を見たクリストフには、その見惚れるような微笑がただの仮面にしか見えなかった。
ここに来て初めてクリストフは、ローレンスが常日頃からアルフィーナは化け物だ。と、言っていた事の意味を真に理解した。
いや、目の前の現実が強制的に理解させたのだ。
類まれなる特殊な力と知恵。
この二つを持って化け物と言わしめているのだとクリストフは考えていた──が、この目の前の少女から大人へと変わる直前の女の皮を被った真性の怪物を前に、その考えは間違っていたと強制的に理解させられるには十分な衝撃だった。
「フフッ、私の事が理解出来ないのは分かっていますわ。何よりも理解を得ようとも思いません。ですが、だからこそ私はあの方が欲しいのです。一緒に来た有象無象とは違う、私にとって唯一無二の勇者様」
アルフィーナは王と第二夫人との間に産まれた子供だった。
第一夫人よりも二年後に第二夫人として迎え入れられたアルフィーナの母は、第一夫人よりも先に子を作ろうと躍起になったが、結局先に第一夫人の方が懐妊した。
それからも中々出来ない子供に周囲からの声は日に日に大きくなっていった。
そんな中やっと産まれた子供。だがそれは望まれた男児ではなく女児であった。
政略の道具、そう思えばまだアルフィーナはこうはならなかっただろう。
しかし王の寵愛を欲していた第二夫人はそうは思わなかった。
「王の望む子ではない」
だから王は自分の事を見てくれない。第二夫人は次第にそう考えるようになった。
子供が出来ないから、女を産んでしまったから──と、だが実際はそうではない。
元々第二夫人は第一夫人との結婚から二年あまり、その間に懐妊の兆しが見えないのをいい事に、第一夫人側ではなかった敵対派閥の貴族達に無理矢理宛てがわれたのが第二夫人だった。
王族には珍しく互いに好きあって結婚した二人。
特に王は第一夫人を溺愛しており、前から話自体は出ていたものの、王は第二夫人を娶る事を頑なに拒否していた。
そこを貴族達に付け込まれた結果だった。そして勿論第二夫人はそれらの出来事を知らされる事はなかった。
そんな背景があった為に王は彼女に愛は無く、必要以上に第二夫人とは関わりを持たなかったのだ。
だが、そんな中何故か自分の娘だけが自分とは違い王から可愛がられた。そして第二夫人はその事に
怨み、憎しみ、哀しみ、そして愛しい男の面影を見せる我が子に対する愛情と、自分には与えられない愛を与えられる嫉妬。彼女がそれら全てをアルフィーナにぶつけるのにさして時間は掛からなかった。
回復魔法の適性があり、キズを治せるのをいい事に我が子のアルフィーナに様々な
叩き、殴り、焼き、折り、傷付け泣き叫ぶ度に「これは愛なのよ」と、呪いのように繰り返しながら回復を施す。
周りがその行為に気が付きアルフィーナを助け出し、第二夫人を精神を病んだものとして幽閉した頃には、アルフィーナにとって愛とは痛みなのだと言う事は当たり前になっていた。
今となっては彼女の事など対して覚えてもいないし、憎んでもいない。しかしアルフィーナもまた、呪いのようにそれが間違いだと分かりながらもそうする事でしか愛を確かめられなくなった。
その事を知っているローレンスは、手網さえ握れば能力は十分使えると重用しているが、それでもこの腹違いの妹の狂気を垣間見る度に辟易していた。
「この話はここまでだ。こちらも時間が無いのでな。さっさと話を進めるぞ」
「あら、残念ですわ。それで、お兄様はどうなさるおつもりなのですか?」
「決まっている。あの無能な父を引きずり下ろし処刑する。母上が亡くなってからのあれは既に狂っている。このままあれに任せていれば俺の物になる前にこの国が無くなる方が早いだろう」
「確かにその通りですわね。ですが、もう少し待った方がよろしいですわ」
「どう言う事だ?」
アルフィーナを抱き込み、すぐにでも行動に移すつもりだったローレンスはその言葉に訝しげに聞き返す。
「確かに今この国は周りの国々を無理矢理隷属させ、歯向かえば我が国の軍や異世界の者達を使って滅ぼそうとしています。実際、いくつかの小国は既に我が国の軍に滅ぼされていますしね。遠からず各国が手を組み我が国を滅ぼしに来るでしょう」
「だろう? ならば行動は早い方が良いのではないか?」
「いえ、もう声明を出して行動にも移している段階で手遅れです。それならば好きなように泳がせ溢れる寸前で──」
「なるほど、元凶として打ち倒し、首を晒し、差し出せば良いと言う訳か」
「はい。全ての罪はお父様の物ですので抱きながら死んでいただき、お兄様は悪しき王を討った英雄として内外に顔を売れば良いのです」
「その案、どれ程の人間が死ぬ事やら」
「そうですわね。でも、その程度の事に何か問題がありまして?」
「いや、無いな。確かにお前の言った通りその方がやりやすい」
何百、何千人もの人間が死ぬ。
そんな計画を立てながら楽しそうに笑う兄妹を、恐ろしくも頼もしいと思ったクリストフは、ふと気になったことを聞いてみる。
「お二人は戦争になれば他国の連合軍にこの国負けるとお思いなのですか?」
「「いや、それは無いな(無いです)」」
クリストフの疑問に同時に答えると、一度顔を見合わせローレンスが説明し始めた。
「いいか。まず前提として小国程度が集まった所でここは落とせん。勇者達もそうだが、ここには各国から優秀な者を常に引き抜いて
儀式魔法は多人数の魔導師が、同時に同じ魔法を発動する対軍仕様の大型魔法。コストも決して良くはなく、効果的に使えば多くの敵を倒せる魔導師を使い捨てのように使うのが儀式魔法だ。
だが、それだけの労力を払う代償に効果はまた絶大だ。
過去に何度か見た光景を思い浮かべながら確かにその通りだと頷く。
「だが……だ。儀式魔法を使うにしてもまともに争うににしても、我々が全く犠牲も疲労も無く勝つ事は無理な事だ。アリスベル、フロイス、カリグと国内だけでも我々の疲弊を狙う大きな国があり、国外で言えば獣国ルクスブルグにエルフの国ファーランも我々……いや、人間を狙っている。そして何よりも魔族の動きも活発だ。ここで痛手を負えばそこを皮切りに討たれるだろうよ」
「なるほど……。しかし、仮に王を討ったとしてそこまで上手く行くのですか? 一度それを許したのならば変わらず危険視されてもおかしくはないのでは?」
クリストフの疑問は至極真っ当なものだった。
力で無理矢理に周辺諸国を制圧しているロークラ。その頭をすげ替えたとしても周りの国々が納得するとは思えない。
むしろそれこそを発端に経済的な打撃を与えて来る可能性も高い。
この二人がその事を分からない筈が無いと思っているクリストフは、何か考えがあるのか? と言う視線を込めて二人を見る。
そんなクリストフの視線を受けたアルフィーナは、何故かとても嬉しそうに微笑むのだった。
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